第十七話 制度に見つかる
「レイブル次官! 先触れもなしに、しかも突然部外者を連れてくるなんて、何を考えてるんですかっ!?」
ヘルマンは即座に抗議し、マデルナは自分の後ろにエセルを隠す。
もちろん時すでに遅し、エセルの顔はバッチリ見られてしまっていた。
「ヘルマン団長、口を慎みたまえ。
こちらは新たに外部監査評議委員に就任されたプリニーツ伯爵だ。」
レイブル次官が慇懃に言う。
その横で、プリニーツ伯爵は舌なめずりをしながら、エセルを眺めていた。
「魔術管理局の外部顧問もしているから――、完全に部外者というわけでもないのだよぉ?
付与魔法士を含めて、“魔術師の塔”の名簿は昨年から私に開示されていてねぇ……」
ねっとりとした声が、空気にまとわりつく。
「これからは――もっと“適材適所”に配置していきたいと思っているのだよ。」
「ったく、どういうことですか?! 俺は聞いていませんよ?
特に付与魔法士の身元は、私と王族、魔術管理局の局長しか閲覧できないはずですが?」
ヘルマンは怒鳴りながら手でエセルとマデルナに緊急退避を促した。
「ローデリック第五王子殿下が許可された。殿下は魔術管理局の名誉顧問をしてらっしゃる。」
レイブル次官がきっぱりと言うと、プリニーツ伯はまた一歩、エセル達の方へと歩み寄ろうとする。
「ローデリック殿下には大変親しくさせて頂いておりますからねぇ。信任厚いのだよ。」
また一歩迫る。
「ブラント伯爵令嬢――、君とは婚約中、だったと思うのだが――
愛しの将来のご主人にその態度はいただけないねぇ?」
「――お断りっ、したはずっ……ですっ。」
プリニーツ伯の目は蛇のようで、エセルは喉を内側から掴まれたような気がした。
「聞いてないなぁ? それに私は、君のご両親と業務提携をしていて――
既に多額の金が動いているのだよ? 断るなんて、最初から不可能なのだよ。」
エセルを追おうと動き出したプリニーツ伯の前にヘルマンが身体を滑り込ませる。
「――プリニーツ伯。外ではどうあれ……
この“魔術師の塔”の中で魔法士は、何者にも縛られず法以外の何者からも守られる。
外部監査委員だからと言って、好き勝手振る舞うことは許されない。」
ヘルマンはもう一度、手でエセル達を促して、自分と伯の間にシールドを展開する。
「エセルさん、行きましょうっ。ヘルマン団長なら大丈夫です。」
マデルナはエセルの二の腕を掴むと、壁際まで寄り、隠し扉へと滑り込む。
二人が見えなくなったのを確認しても、ヘルマンはシールドを解かない。
「ヘルマン君、怖い顔をするんじゃないよ。私はあいさつに来ただけだよ?
それに、ブラント伯爵令嬢の件は、伯爵家同士の問題なんだ。君たちが口を挟む話ではない。
そんな怖い顔をしているなら、私だって優しくしてあげられないよ?」
「伯爵家同士の問題だと?――ここは“魔術師の塔”だ。」
「だからなんだ?」
「――“魔術師の塔”で魔法士を脅すつもりか? それなら、我々にも考えがあるが――」
ヘルマンは、一歩も譲らない。
「レイブル次官、名簿開示の件は第五王子殿下に正式に抗議する。
この件が収まるまで、“魔術師の塔”は一時閉鎖。
必要とあれば、解散、あるいは亡命も辞さない。」
そういうや否や、シールドがまばゆく光り始める。
「――っ」
レイブル次官とプリニーツ伯は思わず目をつぶった。
そして――、光が収まって、目を開いた時には、ヘルマンの姿も――
それどころか、執務室の書類や書籍、調度品も何もかも、二人の目の前から消えていた。
「――おい、話が違うではないか。
ローデリック殿下の名前を出せば、ヘルマンなど簡単に黙るのではなかったか?
