貿易都市トラキア
翌朝、ゼロとゼーラは、グリム・ライトのギルドハウスがあった【ライネス】に向かうべく、ライネス行きの機関車が出る【トラキア】に訪れることになった。
「ここが、貿易都市トラキア…。」
トラキアは、アヴァール国の最南端に位置する海と面した都市で、この都市を港として多くの交易船が行き交う交易都市となっており、貿易で入手した品々を各地に送るための交通網が多く整備されている。経済的にも重要なこの都市であるが、他の街や都市と比べて珍しく、聖騎士団の干渉がほとんどなく、自衛で武装を許可されている。ある意味では治外法権な部分もある。
そういった背景もあってか、トラキアは他の町に比べても活気があった。様々な商品を取り扱う出店や屋台、商人たちの売り込みの声掛け、価格交渉、慌ただしく走る積荷を乗せた馬車、ゼーラはその光景に圧倒されていた。
「そういえばゼーラはトラキアは初めてなのかい?」
「はい。サヤ姫に仕えてからは王都にいたので、トラキアに来る機会がなくて……」
「そうか。それじゃあ機関車の駅に行く前に、少しトラキアの街を見て回ろうか」
「いいのですか?」
「ああ。僕も久しぶりにこの街に来たからね。それに機関車が来る前に色々と情報を集めたい」
ゼロはそう言って歩き出した。ゼーラは彼の後ろをついていく。
二人はまず市場を散策することにした。市場は様々な品物で溢れかえっていた。鮮やかな色とりどりの果物や野菜、香辛料の香りが漂う調味料売り場、絹や綿の布地が並ぶ織物店、珍しい陶器や骨董品を扱う店など、見るものすべてが新鮮だった。
ゼーラは目を輝かせながら周囲を見回していた。
「わぁ、すごいですね!こんなにたくさんのものが売られているなんて……」
「トラキアは貿易都市だからね。他国からの珍しい品物もたくさん入ってくるんだ」
二人は市場を通り抜け、広場に到着した。大きな広場には多くの人々が行き交い、活気に満ちていた。広場の端には大きな時計塔があり、その下には様々な情報が掲示されている掲示板があった。
「情報収集にはぴったりの場所だね」
ゼロは掲示板に近づき、貼り出されている情報を一つ一つ確認し始めた。ゼーラも横から覗き込む。
「あっ!これって……」
ゼーラが指さしたのは、王国からの指名手配書だった。そこには二人の顔が描かれており、『罪人ゼーラと共犯者』と書かれていた。
「やっぱり僕たちも指名手配されているみたいだね」
ゼロは冷静に言った。
「どうしよう……。これじゃあこの街も安全じゃないかも……」
ゼーラは不安そうな表情を浮かべた。
「心配ないよ。この街は王国の干渉が少ないから、指名手配者でも簡単には見つからないはずだ。それに……」
ゼロは少し得意げな表情で続けた。
「ジャジャ~ン、認識誤認メガネ~」
ゼロは得意げに黒縁の眼鏡を取り出した。フレームには細かい魔法文字が刻まれている。
「これはギルドメンバーの一人が自分の魔法を活用して作ったんだ。これをかけると周囲の人間は僕たちを認識できなくなる。つまり、指名手配の心配はなくなるってわけさ」
ゼロは自分の分とゼーラの分を取り出し、彼女に手渡した。
「本当に効くの?」
ゼーラは半信半疑でメガネをかけた。
「試してみよう」
ゼロもメガネをかけた。
二人は人混みの中へと歩き出した。周囲の人々は彼らを見ているはずなのに、誰も二人に反応しない。すれ違う人々はまるで空気のように彼らを通り過ぎていく。
「すごい……本当に誰も気づいてない」
ゼーラは驚きの声を上げた。
