第一百四十九話 皆の力
その頃――雷池の内側では。
陸虚と“もう一人の陸虚”が、激しくぶつかり合っていた。
神霄雷槍。
陰陽雷龍。
さらには――陰陽混沌斬。
放たれる術は、すべて同一。
構えも、間合いも、癖すらも――完全に一致している。
「……チッ」
陸虚は舌打ちする。
相手は、自分そのもの。
それだけではない。
“それ”は天外の本体と繋がっているのか、
力が尽きる気配がまるでない。
対して――
陸虚の霊力は、確実に削られていく。
じわじわと、追い詰められていた。
――外では。
陸虚の本体の傍らで、小花が必死に鳴いている。
「にゃっ……にゃあ……!」
焦りを隠せない声。
雷池の中で輝く光球――
それは、陸虚の精神そのもの。
だがその光は、見るたびに弱まっていく。
周囲の者たちの表情にも、焦燥が広がった。
そのとき――
「……方法がある」
静かに口を開いたのは、ティリオンだった。
一度、アイスへと視線を向ける。
「覚えているか? かつて白也が、我らの傷を癒したときの術を」
一瞬の沈黙。
そして――
「……ああ」
アイスの目が、鋭く光る。
「確かに、あれなら――」
すぐさま振り返り、皆へ告げる。
「聞け。お前たちの魔力を、俺とティリオンに集めろ」
「それを……陸虚へと届ける」
その一言で、全員が動いた。
疲弊した身体を引きずりながらも、意識を集中させる。
次の瞬間――
さまざまな属性の魔力が、光となって集まり始めた。
そのとき――
オグドン校長の声が、オレリス全域に響き渡った。
「皆さん……魔力を……ここへ集めてください!」
その声には、かつてないほどの切迫と、確かな願いが込められていた。
「陸先生に、力を貸してください!」
その言葉が落ちた瞬間――
学院の四方から、さらに膨大な魔力が奔流となって集まり始めた。
まるで呼応するかのように、次々と光が灯り――
それらはやがて、アイスとティリオンへと収束し――
さらに練り上げられ、一本の流れとなる。
そして――
まっすぐに、陸虚の身体へと注ぎ込まれた。
激しい攻撃を受け続け、霊力が尽きかけたその瞬間――
陸虚は、ふいに“懐かしい波動”を感じ取った。
次の瞬間。
背後に――巨大な世界樹の虚影が現れる。
「……これは――」
奔流のような魔力が、その精神を満たし――
消えかけていた金丹が、再び輝きを取り戻した。
「……っ!」
一瞬の余裕が生まれる。
その刹那――
陸虚は雷池の外へと視線を向けた。
そこにあったのは――
錬丹に関わった者たちだけではない。
ノアたち、仲間たち。
そして――
オレリス魔法学院、すべての学生たち。
無数の光が、彼へと向かっていた。
それぞれの力が、祈りが――
ひとつに束ねられ、ここへ届いている。
「……はは」
思わず、笑みがこぼれる。
その中で――
陸虚の目が、ある一点に止まった。
「……シオン」
そこに立っていたのは、彼女だった。
かつて魔力を持たなかったはずの彼女が――
ティリオンの復活により、新たな力を得ている。
その手から放たれるのは、澄んだ翠の魔力。
それは世界樹を通じて増幅され、
まっすぐに陸虚へと注ぎ込まれていく。
その光景を前に――
邪神は何も語らなかった。
ただ一瞬で力を極限まで圧縮し、必殺の一撃を放つ。
“今、この瞬間”を狙って。
陸虚が完全に回復する、その前に――
それは、無数の眼を宿した巨大な鎌へと姿を変え、
刹那のうちに、陸虚の目前へと迫った。
――だが。
その瞬間、世界が“遅くなる”。
時間の流れが、目に見えて緩やかになった。
次の瞬間――
氷霜の巨大な盾が、眼前に展開される。
轟音とともに、鎌の一撃を真正面から受け止めた。
さらに――
細やかな水流が、砕けかけた陸虚の精神体を優しく包み、
傷を洗い流すように癒していく。
そしてその上から――
眩いほどに華麗な戦甲が、全身を覆った。
「……相変わらずだな」
その装いを一瞥し、陸虚は小さく苦笑する。
(アモロン校長のセンスは……変わらないな)
すぐに頭を振り、余計な思考を振り払う。
そして――
片手を掲げる。
瞬間、空間が震え――
灼炎を宿した巨大な剣が、虚空より顕現した。
その刃に宿る波動は――真火。
陸虚は、目の前の邪神を見据える。
「……校長は言っていたな。お前は、どこにでもいると」
一歩、踏み出す。
「警戒はしていた……だが、完全には防ぎきれなかった」
わずかに息を吐き――
「――それでも」
視線が、ほんの一瞬だけ外へと向く。
「僕には、仲間がいる」
その言葉とともに――
剣が振り下ろされた。
轟ッ――!!
閃光のごとき一撃。
邪神の化身は、瞬時にして大きく断ち裂かれた。
その一撃で終わる――はずだった。




