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グリム・ライト  作者: 紅零亜種
第6章 監獄脱出作戦
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死神

「いいことを教えてあげよう。魔法使いだって、時代と戦場によっては剣を持つものなんだよ」


 ゼロ・グリムロードは軽く笑いながら、拾い上げた短剣を左手で握り直した。次の瞬間、血の剣が空気を切り裂く。ヴァルの筋肉が収縮し、脚が床を蹴り砕く。獣のごとき疾走が距離を一瞬で消し去る。


「シィッ!」


 呼気と共に血の刀が横薙ぎに振るわれる。その軌道に沿って深紅の鞭のような残像が伸びる。まるで生き物のように蠢く刃は三倍以上の間合いへと到達し──ゼロの首筋を狙って滑り込んむ。


スパッ!


 空を斬る音だけが響く。ゼロの姿は既にそこにはない。彼は最小限のステップで横にずれ、血の斬撃を寸前で回避していた。漆黒のローブの裾がかすかに刃先に触れ、黒い布が微かに裂ける。


「……まぁ、躱すか」

「なかなか、それじゃあこっちも行くよ」


 ゼロは短剣を握り直し、重心を低く落とした。その目は鋭く光り、次の瞬間には床を蹴り砕く勢いで前進する。


(来るか……!)


 ヴァルの血の剣が蛇のようにうねりながら迎え撃つ。深紅の刃が宙を切り裂き、次々とゼロの首筋へと襲いかかる。しかし黒衣の魔導士は最小限の動きで回避を続ける。右へ、左へ、時には前傾姿勢で潜り抜ける。床に刻まれた血痕がその俊敏さを物語っていた。

 距離が縮まるにつれ血の剣の攻撃密度が増す。一本、二本──否、数十本にも分裂した血の鞭がゼロを取り囲む。だが彼は怯まない。むしろ歩みを加速させる。


「ここだね」


 ゼロの短剣が閃いた。


パリンッ!


 澄んだ音が響き渡る。ゼロの短剣が描いた弧が、すべての血の剣を弾き飛ばしたのだ。衝撃で血が霧のように撒き散らかり、壁や天井に鮮烈な模様を描く。ヴァルの手には血の残滓をまとった鉈だけが残されていた。

 しかしヴァルは怯まず、すぐさま踏み込みゼロと鍔迫り合いに持ち込む。鉈と短剣が火花を散らし睨み合う形になる。


「こうも簡単に入り込まれると凹むものがあるな」


 ヴァルの口元が歪む。彼の目には執念と称賛が入り混じった光が宿っていた。ゼロは僅かに笑みを浮かべ短剣に力を込める。


「そうは言ってもまだまだ隠し玉はあるだろ?」

「───、ご明察!」


 互いに刃を勢いよく弾く。鋼と鋼が激しくぶつかり合い、火花が散り、衝撃で二人の体勢が崩れ、一瞬の空白が生まれた。その隙を逃さず、ヴァルが指を鳴らす。


「【ブラッド・ニードル】」


 詠唱と同時に、壁や天井に散らばった深紅の血痕が蠢き出す。一滴一滴が膨張し、鋭利な棘へと変貌を遂げる。そして無数の槍が一斉にゼロへと殺到した。


シュパパパパッ!


 尖った血の杭が空間を埋め尽くす。ゼロは紙一重で身を捻り、足運びだけで回避していく。首筋を掠め、袖を裂きながらも致命傷を免れる。壁や床に突き刺さった血の棘が硬質な音を奏でる。

