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推しの騎士団長に玉砕するはずでした――利害一致から始まる偽装交際。三十歳年上の変態伯爵の九番目の妻にはなりたくありません!  作者: じょーもん


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第二十一話 残された者、進む者

「エセル……こちらへ。」


 ヘルマンが出立の準備をする短い間、カイルはエセルの腕を取ると、そのままロビーの柱の影へと連れ込んだ。

 人目を避けるように――逃がさないとでもいうように。


 エセルは、いよいよ自分の秘密を問い詰められるのだと、覚悟を決める。


「カイルさん……その――」


「――いいから……」


 低く遮られた次の瞬間。


 カイルは壁と自分の身体でエセルを囲い込み、指先で彼女のあごをすくい上げると、ためらいもなく口づけた。


「……っ」


 短く、けれど逃げ場を奪うようなキス。


「――必要かと思ったのだが……」


 離れ際、カイルはエセルを見下ろす。


 その目は――

 試すように、あるいは確かめるように、わずかに細められていた。


 ――私、物欲しそうな顔していたかしら。

 まあ、たしかに、ここに来るまで、さんざん魔法を使った後だから……もう条件反射で――


 エセルの目が泳ぐと、彼は腕の中へ抱きこんで、耳元で囁く。


「私には――、以前から思いを寄せているひとがいる。

 運命でもあるし……同時に、私自身の意思でもある。

 君も、そろそろ気づいているんじゃないか?」


 カイルの声は低く、耳朶を打ってエセルの芯を震わせた。


「――っ」


 思考が、完全に停止した。


「私は、彼女に何でもしてやりたいし、何だって差し出したい。

 だからエセル――」


 核心を口にされると思った。

 そう思ったエセルは、とっさに身をよじり、彼の口を両手でふさいだ。


「もうちょっと――、もう少しだけ……

 ちゃんと言うから、ほんの少し、時間をください。そしたら――」


 カイルは、獲物を逃がすまいとするような目で、エセルを見つめる。

 やがて、わずかに息を吐いて、ゆっくりと身を起こした。


「……わかった。少し性急すぎたようだな……すまない。」


 苦笑した時にはもう、彼はいつもの肝要な団長の穏やかな表情に戻っていた。

 騎士の所作で腕を差し出すと、エセルをエスコートする。


 ――今夜帰ったら……、いえ、次に二人きりで話す機会が出来たら……


 彼の腕に触れたまま、エセルは、その言葉を胸の奥へ押し込めた。



 +++++



 魔法士隊の面々が揃うと、一行は騎士隊を待たせていた空地へと向かった。


「やっぱり魔法使いは箒に乗らなくちゃねぇ」


 ヘルマンは、立派なオーク柄の飛行用の箒を持ち出し、横座りすると、後ろにマデルナを座らせて宙に浮く。

 同行する高位魔法士たちも、各々箒にまたがり、その周囲を騎士たちが護衛する形になった。


「ああ、付与魔法士って、ちょっと特殊なんですよ。

 他人を強化することはできても、自分にはうまく使えなくて――。

 箒で飛ぶのも、ああ見えて結構高度な魔法なんです。」


 行きと同じようにカイルの前に座ったエセルが、思わず答える。


「――自分には魔法をかけられないとは……不便ではないか……」


「まあ、そういう時もありますけれど……。

 自分の魔法が騎士さんたちを奮い立たせたり、命を救ったり――

 その活躍を特等席で見られるのは、役得だって……私の知っている付与魔法士さんは言っていました。」


 つい自分のことのように語ってしまい、エセルは慌てて口をつぐむ。


 やがて、一行は合流を約束していた中央広場へとたどり着く。


 広場では第二、第三部隊が物々しく待機していた。

 近くの食堂や商店では、店主や買い物客が不安げに様子をうかがっていたが、

 一方子どもたちは――「騎士様だ!」とはしゃいでいた。


「カイル団長! 追手は――ほらあそこです。奴ら、追うのを諦めて、ずっとこっちを伺ってやがった。」


 バルザックが声を押さえ、路地の奥を顎で示す。

 カイルが一瞥すると、物陰に潜む人影が確かに見えた。


「――懸命だな。まあ、臨時拠点は嗅ぎつけられなかったなら、それで十分だ。」


 カイルが軽く手を振ると、待機していた第二、第三部隊が動き出し、第一部隊と合流する。

 魔法士たちはその中央に守られて、そのまま王城へと進んだ。



 すんなりと城門をくぐり、一行は騎士の駐屯所で下馬した。

 そのまま騎士たちに守られ、魔法士たちは王城へと向かう。


 ――だが。


 大扉を前にして、その足は止められた。


 行く手を塞ぐように立っていたのは、魔術管理局の面々。

 そして、プリニーツ伯爵と――第五王子ローデリック。


「やあやあ、騎士団諸君、ご苦労ご苦労。

 一時はどうなるかと思ったが――どうやら、間に合ったようだな」


「ふはははは、魔法士隊も王権と騎士隊相手では従うしかないか!」


 プリニーツ伯とローデリックは、愉快げに一同を指さし、声をあげて笑った。


「――殿下、伯。騎士団は我々の要請に応じ、陛下のもとへ護衛してくださっているのです。

 我々“魔術師の塔”は王国の隣人であり、いかなる不当な要求にも屈するつもりはない。

 陛下への面会は、約束された権利だ。そこを退きたまえ!」


 ヘルマンが怒鳴ると、レイブル次官が即座に応じた。


「書状を見なかったか! 貴様らの捕縛は、ローデリック第五王子の直命である!