ブラントの小娘も逃げられるし――、実に不愉快だ。」
プリニーツ伯の声に、わずかな苛立ちが滲む。
しかしレイブル次官は、涼しい顔で彼に応えた。
「想定外ではありましたが――
しかしまあ、すぐには陛下の耳には入りません。
その間に、こちらで手を打てば、“魔術師の塔”の閉鎖など小さなことかと――」
「……そうか。例の件はどうなっている?」
「ヘルハウンドでの実験は成功しております――次の段階へ移れます。」
レイブル次官の言葉に、プリニーツ伯の口元が、ゆっくりと緩んだ。
「よし、早急に進めてくれ。」
そう言うと、もうこの部屋に用はないと、二人は廊下に出た。
廊下の調度品もすっかりなくなっており、石造りのむき出の壁が寒々しかった。
「――徹底して……すごいな。」
ヘルマンの実力に、二人はわずかに背筋を冷やしたが、
それ以上、考えないことにした。
+++++
隠し扉を通り抜け、人気のない塔の裏手に出た時、
エセルとマデルナの懐中時計が、小刻みに震え出した。
慌てて取り出したそれは、懐中時計を模した連絡装置――緊急時に魔法士へ通知が届くものだ。
「ええっ、緊急事態? 赤色っ!?」
マデルナが、盤面が赤く光るのを見て思わず叫ぶ。
エセルも、不安げにその光を見つめた。
「――これ……見たことないけど……どういう意味でしたっけ?」
「全面退避です。“塔”が閉鎖、または敵勢力に占拠された時の印です。
まあ――部外者を予告なしで入れた上、名簿が勝手に開示されていたなら、妥当な処置かと……」
「――妥当って……これから私たちどうしたら……」
エセルが言っていると、手元の赤い光が明滅し、短針と長針がするりと動き出す。
やがて明滅が止まると、短針は6を指し、長針は、ひとつの方角を指し示した。
「あ、ヘルマンさんは無事です! 臨時拠点が決まったようです。」
文字盤を見ていたマデルナの表情が一気に明るくなった。
「えっと、私、この見方知らないのだけれど……」
エセルが戸惑うと、マデルナは小さな金属片を取り出し、エセルに渡す。
そこには「6」の数字が刻まれていた。
「あとでチップを脇の隙間に入れてください。地図が立ち上がりますから。
私は先に向かいますが……エセルさんはカイル団長の所にいた方がいいです。
駐屯所の入り口まで一緒に行きましょう。」
「――わかった。」
エセルは金属片と懐中時計をしまうと、マデルナと周囲を警戒しながら騎士団の駐屯所へと向かう。
道すがら、異変はない。
難なく辿り着いた駐屯所の門の付近で、二人は別れた。
“魔術師の塔”の事務員が令嬢エセルと一緒にいることに、合理的な説明がつかなかったためだ。
「追って連絡しますので、連絡装置は肌身離さず持っていてください。」
別れ際、植え込みの陰でマデルナに念を押される。
彼女が見えなくなるまで見送った後、エセルは慎重に門へと近づいた。
「団長の……エセル嬢ですね?」
門兵は、エセルの顔を既に知っていて、すんなり中に入れてくれる。
エセルはその呼ばれ方に、少々引っ掛かりつつも、
騎士団の敷地に足を踏み入れ、プリニーツ伯の手が届かないことに安堵した。
「ご案内しますよ。」
「いえ、私が――」
「私も――」
「俺も――」
門をくぐった瞬間から、周りにいた騎士がエセルに気づいた途端、我先にと彼女のもとへと押し寄せてくる。
――えーっと……これは一体、どういう状況?
以前――いや、昨日と比べて、雰囲気が全く違う……
あっという間に屈強な男たちに囲まれたエセルは思わず首をかしげるしかなかった。
――恩人だ。
――一番様だ。
――一番様に違いない。
――大恩ある一番様……
ひそひそと声が行き交う。
見れば、エセルを囲んでいるのは、先般のヘルハウンド掃討戦で共に戦った騎士たちだった――
――ばれてる? いや、ばれてない。ばれてない、はず……!
知らん顔、知らん顔……
「では――カイル団長の元までお願いします。」
エセルは何食わぬ顔で言った。