 しかし、最後の一本が死角から襲いかかる。黒衣の隙間を縫い、ゼロの腹部へと吸い込まれるように伸びる。


「――っ!」


 ゼロの瞳が僅かに縮んだ。だが次の瞬間、彼の唇が微かに動く。


「【死の接触(デス・タッチ)】」


 冷たい呟きと同時に、左手に漆黒の靄が渦巻き、血の棘を掴む。それと同時に棘は漆黒の靄に包まれ、消滅した。


「ふ~、今のは危なかったな、でもまぁ、これで君の魔力も分かったかな」


 ゼロは余裕の笑みを浮かべる。無数の血の棘が二人の間を遮るように形成され、その隙間からお互いの動向を探り合う。


「ほう、今の一連の攻防で俺の固有魔力が理解できたというのか」

「あぁ、君の固有魔力は『血』に関係している。単純に考えれば『血を操作する』固有魔力って考えるのが妥当だけど、そう場合だと問題になる点が一つある」

「なんだ?」


 ヴァルが棘の合間から鋭い眼光をゼロへと向ける。


「血の量だよ。人間には決まった血の量が魔力同様に体を流れている。その血が極端に身体の外に出れば、身体機能の低下、災厄の場合、生死に関わるけど……、君の魔法で扱っている血は明らかに致死量を超えてる。」


 ゼロは短剣を握り直し、真剣な眼差しで続ける。


「考えられるのは、一度使った血を回収したり、体内に戻すことで使い回しているという可能性もあるけ

ど、君の様子を見る限りでは、そのような素振りはない。血の棘はそのまま残っているし、回収してるわけでもない。だとすれば……」


 ゼロは少し間を置いて答えを告げる。


「君の固有魔力は単純に()()()()するんじゃない。もっとこう根本的なもの……。そう、()()()()()()()ってとこかな。それも限定的なね」


 ゼロの推理は鋭く核心を突いていた。ヴァルは僅かに目を見開くが、次の瞬間には嘲笑するように口角を上げる。


「さすがに鋭いな」


 そして静かに、確信を持って言い放つ。


「だが、戦闘中に余裕を出し過ぎだ」


 次の瞬間、無数の血の棘が霧散し、濃密な赤い霧が廊下中に充満した。視界が一瞬で覆われ、ゼロの五感が制限される。


「──っ!」


 呼吸をする間もなく、背後の闇から鋭い血の刃が伸びる。一瞬で察知したゼロは咄嗟に体を捻り、左手の短剣で辛うじて受け止めた。しかし――、


ズキッ!


 刃の先端が黒衣が裂き、左肩を浅く切り裂いた。


「くっ……!」


 ゼロは即座に短剣を振り抜き、赤い霧を薙ぎ払う。刃筋が空間を切り裂き、血霧が四散する。そして、視界が晴れた時にはヴァルはすでに後方へ飛び退き、二人の間には大きく距離が開いていた。


「今のは惜しかった。もう少しで僕に届いたね」


 ゼロは未だに余裕を見せるように不敵に笑う。しかしヴァルは静かに呟く。


「いや……もう届いた」


パチン!


 指が鳴った。その刹那――、


シュパパパパッ!


 ゼロの左腕内部から突如として無数の血の棘が皮膚を突き破り出した。血管を通るように赤黒い棘が肘から手首へと這い上がり、肉を裂きながら飛び出す。


「な……っ!?」


 初めてゼロの顔に驚愕の色が浮かぶ。余裕の表情は崩れ、瞳孔が僅かに広がる。棘はその形状を保つことなく液状に戻り、血管の隙間から漏れ出す鮮血と混ざり合い、左腕全体が赤黒く染まっていく。


(血を肩の切り傷から侵入させた⁉……いや、あの一瞬で血が侵入した感覚はなかった。それにこの血は───)


 ゼロはすぐに理解する。それとほぼ同時にヴァルは告げる。


「お前の血だ」


 ヴァルの声には冷酷な響きが含まれていた。


「俺の固有魔力は確かに『血を媒体としてその性質変化』だが、別に媒体にするのは俺の血じゃなくてもいい」

「なるほど……」


 ゼロは左腕を軽く動かす。痛みはあるが、まだ機能する。


(あの血の刃が掠めた一瞬で侵入経路を作り、魔力を流し込んだのか。魔力の応用技術ならミラーくらいはあるかな)


「これは厄介だな」


 素直な感想がゼロの口から零れ落ちる。しかしヴァルの表情はより険しくなる。


(やはり、無力化されているか……)


 ゼロの中に入ったはずの魔力が既に無力化されている。微量ではあったが確実に侵入させたはずだ。それが今は完全に消えていることを察知していた。

 ヴァルは冷静に思考し、ゼロを見据える。ゼロの中に入った血の魔力が無力化された今、確実に仕留める方法はただ一つ──直接身体に触れて魔力を流し込むこと。だがそれはゼロも同様だった。


