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グリム・ライト  作者: 紅零亜種
第6章 監獄脱出作戦
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魔銃

 崩れかけた独房の中で、張り詰めた空気が漂っていた。壁には無数の刃物で抉られたような深い亀裂が走り、床には焦げ跡や抉られた穴が幾つも開いている。天井からは建材の一部が剥がれ落ち、粉塵が舞い散っており、まるで嵐が通り過ぎた後のような惨状であった。

 その中心に立つマリアの姿は痛々しかった。潜入時に着用していたローブは所々が裂け、露出した肌には無数の擦過傷や痣が浮かんでいる。肩で息をするその表情は憔悴しており、額から滴る汗が頬を伝って顎から落ちていく。それでも彼女は眼前の敵から視線を逸らすことはなかった。

 一方でダリオンはといえば、まったくの無傷だった。派手な装飾の施された黒い制服に汚れ一つなく、その端正な赤い坊主頭は汗の一粒も浮かべていない。彼は悠然と片手をポケットに入れ、もう片方の指先で銀色のコインを弄んでいた。そして不意にコインを指で弾くと、放物線を描いて宙を舞ったそれが彼の掌に収まった。そのタイミングでダリオンの口元が吊り上がる。


「ここまで俺の魔法に付き合えたのはお前が初めてだ」


 ダリオンはそう言いながら再びコインを指先で回し始めた。その表情には余裕と興奮が入り混じっている。彼の背後には、依然としてルーレットダイスを手にしたピエロの化身、ダリオンの固有魔力【フェルカ・ロトリア】生み出された【ジャッジマン】が佇んでいた。白塗りの仮面に赤い涙の隈取りが施された顔は不気味な笑みを浮かべ、その存在感だけで周囲の圧迫感を高めている。


「……」


 マリアは何も言わずに息を整える。


「っけ、だんまりか。なぁ、俺はよぉ、ぶっちゃけ苛ついてんだよ。せっかくコロシアムを開催するために目ぼしい罪人集めて、各所に許可なり何だりの根回してよぉ。やっとのことギャンブルとして成り立ち始めたってのに、テメェらが侵入してきて全部パーになっちまった。ウケるよなぁ」


 ダリオンは愉快そうに笑いながら話を続ける。


「でもよぉ、正直なところ、こんな状況で興奮している俺がいるのもまた事実なんだがな」


 彼は挑発的な視線をマリアに向け、その双眸には狂気じみた喜びが宿っていた。


「なんたって相手はかつての聖騎士団と肩を並べるほどの魔導士ギルド。そんな奴らが突然俺たち聖騎士団に喧嘩を吹っかけてきやがったんだぜ。正直に言えばどちらが勝ってもおかしくないこの状況に興奮しねぇ賭博師なんかいねぇよな」


 その言葉にマリアは反応を見せない。けれどもダリオンは言葉を続ける。


「賭博師にとって、最高の舞台は常に危険と共にある。命を懸けたゲームほど甘美なものはない。今ここにあるのは単なる戦闘じゃない。生き残るか死ぬかの瀬戸際だ。それが堪らなく楽しいんだよ」


 ダリオンは語尾を強めながらコインを握り締める。


「なぁお前もそう思わねぇか魔導士」


 ダリオンは静かに、だが熱の籠った眼差しをマリアに向けた。


「……はぁ、無駄話は終わりましたか?」


 マリアは呆れたように溜息をついた。その声音には疲労と諦めが混じっているものの、瞳の奥にはまだ諦めきれない意志の光が残っていた。


「何だよ、面白くねぇな。」

「生憎、戦いを楽しむ趣味は私にはないので」

「そうかよ。それじゃそろそろお前との遊戯もこれで最後にするか」


 ダリオンは新たに7枚のコインを魔力で生み出し、指の間に挟んだ。その瞬間——、


 カシャン!


 後方のジャッジマンが掲げる巨大なルーレットが独りでに回転を始めた。縁が光沢を帯び、内部のカラフルなマス目が目にも留まらぬ速さで渦巻く。


「次はいよいよ7枚だ。威力は……言わなくてもわかるよな⁉」


 ダリオンがコインを真上へ舞い上げ、ニヤリと笑ったその刹那———、


 バリッバリッ!!


 鮮烈な青い閃光が部屋中を駆け抜けた。光は蜘蛛の巣状に壁を這い、床板を伝い、天井へと伸びて消える。あまりの眩しさにマリアは思わず瞼を細めた。ダリオンも動きを止め、訝しげに辺りを見回す。


「……なんだ今のは?」


 だが既に時遅し。宙を舞う7枚のコインは物理法則に従い下降を始めている。ダリオンは一瞬の逡巡の後、「チッ」と舌打ちし再びゲーム続行を選ぶ。


「まぁいい。裏4枚 表3枚だ‼」


 ダリオンは力強く宣告するのに対しマリアはただ俯き肩で呼吸をしているばかりだ。


(……なぜ答えない?諦めたか?)


