第二十話 臨時拠点と秘匿事項
「で……では、カイル……さんっ……」
「……まあ、いいだろう。段々慣れてくれればいい。」
騎士たちが集まるのを待つ間、エセルはどうにか呼びかけを成功させた。
カイルはそれに、満足げにうなずく。
やがて精鋭が集い、その顔ぶれを見た瞬間――
――第六騎士団の、北砦撤退の皆さん……!?
エセルの前には、半月ほど前、ナデリの関所で別れた第六騎士団の精鋭部隊が、整然と膝をついていた。
先頭では、北砦撤退部隊の殿を務めたバルザックが、胸に手を当てている。
「団長の想い人さまの護衛と聞き、馳せ参じました!」
「“魔術師の塔”の危機は、付与魔法士さまの危機!」
「我らは付与魔法士さまに救われた身――この機会に、ぜひともご恩をお返ししたい!」
――ん? んんん……?
付与魔法士――その不穏な単語に、エセルはカイルを見上げた。
「あのぉ……皆さん、何か勘違いされていらっしゃいませんか?
私は、一応、カイル団長の婚約者ですが……しがない魔法薬生成士ですよ?」
「――ルークスも言っていたが、私が、ここ数年来、筆頭付与魔法士どのへ懸想していたのは、有名な話だ」
エセルの訴えに、カイルはツンと澄ましたまま、ぽつりと答える。
「だから、私が婚約した令嬢が“一番様”――
彼らは、そう確信しているのだろう」
「――え?」
さらりとした爆弾発言に、エセルの頭は真っ白になった。
「よし、そろったな、おまえたち。
これから我々は、こちらの魔法士どのと共に、“魔術師の塔”の臨時拠点へ向かい、魔法士団長どのの護衛任務にあたる!」
カイルはそんなエセルを置き去りに、騎士たちへと号令をかける。
「付与魔法士どのはじめ、魔法士団には日ごろ大恩がある!
今こそ、“魔術師の塔”の危機に馳せ参ずるとき! 皆の者、心してかかれ!」
「「はっ!!」」
――あれれれ……、私が一番だと思われてる?
でもだから、騎士団は魔法士団を全面的に支援するってこと??
だめだ。何か色々と理解が追いつかない……
エセルは、とりあえず考えることをやめた。
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騎士団の駐屯所から王城を抜けたのは、第六騎士団の三部隊。
「……やはり、プリニーツ伯爵の私兵が後を付けているな……」
馬上のカイルは、ちらりと目だけで背後を伺う。
「第二、第三部隊が足止めいたしましょう。その間に奴らをまいて臨時拠点へ。
中央広場で落ち合う、というのはいかがでしょうか」
バルザックが馬を寄せて進言すれば、カイルは大きくうなずいた。
「よし、第一部隊は私に続け! 残りの隊はバルザックに従え!
――散開っ!」
「「はっ!」」
――なら、彼らが無事でいられますように……
騎士たちが散り散りになる直前、カイルの前に座るエセルは、そっと目をつむり、心の中で詠唱する。
――体力増強、認識補強“陽動”付与……
バルザックがハッと振り返り、目を見開く。
カイルは手を振り、黙っていろと合図した。
エセルは続けて、自隊にも付与を施す。
――体力増強、認識阻害シールド展開……
瞬時に馬たちの機嫌がよくなり、第一部隊の騎士たちも異変に気が付いた。
「行くぞ! 続けっ、遅れるなっ!」
カイルを先頭に、第一部隊十余名は、風のように王都を駆け抜ける。
エセルは部隊の行く手、少し先に路地や人影が見えるたび、簡易のシールドを張り、接触事故を防いでいった。
シールドは瞬時に解除され、足止めされていた通行人もまた、追手の障害となる。
目的の街区に辿り着く頃には、すっかり追手はまいており、目的の通りでは馬は並足で進んだ。
「……その家、ですね。皆さん、その空き地でお待ちいただけますか?」
――騎馬隊がこのような路地にひしめいていては、目立ってしょうがない。
目的の家が見えたところで、エセルは空き地の一つを指さした。
「よし、一旦ここで待機!」
カイルもその空き地に馬を乗り入れる。
騎士隊もそれに続き、エセルはその空き地全体を覆う、強固な認識阻害のシールドを張った。
「――無詠唱で、これほどのシールドを……」
