第一百四十六話 錬丹
封鎖された空間の外にも、多くの人々が集まっていた。
ノア、ノル、カミラ、ミリナ、ガルド、リュミエール、そしてトーマとレイリア。
どこか張り詰めた空気の中――
トーマがぽつりと呟く。
「何をやるのかは知らねぇけどよ……今回、今までの全部よりヤバそうな気がするんだよな」
その一言に――ノアの表情がびくりと揺れた。
「ちょっと!」
すぐさまレイリアがトーマの足を蹴る。
「余計なこと言わないの!」
そして、すぐにノアへと向き直り、優しく笑った。
「大丈夫だよ、ノアちゃん。陸先生って、いつもちゃんと帰ってきてるでしょ?」
「……」
「そうですよ、お姉さま」
ノルも静かに言葉を重ねる。
「私も、陸先生のことを信じています」
周囲から向けられる、まっすぐな眼差し。
ノアはそれを受け止めながら――
(ノア……旦那様を、信じなきゃ)
胸の奥で、そっと呟く。
(私にできることは……ただ、旦那様の無事を祈ること)
やがて、彼女は小さく頷いた。
そして――
みんなに応えるように微笑み、静かに目を閉じる。
そのまま、祈りを捧げ始めた。
時間は、ゆっくりと流れていった。
皆の力を借りて――ついに、九十九日目。
この一日を乗り切れば、金丹は現世に顕れ、雷劫を越え――
世界樹ティリオンも救われる。
(あと……少しだ)
陸虚は意識を研ぎ澄ませる。
――その瞬間。
幽髄の隔離が、わずかに揺らいだ。
「……っ!」
即座にアラセリアの方へ視線を向ける。
そこにいたのは――
顔色を失い、今にも崩れそうな彼女の姿だった。
闇属性の魔力は、明らかに弱まっている。
だが――
陸虚の視線に気づいたその瞳には、狂気にも似た光が宿っていた。
次の瞬間。
彼女の魔力核が――燃え上がる。
「――やめろ、アラセリア!!」
陸虚の叫びが響く。
「魔力核を燃やすな! 残りは僕が――!」
だが。
すでに限界を越えた彼女の耳に、その声は届かない。
「……ダーリン……♡」
かすかな笑みを浮かべたまま、魔力はさらに暴走していく。
「やめろ……このままじゃ、お前――死ぬぞ!!」
しかし、陸虚は動けない。
錬丹の中心にいる彼には、これ以上意識を割く余裕がなかった。
――そのとき。
「陸先生……もう、止めてください」
オグドン校長の声が、背後から響く。
振り向けば――彼もまた、限界に近い顔をしていた。
「……もう材料がない。次は、ないんです」
陸虚は低く答える。
「だから……あと十秒、くれ」
そう言うや否や、彼は雷符を掴み――
そのまま、自らの額へと叩きつけようとする。
分身を強制的に切り離し、アラセリアを止める。
たとえ――
その代償が、金丹の損傷。
そして、自らが“陽神”へ至る道を永久に失うことであっても。
――だが、その刹那。
一筋の光が――
呪いの地より、まっすぐに射し込んだ。
「……っ!?」
その光は、アラセリアの意識を貫き――
狂気を、一瞬で引き戻す。
同時に。
揺らいでいた幽髄の隔離が、完全に安定した。
高空一万メートル。
上空を旋回していた氷龍王アイスが、ちらりと視線を落とし――
静かに呟く。
「……カロルン」
その瞬間――
小花が化した大鼎が、無数の光を放ち始めた。
同時に、空には重く濃密な劫雲が渦を巻き、
次の瞬間――幾筋もの雷が、容赦なく大地へと叩き落とされる。
「――来るか」
陸虚は迷わず飛び上がり、大鼎の上へ。
降り注ぐ雷撃の大半を、その身一つで受け止めた。
轟音が響く中、わずかに漏れた雷が小花の鼎へと落ちる。
――カン、カン、カン。
まるで規則正しい音律のように、奇妙で神秘的な音が鳴り響いた。
その頃――
世界の外側では。
天外の存在たちが、この異変に引き寄せられるように集まり、
薄くなった壁障へと、激しく衝突を繰り返していた。
だが――
「――凍てつけ」
上空より、氷龍王アイスの吐息が放たれる。
瞬間、周囲一帯の時空そのものが凍結し、
外からの侵入を、完全に封じ込めた。
――それから、幾つもの時が流れ。




