成約
「さっさと乗り込め人間の屑どもが!」
騎士の男は怒号を飛ばし、馬車に次々と乗せていく。
「これで全員だな」
「はい」
「よし、出発だ!」
騎士たちは馬車に乗り込み、出発した。
「ふぅ~、とりあえず第一段階はクリアかな?」
自分にかけられた手錠を見ながらゼロは呟いた。
「それにしても、サファイアもあんな無茶苦茶な作戦をよく思いつくよね」
ゼロはサファイアが立案した作戦内容を思い返しながら呟いた。
話は、連行される数時間前に遡る────
「悪いが兄上、捕まってきてくれ♡」
サファイアはゼロに小悪魔のような笑みを浮かべて言った。
「……え?」
ゼロは思わず聞き返した。
「だから、兄上には聖騎士団に捕まってほしいんだ」
サファイアは当然のように言った。
「えっと……なぜ?」
ゼロは困惑した表情で尋ねた。
「それはね、兄上にジークを迎えに行ってほしいからさ」
サファイアは真剣な表情で説明を始めた。
「まず、ジークが今監禁されている場所は【クロス】っていう大監獄で、この国の凶悪犯が収容されている場所えであり、もう一つの顔を有している。それは、【コロシアム】だよ」
サファイアは地図に記された監獄を指差した。
「コロシアム?」
ゼーラは首を傾げた。
「そう、【コロシアム】。ここでは、囚人たちが互いに殺し合い、観客たちはその様子を見て誰が勝つのかお金を賭けたりしているんだ」
「そんな……」
ゼーラは驚いた表情を見せた。
「まぁ、これは公然の秘密ってやつだね。大っぴらには公表されていないけど、この国の貴族や他国のお偉いさんたちの間では有名な娯楽だよ」
サファイアは肩をすくめた。
「それで、ここからが話の本題。本来であればジークは施設の地下深くに厳重に収容されている。まぁ少なからず正面突破で解放できるほど監獄のセキュリティもやわじゃない。だが、月に一度の【コロシアム】の開催日。その時に、外部から多くの来賓が訪れることになる。その影響で内部のセキュリティは普段より薄くなるんだ」
サファイアは地図を指でなぞりながら説明を続けた。
「それじゃあ、僕も来賓に紛れて潜入すればいいんじゃないか?」
ゼロは提案した。
「そういう単純な話でもないんだよこれがね。兄上、昨日私が成約を結んだって話をしたことを憶えているかい?」
サファイアはゼロに尋ねた。
「ああ、憶えているよ。そうなると簡単な話じゃないかもな……」
ゼロは理解したように頷いた。
「あの~、質問いいですか?」
ゼーラが手を上げた。
「なんだい?」
サファイアはゼーラに視線を向けた。
「その、成約というのは何ですか?」
ゼーラは尋ねた。
「ゼーラはそんなことも若いのです?」
ゼーラの膝の上に座っていたポチが少し不思議そうに尋ねた。
「えっと……ポチさんは知っているの?」
ゼーラは少し恥ずかしそうに尋ねた。
「もちろんなのです。なんかとてもすごい約束のことなのです」
ポチは得意げに尻尾を振りながら説明した。その様子を見てサファイアは少し呆れた表情を見せた。
「あはははは、まぁ概ねあってはいるね」
ミラーは苦笑いを浮かべた。
「いや、ポチ。君は本当にわかっているのかい?」
サファイアは少し疑いの目を向けた。
「サファイア様。ポチはちゃんとわかっているのです。だからちゃんと教えてあげるのです」
ポチはサファイアに説明を始めようとしたが、ミラーはそれを制止した。
「あ~、ごめんポチちゃん。その説明はボクがするから大丈夫だよ」
ミラーはサファイアに視線を向けた。
「サファイア、いいかな?」
「ああ、頼むよ」
サファイアは了承した。
「それじゃあ、説明するね。まず、成約というのは簡単に言うと魔導士や魔術師の使う契約。それも強制力の高い契約だね」
ミラーは説明を始めた。
「普通の契約とは何が違うんですか?」
ゼーラは尋ねた。
「う~ん、そうだね。最たる違いとしては契約時に魔力を使うかどうかってことかな。魔力を使って結ぶ契約は普通の契約とは違って強制力を持つ契約になる。そして、契約を破った者には罰則が与えられる。まあ、罰則って一言で言っても内容はランダムだし、前もって罰則を決めておく成約もあるかな」
「なるほど……」
ゼーラは納得したように頷いた。
「こんなところでいいかなサブマスター?」
ミラーはサファイアに視線を向けた。
「ああ、十分だよ」
サファイアは頷いた。
「さて、話は戻るが、5年前私と聖堂協会、そして聖騎士団の間で成約を結んだ。内容は互いの活動に対する不干渉と我々グリム・ライトの活動停止。そして、ジークの身柄の譲渡だ」
サファイアは成約の内容を説明した。
「前2つに関しては、兄上がゼーラを助けて依頼を受けた時点で既に破棄された。その証拠に私の固有魔力は制限されて発動できない。まあ、不幸中の幸いだろうこれだけで済んだのならね」
「そんな…、私のせいで……」
ゼーラは申し訳なさそうに俯いた。
「別に君が気にすることじゃないよ。まぁ、それはそうと。その最後の項目に関してなんだけど、今現在もまだ成立している。ジークの成約に関しては特殊でね。簡単に言えば、ジークの行動すべてが向こう側に強制管理されている状態になっている。仮に我々がこのまま迎えに行った場合、この成約に干渉することになって何かしらの罰則が掛けられることになるだろうね」
サファイアは説明を続けた。