 内心の疑問を感じつつも落下するコインを注目するダリオン。一方ルーレットの勢いが次第に衰え、赤色のゾーンで完全に停止した。それを見届けたジャッジマンの体が膨張し始める。


 ボコッ ボコボコッ!!


 背中の布地が裂け 新たに2本の腕が生え出す。計4本になった剛腕それぞれに巨大な火球が発生し始めた。直径1メートルを超える焔塊は不気味な唸りを上げながら徐々に収縮してゆく。


「テメェ、ここまで来て勝負放棄かよ!?」


 ダリオンが叫んだその時——、マリアから感じたことのない殺意を感じた。


 チャリン、チャリン……。


 空中で回転していた7枚のコインが順番に床へ着地した。


 結果は裏4枚 表3枚。


「……ガッカリだ」


 ダリオンは失望の表情を浮かべる。ジャッジマンが4本の剛腕を前方に突き出す。それぞれの掌で燃え盛る火球が渦を巻きながら互いに引き合いはじめる。赤い炎の触手が絡みつき、溶け合うように融合していく。その過程で爆発的な熱量が室内を支配し、空気が焦げ付く臭いが鼻腔を刺激する。


「あばよ魔導士!」


 ダリオンが吠えると同時に、完全に一体化した巨大火球が唸りを上げて射出された。灼熱のエネルギー塊は一直線にマリアの胸元を目指し加速する。まるで太陽の欠片が地上に墜ちてくるかのような威力であった。


 ゴオオオオッ!!


 灼熱の炎が目前に迫る瞬間———、


 パンッ!!


 乾いた破裂音が空間を切り裂いた。それと同時、巨大火球が忽然と消失したのだ。


「は?」


 ダリオンの目が見開かれる。確かに命中コースだったはずなのに火の粉ひとつ残らず消滅している。視線を巡らせると、マリアの右手に奇妙な物体が握られていた。金属製の細長い筒状の武器、銃だ。


「あら、魔銃を見るのは初めてかしら?」


 マリアは軽く首を傾げて微笑む。気づけば彼女の服装も傷だらけのローブから、黒の軍服へと変わっていた。


(どういうことだ?いつの間に……)


 ダリオンが思考を巡らせる間にも事態は動いていた。マリアは魔銃を真上に向け、数発の弾丸を放つ。弾丸は天井を跳弾し、部屋の中を縦横無尽に飛び回る。そして、魔銃をダリオンに向け、一呼吸の内に5発の弾丸を撃ち込む。


「そんなの当たるかよ‼」


 ダリオンはそう言いうとジャッジマンがダリオンを守るようにその腕を弾丸へと伸ばす。しかし──、


「【テレポート】」


 マリアがそう唱えると弾丸は目の前から消えた。そして気づけば四方から弾丸がダリオンへと降り注いでいた。


 ピュンピュンピュン!!


 何発かの弾丸は、ジャッジマンの自動防御で防ぐことができたが、一発の弾丸が、ダリオンの太ももを貫いた。ダリオンは膝を付きその場にしゃがみこむ。


「はははは‼いいねぇ!こうでなくっちゃなぁ‼」


 ダリオンは痛みを快楽に変えながら笑う。その目は充血し、恍惚としている。


「そういや、今のテメェの姿を見てたら昔聞いた話を思い出したぜ」


 ダリオンは太腿の出血を抑えながら息を荒げて語り出す。興奮で顔は紅潮し、額に浮かぶ脂汗が頬を伝って落ちていく。


「帝国の今の躍進の一端を作った一人。そいつは魔銃を使い敵を多く葬ってきたが、誰も姿を捉えることができなかった。ただそいつが持っていた銃が漆黒であったということだけが噂として広がった。そこからつけられた二つ名が【ブラック・バレッド】。恐らくテメェがそうなのだろうよ」


 ダリオンは息を整えながら嗤う。


「あら、意外と物知りなのね」


 マリアは銃を下ろすことなく応じる。その表情は読めない。彼女の紫色の瞳は獲物を値踏みする捕食者のように細められている。


「ますます気に入ったぜ!最後まで俺と踊ってくれるよなぁ‼?」


 ダリオンは新たなコインを魔力で編み上げていく。七枚のコインを握りしめ、次のゲームを始めようとした。


「さて、次はどう俺を熱くしてくれる……!?」


 しかし、その言葉が喉元まで出かかった瞬間―――


 シュッ!


 空気を裂く音だけが耳朶を打った。マリアの姿が視界から消えている。ジャッジマンの巨躯すら微動だにできぬ速度で、彼女はダリオンの眼前に立っていた。


「───な⁉いつの間に⁉」


 気づいた時には遅すぎる。マリアの白く細い指がダリオンの胸板にそっと触れていた。冷たい感触が皮膚を通して心臓へ伝わる。


「普段だったらもう少し遊んであげるけど……」


 マリアの声は涼やかに鼓膜を撫でる。まるで子猫を宥める母親のような優しささえ感じるが、そこに宿る殺意は針のように鋭い。


「時間がないからこれでお終い」


 バチンッ!!