(【死を告げる者】、万物を殺すことのできる魔法。原理は未だにわからない部分が多いが、おおよその

発動条件は、漆黒の靄に触れること。つまりは、奴もまた触れればこちらを殺すことが可能)


 ヴァルは、深く深呼吸をして魔力を練り上げる。対するゼロは未だに、負傷した左手で短剣を持ち、構えて見せる。


(触れれば勝ち。触れさせなければアウト)


 沈黙が廊下を支配する。二人の呼吸音だけが異様に大きく響く。互いに一歩も譲らない緊張感が漂い、張り詰めた空気が肌を刺すようだった。


「来ないならこっちから行くよ」


 そう言って疾風のごとく駆け出したゼロは、一気にヴァルとの距離を詰めようと足を踏み込んだ。漆黒のローブが風を切り裂き、短剣を構えた左腕が鈍く光る。傷口から漏れる赤黒い滴が宙に弧を描く。


「……!」


 しかしヴァルは即座に反応した。その場で踵を返し、ゼロの正面から斜め後方へと跳躍する。壁を蹴りながら血の魔法を紡ぎ、瞬く間に十数本の血の槍を生成した。槍の切っ先はいずれも妖しい光を帯び、螺旋を描きながら空中に浮かぶ。


「わざわざリスクがあるところに飛び込むわけないだろ」


 冷たく放たれた一言が、張り詰めた空気を揺らす。次の瞬間―――、


シュバンッ!


 空中に十数本の血の槍が生成されており、一斉にゼロに向かって射出された。まるで雨霰のように降り注ぐ深紅の刃。床や壁に突き刺さるたびに鈍い衝撃音が連鎖し、埃と木屑が舞い上がる。


「……っ!」


 ゼロは反射的に身を低くし、短剣で一番大きな槍を弾き飛ばす。鋼が血肉を切り裂く独特の音が響く。しかし続く第二波、第三波が休む間もなく追いかけてくる。


キン!キン!キン!


 剣先が槍の軌道をわずかに逸らし、かすめる刃が外套を裂く。左腕の負傷箇所が疼き、動きが僅かに鈍る。血の槍は速度こそ遅いものの数が多く、ゼロが気づいたころには全方位から飽和攻撃を浴びせていた。ゼロは次第に防戦一方となり、前進どころか後退すら困難になっていった。


(……思った以上に厄介だな)


 額に浮かぶ汗を拭う余裕もなく、ゼロは思考を巡らせる。血の槍は個々の威力もさることながら連携することで攻撃を受け流し、距離を詰めることすら許さない。加えてヴァル自身も少しずつ後ろへと下がり優位な位置に立ち牽制している。

 そんな膠着状態の中―――ヴァルが静かに口を開いた。


「ずっと不思議だったんだ」


 唐突に紡がれた言葉に、ゼロは眉をひそめる。


「何が?」


 血の槍を短剣で弾きながら、警戒を怠らずに聞き返す。


「なぜ、負傷した左の腕を使い続ける?いや、それ以前になぜ利き手を使わない」


 ゼロはこの問いに対して言葉を発しず、血の槍を弾き続ける。それでもヴァルは言葉を続ける。


「ジークとお前が戦っている映像を見ていた。あの時に取った構え、あれは明らかに右が利き手の奴の構え方だった」


 ゼロは僅かに目を細める。無数の血の槍が壁や床に突き刺さり、霧散し、形成され放たれる。鈍い衝撃音が連鎖する。埃と木屑が舞い上がり、視界を曇らせる中、ヴァルの声だけがやけに鮮明に響く。


「それだけじゃない。ここまでの戦いの中でお前は一度も俺に対して魔法を行使しなかった。魔法を行使するのはいつだって致命的な攻撃を防ぐ時だけだった。いくらでも俺に触れる隙があったにも関わらずだ」


 ヴァルは一旦言葉を切り、その瞳を深く濁らせる。


「お前、手加減してるだろ」


 言葉と共に全方向からゼロの動きを完全に拘束するように放たれ、そのうちの数本がゼロの腕や足を貫き、身体を廊下に固定させた。それはまさに血の檻に囚われた罪人であった。


