第一百五十一話 奇跡
そのとき。
――ぴくり。
ノアの手が、動いた。
まるで何かを感じ取ったかのように。
ゆっくりと、空へと伸ばされる。
そして――
「……え?」
掴んだ。
確かに、“それ”を。
魔力を持たないはずの少女が――
消えかけていた陸虚の存在を。
奇跡のような光景に、誰もが息を呑む。
そのとき――
「……あっ!」
アモロンが、はっと顔を上げた。
「まさか……あの夢は……これか!」
慌てて空間バッグを探り、取り出したのは――
どこか異質な、未来的な造形の人形。
陸虚はそれを見て、苦笑する。
「……なるほどな」
少しだけ肩をすくめる。
「まあ……消えるよりは、マシか」
そう言って――
そのまま、人形の中へと身を滑り込ませた。
――次の瞬間。
人形の瞳に、光が灯る。
ぎこちなく、しかし確かに――身体が動いた。
静まり返る空間。
誰もが見守る中――
「……とりあえず、生き延び――」
言いかけた、その瞬間。
「――旦那様!!」
ノアが、勢いよく飛び込んできた。
そのまま、強く――
離さないように、抱きしめた。
ノアの頭を優しく撫でながら、陸虚は静かに言った。
「……もう大丈夫だ」
そのまま、もう一つの“自分”へと視線を向ける。
光を放ち、感情を持たぬ陽神の肉体。
その姿に、複雑な色がよぎった。
「……」
アモロンが一歩前に出る。
「皆、少し離れてくれ」
静かに告げる。
「こういう時は……一人にしてやった方がいい」
その言葉に、皆は無言で数歩下がる。
陸虚は、ただ黙って陽神の肉体を見つめ続ける。
思考は深く、沈んでいった。
――そのとき。
「にゃっ」
ひょい、と小花が飛び出してきた。
ロボットの姿の陸虚を見上げ、首をかしげる。
そして――
とことこと、もう一つの肉体へと歩み寄っていく。
「……小花?」
陸虚が見守る中――
ふと、小花がぴたりと止まった。
何かを感じ取ったように、くるりと振り返る。
そして次の瞬間――
そのまま一直線に、陸虚の胸へと飛び込んだ。
「にゃあっ!」
「……はは」
思わず、笑みがこぼれる。
小さな体を抱きしめながら、呟いた。
「ちゃんと……分かるんだな」
そっと撫でる。
「なら……まだ手はあるか」
わずかに目を細める。
「しばらくは、この身体で我慢するしかないがな」
――そのとき。
どこか遠い、遥かな位面から。
声が届いた。
「陸虚殿下――」
淡く、しかし確かに響く声。
「本当に……面白い未来を見せてくれましたね」
次の瞬間――
眩い光が、陸虚と陽神の肉体を包み込む。
空間が歪み、二つの存在が交錯する。
魂と力が――入れ替わる。
陸虚の魂は、本来の肉体へと帰還し、
陽神の膨大なエネルギーは、造物人形へと流れ込んでいった。
その狭間で――
陸虚の意識は、一瞬だけ“別の層”へと触れる。
高次の情報が、流れ込んでくる。
そこに――
もう一人の“自分”がいた。
そして、その隣には。
奇妙な電子の気配を纏った茶虎猫を抱く、一人の少女。
「……」
視線が交わる。
「……エマ……」
腕の中の茶トラ猫が、「は~!」をつもりだが、小花の存在に気づいた途端、ぴたりと動きを止め、
そっと身を引いた。
その様子を見て、エマは微かに笑い、
もう一人の陸虚とともに、静かにこちらを見つめていた。
本来の肉体へと戻った陸虚は、静かに自身の状態を確かめた。
「……なるほどな」
陰陽金丹は――完全になくなった。
今の彼は、修行前と変わらぬ、ただの“普通人”だった。
一方で――
陽神の力を宿した人形は、轟音とともに空へと飛び上がる。
そのまま一直線に、呪いの地の核心へ。
中心部にいたカロルンを、ぐいっと押しのけ――
「え、ちょっ――!?」
呆然とする彼をよそに、
人形はそのまま膨大な力で汚染源の浄化を開始した。




