表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しの騎士団長に玉砕するはずでした――利害一致から始まる偽装交際。三十歳年上の変態伯爵の九番目の妻にはなりたくありません!  作者: じょーもん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/29

第十六話 運命と侵入者

「はぁ……もう、どうしたらいいかわかんない……」


 客室に戻ったエセルは、ベッドに寝転んで呆然と天蓋を見つめた。


 かつてないほどの深い口づけをしたカイルは、


「あまり早く刺激に慣れても困るだろうから」


 と、余裕の笑みを浮かべ、軽い歓談の後に彼女を解放した。

 キスの後に何を話したのか、ほとんど覚えていない。


 ――でも。

 カイル団長の本命は、セリーナさんじゃない。


 初めて会った時は、たしかに彼も彼女の魔法にあてられていた。

 けれど――


 ……途中から、効いてなかった。



 ――なぜ?


 心の中で問いかけたが……

 胸の奥で、ひどく甘い予感が形を取り始める。


 ――やっぱり

 私の血が、カイル団長に掛けられていた魔法を解いたのではないか。


 しかも――


 あの後、団長には、もう一度も魔法は効いていなかった。


「やっぱり本当に……私たち、魔力の番、なのかな。」


 声に出した瞬間、胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


 ――じゃあ、団長の本命って……


「いや、ない……っ。ありえないからぁっ。」


 信じてしまって、もし違ったら――立ち直れない。

 エセルは枕に顔をうずめ、走り出しそうな思考を、必死に押しとどめた。



 +++++



「遠征、ごくろーさん。しかし――どうにもきな臭いね」


 ヘルハウンド掃討から数日。


 団長室では、遠征の経費決算書が机の上に山と積まれていた。

 その一枚一枚に目を通しながら、カイルは黙々とサインを重ねている。


 ノックもそこそこに、ルークスがふらりと顔を出した。


「――思ったより早いじゃないか。報告を」


 最後の一枚に署名を終えると、カイルはペン先のインクを軽く払い、静かにインク壺へ戻した。


 ――ルークスには、遠征前に、

 魔物の動向と、プリニーツ伯の内偵を命じてある。



「女の気配がなさ過ぎて、重度のシスコンか、男好きかって囁かれてた騎士団総長がさ」


 ルークスはニヤニヤと笑う。


「突然女を囲って、鼻の下伸ばしてるって、専らの噂で――

 その女と寝たかって賭けは、今んとこ“寝た”が優勢」


「……くだらない話をしに来たのなら、持ち場に戻れ」


 カイルは視線だけで射抜くように睨みつけた。

 ルークスは両手をひらひらと上げ、冗談だと苦笑する。


「魔獣の方は、まだこれと言った証拠は出てない。

 まあ、一朝一夕で分かる類じゃないのは、あんたも承知だろ?」


「――ああ」


 短く応じたのを見て、ルークスは内ポケットから四つ折りの便せんを取り出し、カイルの机へ放った。


「もう一件の方だ。

 ……よく今まで放置されてたなってレベルで、真っ黒だ」


 カイルはルークスを一瞥してから、無言で便せんを手に取る。

 開いて一行目を追った瞬間、空気が変わった。


「……酷いな」


 押し殺した低い声が漏れる。


「本当に、こんなことを女性にしていたのか」


「ああ。伯の八人の前妻のうち、五人は“商品”だ。

 地下に落とされて、好きに扱われてる」


 ルークスは肩をすくめる。


「団長がそれを“酷い”って言える人間で、正直ほっとしたよ」


「……エセル嬢も、嫁がされていれば――」


 カイルの声がわずかに低くなる。

 ルークスは淡々と告げた。


「十中八九、同じだな。

 金を積んででも、そういうことをしたがる連中は――思ってるより多い。

 ……続きも見ろ」


 促され、カイルは視線を落とした。

 紙を追うごとに、その表情がわずかに強張っていく。


「――違法魔法薬の密造……」


「ああ。残りの三人は、それに従事させられてる可能性が高い。

 ……まあ、どのみち伯爵のおもちゃにされてるだろうがな」


「魔法薬で縛って、都合よく扱っている――そういうことか」


 カイルの声が低く沈み、指先が無意識に机を叩いた。


「で――」


 ルークスはわずかに体勢を変え、カイルに視線を向ける。


「報告書には載せてないが……もう一つ、悪い知らせだ。

 プリニーツ伯爵、今朝づけで“魔術師の塔”の外部監査評議委員に任命された」


「……は?」


 カイルの目が見開かれ、一瞬、言葉が途切れる。


「なぜだ。

 プリニーツ伯爵家は外国出身の新興貴族だぞ――

 あそこに入れるはずがない!」


 次の瞬間、拳が机を叩いた。

 ルークスは、わざとらしく肩をすくめる。


「魔術管理局次長と、委員長が伯の上客だ。

 それから――没落貴族の子爵令嬢が一人、消えてる。

 ……何が起きたかは、想像つくだろ」


「クソ……あそこにはエセル嬢がいるのだぞ……」