 殿下は魔術管理局の名誉顧問でもあられる! さあ、素直に従い給え!」


「――レイブル次官どの。その書状は無効である。

 我が騎士団は、正式な手続きを経ていない命令には従わない。

 ゆえに、魔法士団からの応援要請に応じる。

 退くのは貴君らだ――是非は、陛下が判断なされる」


 カイルは自分の後ろにエセルを庇いながら一歩進み出て宣言した。


 両者にらみ合い、一歩も引かない。

 空気は張り詰め、完全に膠着していた。


 ――その均衡を、叩き割るように。


「伝令ーーーっ!! カイル団長!!」


 伝令の腕章をつけた少年兵が、息を切らせて駆け込んできた。

 彼の徽章は、第五騎士団を示している。


「北森の王――巨竜ドレークが狂乱状態で王都へ迫っていますっ!

 辺境第十六師団、壊滅! 第五・第八騎士団、およびハイン公爵領騎士隊が迎撃に向かっていますが――足止めにもなるかどうか……!」


 言い切る前に、彼はカイルの足元へ崩れ落ち、膝をついた。


「――北森の王が?! あの穏やかな古竜が狂乱、だと……? 本当か」


 カイルも膝をつき、少年兵の肩に手を置く。


「ドレーク……森の賢者が? なぜ……」


 ヘルマンも愕然と目を見開いた。

 驚きに飲まれる騎士隊とは対照的に、プリニーツ伯爵とローデリックは、口元に笑みを貼りつけたまま動かない。


「ほれほれ、北の老いぼれが暴れておるぞ。早く討伐したまえ、それが貴様らの仕事だろう?」


「ドレークは魔法が効かないことで有名だろう?

 足手まといの魔法士どもはここに置いて、さっさと討伐へ行け」


 煽る二人に、カイルは鋭い視線を投げると、ヘルマンへ目配せする。

 ヘルマンもそれに気づき、わずかに目を伏せて首を横に振った。


「カイル団長、残念ですが、我々は一旦退却します。

 現場へ向かってください。至急、付与魔法士も数名派遣します」


「しかし――」


 カイルは魔術管理局の面々とヘルマンを見比べ、短く息を吐いた。


「わかりました。では、陛下への面会は後日改めて」


 カイルの言葉に、ヘルマンは深くうなずくと、自隊をまとめて踵を返す。


「逃がすかっ、魔法士ども!」


 プリニーツ伯が叫んだ。

 その声に応じるように、ヘルマンを中心に魔法陣が展開する。


「――っ、これは……こんなものまで……っ」


 魔力の蔦が、瞬く間に伸び、ヘルマンと周囲の魔術師たちを絡め取った。

 それは――魔力の暴走や重罪を犯した魔法士を拘束するための禁呪。

 “魔術師の塔”の内部でのみ伝えられ、王国では決して用いられぬはずの術だった。


「カイル団長――この禁呪は、発動したら四十八時間は解けませんっ。

 我々は良いから――置いて、北へ向かってくださいっ!」


 地面に縫い留められたまま、ヘルマンがもがいた。


 カイルのそばに居たエセルは、その魔法陣の範囲外にいたため、無傷だった。

 思わず一歩踏み出そうとした彼女を、カイルが押しとどめる。


「ダメだ!君までつかまってしまうっ」


「でもっ!」


 エセルは身をよじった。


「エセルっ! あなたが付与魔法士隊を組織して、カイル団長に同行しなさいっ!

 私たちは大丈夫だから――」


 蔦がヘルマンの顔へと延び、その口を塞いだ。


「ヘルマンさーーんっっ」


 駆けだしそうなエセルをカイルは抱き上げる。


「ダメだっ、君まで捕まっては――、勝てないっ」


「でもっ……」


 噛み付きそうなエセルの耳元で、カイルは低く囁く。


「ルークス隊を付けている――簡単にはやられないさ……」


 エセルは目を見開いて――

 唇を噛み、目を閉じた。


 カイルに担がれたまま、その場を離れる。


 ――それでも。


 エセルは振り返った。


 ヘルマンの隣で拘束されているマデルナが、小さく親指を立て、ウインクしていた。

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