食事の後に
食事会が終わり、深夜の静寂がライネスの街を包み込む頃。ギルドの敷地内にある庭園には、月明かりに照らされた薔薇が静かに咲き誇っていた。その中央に置かれた古びたベンチに腰掛け、ミラーは一人夜空を見上げていた。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った庭園で、彼はどこか遠くを見つめている。
「やあミラー君。こんな時間に何をしているんだい?」
不意に背後から声がかかる。振り返ると、黒いローブを纏ったスザクが立っていた。彼の細長い指がローブの袖口を弄びながら、意味深な笑みを浮かべている。
「ああ、センセーか。こんな時間まで部屋に戻らないなんて珍しいこともあるんだね」
ミラーはいつもの軽い口調で答え、ベンチから立ち上がる。しかし彼の視線は庭園の花々に向けられたままだ。
「フフ……少し興が乗ってきてね。今寝るには勿体ないと思ってね」
スザクはゆっくりとミラーに近づきながら言った。月光が彼の色白の顔を浮かび上がらせる。
「興が乗った……?ああ、ゼーラさんのことか。確かに久しぶりにマスターが帰ってきて来たかと思ったらあんな娘を連れてくるなんて誰も想像つかなか───」
「いや、ボクが興味も持ったのは君だよ、ミラー」
ミラーの言葉を遮り、スザクは真っ直ぐに彼を見据えた。その眼差しには普段の飄々とした雰囲気とは異なる鋭さが宿っている。
「へえ、僕?」
ミラーは軽く肩をすくめる。しかしスザクの視線は外れない。
「ああ。君のゼーラ君に対する『目線』に興味を持ったんだ」
「目線……?」
「フフ……そうだよ。君は普段から自分の感情を表には出そうとはしない、その場の雰囲気に合わせと取り繕うように笑顔を作る。別にそれが悪い訳でもないし、不快だからやめろと言っているわけでもない。別に他の連中もそう思っているだろうし、それすらも気にしてないようなお人よしの連中だからね。」
スザクは一拍置いて続ける。
「だが……今日の君は違った。彼女に向けられた君の目線は我々に向けたそれとは明らかに違う『別の何か』だった。それこそ私の知る限りでは見たことのないものだ」
「へえ……」
ミラーは再び軽く笑う。だがその声には微かな緊張が混じっていた。
「君がゼーラ君に何を見ているのか。あるいはゼーラ君が君にとって何を意味するのか。ボクはそれが知りたいんだ」
スザクの言葉は穏やかだが、その中に潜む好奇心は鋭い刃のようだった。月明かりが彼の瞳を妖しく輝かせる。
「なるほどね。センセーの好奇心と洞察眼には感服するよ」
ミラーは静かにスザクに向き直った。その顔は月明かりが雲に隠れたせいかはっきりとは見えない。
「でもねセンセー」
ミラーの声が低く沈む。
「僕にも他人に踏み入れられたくない領域はあるんだ。それも『知る』ためなら何でもやるセンセーにはわからないだろうけどね」
その瞬間、庭園の空気が張り詰めた。ミラーの瞳には冷たい光が宿り、普段の飄々とした態度からは想像もつかない、純粋な殺意に近い感情が彼を包んでいた。
「ほう……」
スザクは微かに笑みを深める。彼の顔に浮かぶのは畏怖ではなく、むしろ期待と興奮に満ちた子供のような笑みだった。
「君はそんな顔もできるか…!?実に興味深い!やはり、今ここでその『何か』教えては……ゲファ!」
スザクの言葉が途中で途切れ、興奮しすぎた彼は再び血を吐いて膝をついた。
「はあ、センセー。本当にその体でよくそんな無茶するね」
ミラーは呆れたようにため息をつく。その表情には先ほどの冷たさはなく、いつもの軽い調子に戻っていた。
「フフ……創作のためならこの命、一つや二つ賭けるのも悪くない……」
スザクは苦しそうに笑いながら呟いた。
「全く……」
ミラーは肩をすくめると、スザクに背を向け歩き出す。
「でもねセンセー」
数歩進んだところで彼は振り返る。
「今は話せないんだ、『約束』を果たすまではね。いつかその時が来たら話すよ。その時まで我慢していてほしいなセンセー」
月明かりが再び庭園を照らし出し、ミラーのシルエットが浮かび上がる。その顔には再び飄々とした笑みが戻っていたが、どこか影を帯びていた。
「フフ……その時を楽しみにしているよ」
スザクは苦しそうに息を整えながらも笑みを浮かべる。
庭園の薔薇が風に揺れ、ミラーはその場から立ち去って行った。
「フフ……、さて私はどうやって戻ろうか……」
スザクは苦しそうに呟いた。
次から第四章を始めます。投稿に間がありますがご容赦ください