下馬したカイルが空を見上げてため息をついたが、エセルの耳には届かない。
「私と、カイル団長で行きましょう。」
「……『カイル』でいい」
エセルの言葉を訂正して、カイルは彼女の隣に並んだ。
「……カイル……さんっ」
まだ呼び慣れず、彼女は頬を染めて視線をそらした。
目的の家のドアを叩くと、しばらくして覗き穴から外をうかがう気配がした。
やがて慎重に、ドアが開けられる。
「エセルさん! カイル団長もっ!」
言葉を詰まらせたのは、少し前に別れた事務員のマデルナだった。
「みんなは? ヘルマンさんは無事なのっ?」
カイルと素早くドアの内側に滑り込みながら、エセルが尋ねれば、マデルナは深くうなずいた。
「ええ。本日出勤していた魔法士と付与魔法士は、全員退避済み。
自宅か、ここに避難しているわ」
「良かったぁ……」
狭い廊下を進むと、突き当たりにドアがあった。
その先は――
外観からは想像できないほど広く、貴族が滞在するにふさわしい、整えられたロビーとなっており、
何人かの魔法士や、付与魔法士と思しき令嬢たちがくつろいでいる。
カイルの姿を認めて、一瞬緊張が走ったが――
「みんな、大丈夫よ。ヘルマンさんから特別許可が下りてる」
マデルナが声を張り上げると、各々歓談へと戻っていった。
「――まあ、カイル団長。そういうことなので、くれぐれも魔法士たちについては他言無用で」
言いながら、一番奥のドアを軽くノックして開いた。
「エセル、お疲れさん。おまえさんが騎士団に行ってくれて、大変助かったよ。
カイル団長、ご助力感謝する」
部屋の奥の執務机から、先ほど別れたばかりのままの姿で、ヘルマンが立ち上がってやってくる。
「――ったく……ヘルマンさん、私がカイル団長の所へ行っていなかったら、どうしたんですか……」
エセルが毒づくと、ヘルマンはニヤニヤと笑った。
「行かないわけないだろう?
そうだ、特別措置で、カイル団長へ“お前の秘匿事項”の開示を許可してもいいが――」
ヘルマンの言葉に、エセルの目がぎょっと見開かれた。
――“秘匿事項の開示”って……私が付与魔法士だって、カイルさんに打ち明けていいってこと?
「どうする?」
「――許可を……。でも、タイミングは私に任せてください」
目を据えたエセルは、重々しく言った。
ヘルマンはフッと笑うと、視線をカイルへと移した。
「――ということです、カイル団長。うちのエセルから大切な話があると思いますが、受け止めてやってください」
「承知しました。で――王城からの返答は?」
「残念ながらまだ――。ただ、待っていても仕方ないので、あなた方がいらっしゃったら出立しようと思っていました」
「――行ったところで、陛下に面会するあてはありますか?」
カイルが目を細める。
「もちろん。我々は、陛下の臣民であると同時に、良き隣人でもありますから――
このような非常事態の時には、会っていただきますよ」
ヘルマンは、にこりと笑った。
そんなヘルマンの顔を見つめていたカイルは、ふと思い出したように懐を探る。
取り出したのは、レイブル次官が置いていった、四つ折りのあの書状だった。
「このような物が、魔術管理局を通じて、第五王子殿下から発給されています」
「――ほう……」
カイルから紙を受け取り、文面に目を通したヘルマンの顔つきが、険しくなる。
「騎士団への捕縛依頼ですが、型式や書式がなっていないので、正式には受理していません。
プリニーツ伯へ直接引き渡せ、とありますが――こちらの名簿に、何か思うところはありますか?」
「ふむ……プリニーツ伯が、このメンバーを欲しい、と……
精神系の術者と、広域魔術を展開できる者――伯は、戦争でも始めるつもりですかね」
「――この者たちは、どこに?」
ヘルマンは上から順にひとつひとつ名前を確認し、最後まで読み終えると、カイルへと書状を差し戻した。
「数名を除いて、この臨時拠点に退避しています。
いない数名も自宅に待機しているので、とりあえずは安心かと」
「それなら……ひとまずは、安心しました。では――出立しますか?」
カイルは再び書状を懐にしまった。