 空間が弾けるような音がした。次の瞬間、二人は青空に浮かんでいた。眼下には広大な湖が鏡のように雲を映し出している。冷たい風が頬を叩き、高度数百メートルからの景色が目に飛び込んでくる。


「……いつのまに⁉」


 ダリオンは愕然と空を仰ぐ。重力が背中に押し寄せていることを理解する暇もなく――


 ポンッ


 マリアの指先がダリオンの胸板を優しく押した。体重が消える錯覚。次いで訪れる無重力感。


 ザアアアッ!


 湖面に向かって真っ逆さまに落ちていく。水面は急速に迫り来る中でダリオンは思考を続ける。


(あのスピード、明らかに転移だった。だがあれほど正確に近づくにはマーキングが必要のはずだ。いつだ?いつマーキングをつけやがった)


 その時、太ももに痛みが走る。


(あの時か⁉)


 落下しながら思い出す。先程の一発の弾丸。あれは直接的な攻撃ではなく罠だったのだ。


「気づいた。私の魔銃は、自分の固有魔力を魔力弾して打てる特別性なの」


 遥か頭上でマリアの声が降ってきた。彼女もまた落下しながら銃口をダリオンに向ける。


「いいね‼いいね‼ここまで来たらとことんやろうぜ‼来い、ジャッジマン‼」


 ダリオンは落下しながらジャッジマンを呼び出す。ジャッジマンの手にある巨大なダイスが高速回転を始めた。湖面に叩きつけられるまでの猶予は数秒。それで十分だと言わんばかりにダリオンは勝負を仕掛けようとした。しかし、


「私、気づいたんですよね。貴方のその【ジャッジマン】の弱点」

「なにぃ?」


 マリアは微笑みながら、銃口をジャッジマンへと向ける。


「確かにジャッジマンの自動防御は厄介だけど、あくまでも攻撃意思のある攻撃のみ。さっきの攻撃みたいにランダムで放たれる攻撃には対応できない。そうでしょ?」


 マリアの指摘にダリオンの顔が強張る。


「ご明察。だが、ここは跳弾できる壁もねぇ!そんな状況で俺にどうやって攻撃を当てる魔導士⁉」

「ええ、それじゃあ私の攻撃じゃなければどうなるのかしら」


 マリアは冷ややかな笑みを浮かべると、魔銃の銃口をダリオンに向けて引き金を引いた。乾いた銃声が空気を切り裂く。ダリオンは落下しながらもジャッジマンを前面に展開させた。


「無駄だ!どんな攻撃も──」


 次の瞬間、彼の言葉は断ち切られた。


「【テレポート】」


 マリアの澄んだ声が虚空に響く。突如、虚空に巨大な赤い影が出現した。それは先ほどマリア自身が消し去ったはずの火球だった。巨大な灼熱の塊が、何の前触れもなく二人の眼前に現れたのだ。


「マジか……⁉」


 ダリオンの目が見開かれる。火球は消滅したはずだ。それが今、目の前に出現した。しかも自分に向かって。


「あの時、火球を消したんじゃないわ。別の場所に『転送』しただけよ」


 マリアの説明は遅れて耳に届く。ジャッジマンが自動反応し巨腕を盾にするが、それは焼け石に水だった。


「それじゃあ、ごきげんよう。愉快な看守さん」


 火球は爆発的な光を放ちながら急激に収縮し、直径一メートル超の大質量を一点に凝縮させる。そして──、


ドオオオオオン!!


 衝撃波と共に、膨大な熱エネルギーが炸裂した。落下するダリオンとジャッジマンを容赦なく飲み込む。金属が融解する匂いと肉が焦げる不快な臭気が立ち上る。


「ぐぅああああっ‼」


 苦悶の叫びを上げる間もなく、ダリオンの意識は炎に焼かれていった。ジャッジマンの身体は瞬時に炭化し粉々に砕け散る。その破片すら熱で溶けて空中に蒸発していく。

 湖面に激しい水蒸気が立ち込めた。水面が一瞬で沸騰し大量の水が蒸気へと変わる。通常ならば湖底に沈むはずの衝撃波は、逆に膨大な熱量によって水を弾き飛ばし真空の空間を生み出した。

 その中心でダリオンは仰向けに浮かんでいた。焼け爛れた衣服はほとんど原型を留めていない。両足は骨折しているようで不自然な方向に曲がっている。


「あの女、わざわざ俺が死なねぇようにわざわざ湖に飛ばしやがったな……」


 誰もいない青空を仰ぎながら彼は苦笑する。どうやら爆発に巻き込まれてから、しばらく経った後らしく、マリアの姿はなかった。


「にしてもいい女だったな……」


 意識が朦朧とする中、ダリオンはゆっくりと瞼を閉じた。


「次は、ちゃんと茶でも用意するか……」


いよいよ6章もクライマックスに近づいてきました。この調子で頑張りたい。

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