大監獄【クロス】
俺が生まれた場所は、どことも知れぬ路地裏だった。母の顔も知らない。気づいた時には薄汚れた毛布一枚に包まれ、泥水を啜って生きていた。
奪い、奪われる──それが当たり前だった。飢えた犬より簡単に人間は死ぬ。寒さで凍る子ども。殴られて動かなくなる大人。力なき者は餌でしかなのだと俺は早々に悟った。何もかもが理不尽で、正義なんてものは馬鹿が信じる妄想でしかなかった。
だから俺は奪う側を選んだ。盗みを働き、邪魔をする奴は殺した。努力をせず、他人の力で欲を満たす奴、力を無意味に誇示し続ける奴、金のことしか頭にない奴、皆等しく殺した。
殺すことに抵抗はなった。ただ漠然と、気に入らなかったから、見ていて虫唾が走ったから、それだけの理由で命を奪った。世界が腐っているなら、それに合わせのが道理だと思った。
そんな日々を続けていると──なぜか俺の周りに人が集まってきた。
賭け事が好きでリスクを楽しむ男。檻の中で見せ物になっていた娼婦。臆病すぎてまともに戦えない癖に俺の背中に隠れるのが得意なガキ。他にもいろんな連中が俺を慕ってついてきた。
理由はわからなかった。単に群がるのが好きなだけだったのか。強い奴の下にいれば自分も強くなれると錯覚したのか。俺にとってはどうでもよかった。とにかく俺たちは集団になった。
くだらない世界なら力でねじ伏せればいい。それが俺たちの信条だった。弱い奴は捨て置き、強い奴は徹底的に潰す。街のチンピラも貴族の護衛も関係ない。俺たちの前では全員平等に無価値だ。
だが、どんなに暴れても状況は変わらなかった。国の中枢を牛耳る大臣や豪商たちはもっと上の力を持っていた。どれだけ反抗しようが鎮圧される。鉄格子の向こう側に追い返される。そうしてまた同じ腐った日常が始まる。何度もそれを繰り返した。
どこまでも無意味で、どこまでいっても変わらない現実。それが俺たちの世界だった。
そんなある日──国に二人の若い男が現れた。
片方は冷静で氷のような目をした茶髪の男。もう片方は笑みを絶やさないが血の気の多い銀髪の男。どちらも二十歳そこそこで、見るからに若造だった。
俺はそのうちの一人、『ギル』という茶髪の男になぜか知らないが仲間にならないかと誘われた。俺は最初から断るつもりだった。他人に縛られるつもりはなかったし、ましてや俺みたいな奴を拾おうとするやつの神経がわからなかったからだ。わからないことに対し人というのは嫌悪感を抱く。だから俺は軽く懲らしめて追い出す予定だった。だが───、初めて俺は負けた。完膚なきまでに。
彼の力は尋常じゃなかった。理屈ではなく本能でわかる。こいつには勝てないと。そして彼は最後にこう言った。
『力を振るう理由が無いなら俺がその理由をやる』
──その言葉が妙に胸に刺さった。
今まで俺はただ鬱憤を晴らすために暴れていただけだった。だがそれでは世界は変わらない。いくら壊しても壊しても再生していく。意味がなかった。しかし目の前の男は違うらしい。力を使う確固たる目的を持っているようだった。
俺は初めてこの衝動に理由を見出した。
その後、俺のいた国は、たった二人の騎士によって滅び、アヴァール国に併合することとなった。二人の騎士のちに聖騎士の団長に昇進し、それぞれの聖騎士団を率いることになる。俺たちはギルの率いる【紅の団】に所属することになった。そしてのちに重要拠点の一つを本来の目的を隠すように監獄として運用を任された。
目的もない、役割もない人生に団長は役割を与えてくれた。本来の俺にその役割を成し遂げれるかは分からなかったが、そんな俺に団長は、ある人物の話を良くしていた。
アヴァール国の建国の立役者の一人、弱気者の味方をし、巨悪を決して許さなかった男。その逸話はおとぎ話として語られ、【死神】と恐れられたギル団長の恩人にして憧れていた人物。
そんな人の事を語る時の団長の表情は年頃の男のように楽しそうにしていた。だからこそ、気になった。【死神】とは一体どんな人物なのかと───。
ドゴォォン‼
壁が轟音と共に崩れ落ちた。石の塊が砕け散り、粉塵が舞い上がる。その向こうから影が一つ、弾丸のようにヴァルが飛ばされる。
「……っ!」
ヴァルは壁を突き破って廊下へと吹き飛ばされ、空中で身を翻す。手に持っている鉈を地面に突き刺し、両足で床を蹴ることで勢いを殺しながら滑るように着地した。
(これが、ゼロ・グリムロード……。固有魔力を使っていないにも関わらず、純粋な体術と魔力操作だけでこのレベル。始めから敵う相手ではないとは思っていたがここまで差があるとは……!)