「ん?そうなると向こうがジークを管理しているってことは、僕たちと敵対させることもできるんじゃないか?なぜ向こうはそれをしないんだ?」
ゼロは疑問を呈した。
「簡単な話さ。成約を結ぶ時に条件を付けたのさ。『ジーク・フリートがグリム・ライトの関係者に危害を加えた場合、ジーク・フリートに科されている縛りをすべて解除する』とね」
サファイアは得意げに説明した。
「なるほど……」
ゼロは納得したように頷いた。
「それじゃあ、今回の作戦の目的はその成約の解除ってことになるのかな?」
ゼロは尋ねた。
「その通りだよ兄上。普通に接触するのは困難。無理やりジークを奪うようなことをすれば罰則が科せられる可能性がある。だが──」
「コロシアムに参加してジークさんと戦闘になれば、向こうの指示でコロシアムに参加させられているジークさんが私たちに危害を加えた形になって成約が解除される」
ゼーラは、作戦の内容を思い返しながら呟いた。
「つまり、僕にジークから一発殴られて来いってことかい……」
「この五年間、我々が無事にいられたのはジークの存在が大きい。彼も兄上に対して思うことは多いだろう。一発くらい殴られてもいいと私は思うよ♡」
サファイアはゼロの目を見据えながら言った。
「分かったよ。ジークに殴られることは甘んじて受け入れるよ」
ゼロはそう言いながらため息をつく。
「それじゃあ、よろしく頼むよ兄上」
サファイアはゼロに微笑みかけた。
「ああ、任せておいて」
ゼロは力強く頷いた。
「さて、それじゃあジークの件は兄上に任せるとして、他の皆の作戦を説明しようか」
サファイアは話を切り替えた。
「まず、兄上にはまず監獄に囚人として潜入してもらい、コロシアムの開催当日に合流する組と敵を揺動する組に分かれて行動してもらう」
サファイアは地図に駒を配置しながら説明を始めた。
「まず、最初に説明するのが敵を揺動する組。この役目を担うのはミラーとマリアだ」
サファイアはミラーとマリアの駒を配置した。
「ミラーとマリアは今回の作戦において要になる。ジークとの合流のあとの脱出もそうだが、君たち二人にはもう一つ重要な役目がある」
サファイアはミラーとマリアに視線を向けた。
「この二人には監獄【クロス】とは別に行動してもらう」
サファイアは地図の別の地点を指差した。
「とある筋の情報からだが、コロシアムの開催日と同日に王都で会議が行われる。そこには各聖騎士団団長、聖堂協会、王子、そしてガレスが一堂に会する予定だ。そこで君たち二人にはこの会議に出席する幹部を抑えてもらう」
サファイアは説明を続けた。
「え?マジで?ボクとマリアだけであのメンツと戦うの?」
ミラーは驚いた表情を見せた。
「あははは、なかなかの無茶ぶりだねサブマスター」
ミラーは苦笑いを浮かべた。
「別に実際に戦う必要はないよ。ただ、向こうの戦力を分散させればいい。それに、君たちならそれができるだろう?」
サファイアは自信満々に言った。
「まぁね、でも、あまり期待しないでね」
ミラーは少し不安そうな表情を見せた。
「それと、それと同時にサヤ姫がどこに捕らえられているか、これは余裕があればでいいがよろしく頼む。詳細な作戦内容はあとで二人で話してくれ」
サファイアはミラーに視線を向けた。
「了解だよサブマスター」
ミラーは了承した。
「よし、次に当日来賓として潜入する組だが、これはまた追って説明しよう」
サファイアは話を進めようとしたが、ゼーラが手を上げた。
「あの~、サファイアさん。ゼロが囚人と潜入するのは分かったのですが、そのまま捕まったらコロシアムに参加するどころか聖騎士たちにその場で殺されちゃうんじゃ……」
ゼーラは心配そうな表情で尋ねた。
「それなら問題ないよ」
サファイアはそう言うと一枚の紙を取り出した。その紙には人相の悪そうな男の似顔絵が描かれてた。
「それはつい先日、聖騎士たち討伐された山賊の生き残りの顔だよ。今回の兄上の潜入は、この男に扮装してもらう」
サファイアはそう言いながらゼロに視線を向けた。
「え?僕がその男に?」
ゼロは驚いた表情を見せた。
「そうだよ。見た目はミラーの魔法でどうにかなるとして、声帯も特に問題はないだろう。後は、名前はジャックとか言いていたかな?まぁ後の細々とした話は兄上が適当にでっち上げてくれればいい」
サファイアは説明を続けた。
「なるほど……」
ゼロは納得したように頷いた。
「さて、作戦の大まかな説明は以上だよ。ウォルグ、他の連中にも伝えておいてくれ」
サファイアは話を締めくくった。
「かしこまりました」
ウォルグは恭しく一礼した。
「さぁ、それじゃあ、皆気張っていこうじゃないか」
サファイアはそう言うと、全員に激励の言葉をかけた。
不意に自分たちを運んでいた馬車が止まる。ゼロは窓から外の様子を伺った。
「ここが監獄【クロス】か……」
ゼロは呟いた。
そこは、岩山に築かれた巨大な建造物だった。建物全体が黒曜石のような素材で覆われており、太陽の光を反射して鈍く輝いていた。その威容は、まるで要塞のようだった。
「降りろ!」
騎士の男は怒号を飛ばし、囚人たちを馬車から降ろした。
「これよりお前たちは、この監獄で罪を償うことになる。せいぜい生き延びることだな」
騎士の男はそう言い残し、立ち去っていった。
「さて、ここからが本番だな」
ゼロはそう呟き、監獄の中へと足を踏み入れた。
ここからほとんどゼロ目線の話が続く…かも?