(……しまった⁉)


 全身を貫いた血の槍から魔力が流れ込み、全身を縫い付けられる。自由を奪われた身体はもはや抵抗の術を持たず、ゼロはただ荒い息を吐きながらヴァルを見上げるしかなかった。滴る血が床に染みを作る音だけが虚しく響く。


「強者故の慢心か、それとも弱者に対する慈悲か。いずれにせよ、俺を侮ったことがお前の敗因だ」


 ヴァルはゆっくりとゼロへと歩み寄り、彼の胸へと手を伸ばす。


(……そうか、君にもこんなに頼もしい仲間ができたんだねギル)


 ゼロの口元に微かな笑みが浮かぶ。絶望的な状況下でなお余裕を失わない姿は、むしろヴァルの心に一抹の不安を植え付けたが、静かに告げる。


「さらばだ、過去の亡霊」


 ヴァルはゼロの胸に手を当て、魔法を行使しようとした。だが、その時、とある違和感に気づいた。


(心臓が……動いていない⁉)


 次の瞬間──、


ゾワッ


 ヴァルの背筋を凍らせる悪寒が走った。それは単なる寒気ではない。魂の芯までを蝕むような根源的な恐怖。


(な……なんだこの殺意は……!?)


 ゼロの歪な魔力が空間を圧し潰すかのように膨張する。通常では目に見えないはずの魔力が可視化されたかのようにヴァルの周囲の空気を暗くし歪ませる。


「……ッ!」


 ヴァルは咄嗟に手を離そうとした。しかし身体が動かない。まるで自分の身体ではないように。ヴァル自身、多くの修羅場を潜り抜け、多くの殺意や死を経験してきた。それでも目の前の男──いや、怪物の放つ殺意は今まで経験したことのない次元だった。


「【死の威圧(デス・プレッシャー)】」


 ゼロの声は静かだった。だがその一言だけで空間がさらに歪む。

次の瞬間──


パリン!パリン!パリン!


 まるで硝子細工が砕けるような甲高い音が連鎖した。ゼロを釘付けにしていた血の檻が、内側から膨張する漆黒の魔力に耐えきれず砕け散ったのだ。破片は赤黒い粒子となって空中に舞い上がり、儚く霧散していく。拘束を解かれたゼロの身体が僅かに揺れたが、すぐに安定し直立する。


(何だ?この悍ましい魔力は……)


 呼吸するのがやっとだった。ヴァルの視界が揺らぐ。目の前のゼロという存在が、もはや生物の範疇を超えているように感じられた。漆黒のローブと白のマフラーが宙に揺れ、まるで冥府の使者のように佇むその姿は、単なる人間とは思えない。


「まさに、死神・・・・・・」


 ヴァルが喘ぐように呟いた。その声音には畏怖と畏敬が混在していた。恐怖と憧憬が同居する感情に支配され、理性を保つだけで精一杯だった。


「確かに、君の言う通りだよヴァル」


 ゼロは短剣を右手に持ち替えながら静かに語り始めた。その声は先程のものより一段低い響きを持ち、幽鬼のような不気味さを伴っていた。


「僕は別に君を侮っていたわけじゃない。ただ心の何処かでまだ君たちことを敵として認めていなかった」


 ゼロは僅かに顔を上げた。視線の先には遠い過去を見つめるような眼差しがあった。


「かつて僕は、ガレスや他の騎士たちと共に戦い、この国を建国した。一緒に笑い合い、愚痴を零し、未来を語り合った。だからこそ、君たち聖騎士を脅威として認識できなかった」


 ゼロは右手に持ち替えた短剣を軽く握り直した。漆黒のローブが風もないのに揺れ、その目が細められる。彼の脳裏に先ほど耳にした言葉が蘇る。


『あんたが消えてから随分と変わったよ、この国も……俺たちも』


 トラキアからギルドへと向う機関車で会ったキースの言葉をゼロは不意に思い出す。あの時のキースの顔には哀愁と後悔の色が浮かんでいた。あの戦い以来、彼らの人生も大きく変わってしまったのだろう。友であったガレスも、共に戦った騎士たちも、そしてこの目の前の男も。


(あの時、僕が逃げなければ、運命はまた変わっていたのだろうか?)