ヴァルは心中で自嘲交じりに呟く。己の慢心と過信を認めざるを得なかった。しかし悔しさよりも昂揚の方が強い。圧倒的実力差のある敵との遭遇。それが彼の心の中にある何かを掻き立て、口角が僅かに上げさせる。
粉塵の向こうからもう一つの人影が姿を現した。漆黒のローブに身を包んだ小柄な青年──ゼロ・グリムロードである。肩で呼吸しているヴァルに対し、ゼロは一切呼吸を乱すことなく、ゆっくりと歩みを進める。
「やっぱりあの人が認めるだけの人ではあるか……」
ヴァルはゆっくりと身体を起こし、再びゼロへと刃を向ける。
「なかなかやるねヴァル。剣のレベルだけだったら、僕の知っている騎士の中でも一二を争うんじゃないかな」
ゼロは歩みを止め、笑みを浮かべる。しかしヴァルの表情は厳しいままだ。
「お前が戦ってきた騎士がどれほどのものだったかは知らないが、少なからずお前は、俺が知っている魔導士の誰よりも強い。おそらく団長よりも……」
その言葉に嘘偽りはない。ゼロの放つ威圧感、無駄のない動き、全てにおいて隙が無かった。
「あははは、ありがとう。でも、もうこの戦いも終わりにしよう。君もさっきの放送を聞いただろ?この監獄を掌握していた君の部下は僕の仲間に倒された。皆がここに集まるのも時間の問題だ」
ゼロは穏やかな口調で言う。だがその声には有無を言わせぬ圧があった。
「つまり降伏しろと?」
ヴァルの問いにゼロは静かに頷く。
「そう、その方がお互い無駄な怪我をしなくて済む」
沈黙が降りる。ゼロは構えを解き、手を広げた。まるで戦意のないことを示すかのように。ヴァルは唇を噛み締め、鉈を下ろす。
「……確かに、被害状況を考えてもこれ以上戦う必要も意味も無いだろう。だが──、」
次の瞬間、ヴァルは自分の左手の甲を鉈で切り裂いた。鮮血が迸り、床に滴り落ちる。
「ここは大監獄【クロス】。その名は、罪人を決して外には出さないというバツ印を表している。」
ヴァルは溢れ出る自身の血液を魔力で操り、鉈の刀身に纏わせ始める。深紅の液体が蠢き、粘質な輝きを放ちながら形を変え、瞬く間に禍々しい血の剣が完成する。ヴァルはその凶器を改めてゼロへと突きつけた。
「故に──、俺がここでお前に屈し、外に出すことは決してない」
その言葉には揺るぎない決意が込められており、死をも厭わない覚悟が全身から滲み出ていた。それを聞いたゼロは、ヴァルの覚悟を受け止めるように静かに頷いた。
「君の覚悟は分かった。なら僕もその覚悟に敬意を表して少し本気を出すことにしよう」
ゼロはそう言うと偶然足元に転がっていた短剣を拾い上げ、構えた。
「魔導士が剣を?」
ヴァルは眉をひそめる。
「いいことを教えてあげよう。魔法使いだって、時代と戦場によっては剣を持つものなんだよ」
ゼロは小さく笑った。
次、いよいよ第六章ラストになります。二人の決着はいかほどに!?
頑張って書くのでお楽しみに