「だろう?でも注意して。このメガネの効果は完璧じゃない。魔法に敏感な人や強い魔力を持つ人には効かない可能性がある。それに……」
ゼロが言葉を切った瞬間、背後から声がした。
「おや?お前さんたち、見慣れない顔だな」
振り返ると、そこには白い髭を蓄えた中腰の老人が立っていた。老人は鋭い目で二人を見つめている。
ゼロは一瞬緊張したが、すぐに表情を和らげた。
「ああ、この街に来たばかりなんだ。情報収集をしているところさ」
老人は興味深そうに二人を見つめ続けた。
「ふむ……何かを探しているのかね?」
「まあね。古いギルドの情報とか……」
その言葉を聞いて老人は少し険しい顔をする。
「グリム・ライトのことか?」
老人は低い声で尋ねた。
ゼロとゼーラは一瞬目を見合わせた。老人の鋭い眼光が二人を射抜く。
「どうして知っているんですか?」
ゼロは冷静を装いながら尋ねた。すると老人は鼻を鳴らし、
「ギルドと聞いてグリム・ライトのことを思い浮かべないやつはこの国にはおらんよ。それに……」
老人はゼロのメガネを指差した。
「そもそもそのメガネ、魔道具じゃろ、市場にも出回っていないもの」
「気づいていたんですね」
「あたりまえじゃ。まぁ、わしには興味はないことじゃがな。」
そう言うと老人は、掲示板を見ながら話す。
「わしも本来であれば、この街の客人として色々もてなすのが礼儀じゃろうが、生憎時期が悪いのう」
「時期が悪い?」
ゼロがそう聞き返すと老人は静かに答えた。
「今港の宿屋に【蒼の団】の聖騎士たちが東の国の遠征から帰ってきてばかりでな。奴らはもうすぐ行われる【会議】に招集されたらしい。そういえば、今朝方、聞き込みのようなこともしておったな。」
老人は声を低くして言った。
ゼロとゼーラは顔を見合わせた。彼らが街にいるとなると、二人の正体がバレる危険性が高まる。
「【蒼の団】の団長は誰です?」
ゼロが尋ねた。
「キース・ラストという男じゃ。4人おる聖騎士団長の中でも最も好戦的な男と言われておる。」
老人は少し間を置いて続けた。
「お前さんたちも気をつけた方がいい。特に黒髪に白いマフラーをした男は目立つからのう。早めにこの街を出たほうがいいじゃろう。」
ゼロは黙って頷いた。彼の特徴的な外見は確かに目立つ。
「情報をありがとうございます。助かりました」
ゼロは礼を言った。それを見て老人は頷くと、立ち去ろうとしたが、突然振り返った。
「そうじゃ、最後に一つ」
老人は真剣な表情で言った。
「お前さんたちが探しているグリム・ライトのことじゃが……彼らの元メンバーなら、ライネスにおるぞ」
「え?」と、ゼロとゼーラは驚いた表情を浮かべた。
「わしから言えるのはこれだけじゃ、それより早く駅に行った方がいい。」
老人はそう言うと、二人に背を向けて去っていった。
「ライネスにメンバーがいるのか……」
ゼロは呟くと、「どうしますか?」と、ゼーラが尋ねた。
「まずは駅に向かおう。この情報は重要だ。でも念のため、機関車の中で作戦を立てよう」
二人は老人の忠告に従い、急いで駅へと向かった。
「あの人も変わらんのう……」
老人は物陰から二人の後ろ姿を見送りながら呟いた。白い髭を撫でながら、遠い目をする。
「マスター・ゼロ・グリムロード……5年ぶりだね。僕たちは貴方の帰ってくるのを待ってたんだから。」
老人はまるで霧のように姿が霞んでいき、黒のロングコートが特徴的な青年に姿を変えていた。
「さて、皆にはどう報告しようかな」
そう呟く青年の目線は、ゼロではなく、隣にいるゼーラへと向けられていた。
更新ペースが速いかもしれませんが、休みなのでと言い訳をしておく