 一瞬の沈黙が落ちる。


「――やっぱりな」


 ルークスの口元が、ゆっくりと歪んだ。


「カマをかけて正解だったよ。

 ご執心の“筆頭付与魔法士”――団長の一番様が、エセル嬢か」


 カイルの動きが、ぴたりと止まる。

 ゆるやかに顔を上げたその視線は、射殺さんばかりに鋭い。


「貴様……謀ったな」


 低く吐き捨てる。


「さっきの話、どこまでが真実だ」


「残念ながら、話は全部真実だよ」


 ルークスは、カイルの視線などどこ吹く風に、勝ち誇るように胸をそらした。


「しかしなぁ……、まさか団長自ら、付与魔法士殿の身元を暴くなどという禁を犯していたとは――

 バレたら、懲戒――エセル嬢との縁談もパァだ」


「……私を脅すとは、全くいい性格だな……。

 条件を言え。何と引き換えだ?」


 カイルの苦い表情を満足げに眺めながら、ルークスはおもむろに言った。


「情報が欲しいな。

 愛しの一番様と、団長はどこまで進んでらっしゃる?

 それと――あの子を選んだ理由も知りたい」


「……キスはした。それ以上はしていない、清い関係だ。

 あれは――“魔力の番”に違いないし、それ以前に、俺の運命……なんだ」


 カイルが吐き出すと、ルークスは手を叩いて小躍りする。


「よっし! ベッドイン手前でキスだけ! 俺の勝ちだっ!

 で、団長。いつ彼女に手を出すつもりだ?」


「それも賭けの対象かっ!? ふざけるなっ!」



 +++++



 その頃、“魔術師の塔”に出勤していたエセルは、ヘルマンの執務室に赴いていた。

 ヘルマン立会いのもと、マデルナから差し出された遠征の特別手当の明細に、順に目を通していく。


「――よし、と。はい、大丈夫です。

 今回は、成果物の配当と――、戦果報酬が結構多いですね?」


 最後の一枚にペンを走らせつつエセルが顔を上げると、

 ヘルマンは頬杖をついたままヘラヘラ笑う。


「今回のエセル、大活躍だったからねぇ。

 それに、ヘルハウンドの中に異常個体が思ったよりいてね。

 皮と魔石が予想以上に高値が付いたんだよ。

 もっとも通常個体の討伐数が多すぎて、そっちは値崩れしそうだったけど、まあそこは在庫調整で――」


「まあ――、皮も魔石も、とっておいて腐るものでもないですしね。」


 エセルは書き上げた書類を目の前に掲げ、もう一度目を通す。


「はい、これでいいでしょうか?」


 マデルナへ差し出すと、受け取った彼女は一通り目を通してうなづいた。


「はい、大丈夫です。

 ところで……エセルさん、今、カイル団長のご実家に滞在なさっているのですよね?

 ご住所や氏名の変更は必要ですか?」


「あ……、えっと……、それは……まだ具体的ではなくて……

 プリニーツ伯爵との縁談も完全に白紙になってないみたいですし……」


 ヘルマンも身を乗り出してくる。


「プリニーツ伯もお前の実家も、往生際が悪いなぁ。

 そういえば、ヴァルデン侯爵家のわがまま娘はどうなった?」


「ヘルマンさん、その言い方……。セリーナさんです。

 無自覚に精神系や認識の歪曲の魔法を使っていたようで――

 とりあえず解呪が効いたので、一件落着でしょうか。

 侯爵夫妻にも、早めに魔力鑑定をするよう進言しておきましたので、“魔術師の塔”からも一言勧めていただけると、今後スムーズかと」


「やっぱりなぁ……

 でも、無自覚でそれだけの猛威を振るえるんだから――こっちに引き込むか……

 いっそ聖女に認定して、公に活躍してもらうか……」


 ヘルマンが考え込むように呟くと、横からマデルナがピシャリと言った。


「いくら力が強くても、性格に難ありなら私は反対ですよ。

 自己顕示欲の強い付与魔法士も、性格の悪い聖女もごめんですね。」


「まあまあ、とりあえず、どんな魔力があって、どんな魔法が使えるか――

 本人が自覚するところから、ですよ。

 今までは本当に、自分の言葉や思いがそのまま現実になる特別な人間だって、思い込んでいたんですから。」


 エセルが苦笑いすると、マデルナは鼻を鳴らす。


「エセルさんって、人がいいですよねぇ。ガラス入りお茶を飲ませてきた相手に――」


 ドンドンドン――


 言葉を遮るように、執務室のドアが叩かれた。


「――おかしいな。特に来客の予定はないのだけれど……」


 ヘルマンは立ち上がりながらつぶやく。


 魔術師の塔に、部外者がそう簡単に入り込めるはずがない。

 ――だが、もしそうなら。


 エセルの顔を見られるわけにはいかない。


 ヘルマンは自らドアへ向かい、来客を確かめようとした。



 しかし、ドアはヘルマンが手をかけるより早く、外から大きく押し開けられた。


「プリニーツ伯、こちらがヘルマン・テルダム団長の執務室です。」


 にこやかに案内してきたのは、魔術管理局次長。

 室内をぐるりと舐めるように見回した伯爵の視線が、バチリとエセルを捉えた。


「おやおやおやぁ? 思ったより簡単に見つかりましたねぇ?」


 目をいやらしく細め、口元に粘つく笑みを浮かべていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