 だが目の前のヴァルは違う。聖騎士として組織に属しながらも、自らの信念に基づいて行動する騎士だ。託された役割を果たすべく最善を尽くしている。そんな彼を認めることは容易ではない。


「君を敵として認めよう」


 ゼロの宣言が鋭く響いた。先ほどまでの柔らかい口調とは異なる、鋭利な刃物のような声だった。彼の瞳がさらに赤黒く光り、空間を支配する歪な魔力がさらに増幅する。


「さぁ、決着をつけよう」


 ゼロの宣言が鋭く響いた直後、ヴァルは即座に動いた。先ほどよりも多くの血の槍を生成し、次々と放つ。だが驚くべきことに、ゼロは一切の防御姿勢を取らなかった。それどころか、ゆっくりと一歩ずつヴァルに近づいてくる。

 血の槍がゼロに届く直前——全てが霧散した。赤黒い魔力の奔流がゼロの周囲に渦巻き、触れた途端に血の槍を無力化する。まるで見えない壁に阻まれたかのように。


「一体次はどんな魔法を使ったんだ?」


 ヴァルは信じられない表情で問いかけた。それに対しゼロは歩みを止めず、静かに答える。


「これは魔法じゃない。ただ僕は無尽蔵に内部の固有魔力を放っているだけに過ぎない。こんなもの魔法とは言わない。けれどこれだけで君の攻撃はもう僕には届かない」


 ヴァルはゼロの言葉に息を呑んだ。無尽蔵に放出される固有魔力。それは魔法とは呼ばないと言った。つまり目の前の男は——己の常識すら超越した存在であると言っているようなものであった。


(これが……これが本来の【死神】の力……!)


 驚愕がヴァルの脳裏を走る。自分の攻撃はすでに通用しない。あの魔力の奔流に触れればたちまち無力化される。


(だが——それでも!)


 ヴァルは足を踏み出した。血の剣を再び形成し、渾身の力を込めてゼロへと駆け出す。もはや敵わぬと悟っていても、彼には引けぬ理由があった。この場所を預かり、法の執行者としての責任がある。そして何より——かつて憧れた男の面影をこの目で確かめる必要が彼にはあった。


「まだ終わってないぞ!ゼロ・グリムロード!」


 叫びと共にヴァルは血の剣を振り上げた。しかしゼロは冷静に短剣を掲げる。その瞬間——


「これは死の一撃。生を否定し、在り方を否定し、希望を否定する───」


 ゼロの声が静かに響く。彼の周囲に漂っていた漆黒の魔力が、まるで意思を持つかのように短剣の刃へと収束していく。刃は次第に黒く染まり、ついには光すら飲み込む深淵のように染め上げる。


「【死の断絶】」


 詠唱と同時に短剣が振り下ろされた。その一撃に音はなく、ただ空間ごと裂けるようにヴァルの胴体は肩から斜め下へと通過する異質な魔力の感覚だけが伝わった。


「な……」


 ようやく思考が追い付き、ヴァルは驚愕する。一切の力が体に入らない。魔法も行使できない。ただただ純粋なまでに【断たれた】という現実に。


 同時に——

ガシャアアアンッ!


 監獄の建物全体が歪み始めた。石壁は裂け目を走らせ、天井は崩れ落ち、廊下は中央から左右に割れていく。


そして——、


ゴオオオオッ!


 黒雲に覆われていた空までもが一刀両断された。暗黒の帳が左右に引き裂かれ、その裂け目から眩い光が差し込む。雷鳴のような轟音と共に雲は粉々になり、青空が顔を覗かせた。まるで世界そのものがゼロの一撃によって断絶されたようだった。

 ヴァルの意識は急速に薄れていく。しかしその目には最期までゼロの姿が映っていた。漆黒のローブと白いマフラーが風に靡き、太陽に照らされる彼の姿は———確かに自分が憧れた男の面影を帯びていた。


(やはり……お前は……)


 最後の思考と共にヴァルの意識は完全に闇へと沈んだ。



結構更新が止まっていましたが、これに第6章の完結になります。そして第7章も気長にお待ちしていただけると幸いです。

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