8.告白
――声が出せない?
それに、あの綺麗な声のことは、”まだ”言えない?
ますます謎が深まってしまった。
”まだ”ということは、いつかは言ってくれるということなのだろうか。
ただ、1つだけ。俺と同じ、とは言えないかもしれないが、不自由なことで、どこか共感をおぼえた。
「……わかった。これ以上そのことについては聞かない。でも、最後に1つだけ聞きたい。この花屋は君の下宿先かなにか?」
下宿先、と言ったのは、”神崎”である桜は、”あさひな”であるこの花屋が実家ではないと推測した結果だ。
{そんなところです。住み込みでアルバイトをしているんです}
やはりそうだった。
ということは、先程問い詰めてきた店員は、この家の娘か…?
”この花屋”についてはわかってきたが、この少女のことについては、高校3年生ということ以外、ほとんどわからなかった。
少し落胆していると、桜が新しいメモを渡してきた。
{蓮さんはなぜ、あのようなことをしたのですか? あなたの右目とも関係しているのですか。差支えなければ教えてください}
来た。
あのようなこと、とは、当然自殺未遂のことだ。
さすがに俺の事情について一切話さないまま帰るというわけにもいかないだろう、とは思っていたが。
眼帯をしてある右目については触れてきたが、右腕については気付かなかったらしい。
さんざん質問した後で、何も言いませんとは言いたくはないので、少し深く息を吸って、ゆっくり話し始める。
俺の身に起こった事故のこと、目と右腕の障害のこと、会社を辞めたこと、ネットで非難されたこと、この3か月間のこと全てを桜に話した。
ひきこもってから1か月。ここまで包み隠さず全てをさらけだした相手は初めてだ。
桜はというと、俺が話している間ずっと俺の目を見て、真剣に聞いてくれた。
「……これが、俺に起こった全て。最初君に右腕を掴まれた時は、感覚がなくて、わからなかったんだ」
話し終えた俺は、ふう、と息を吐き、肩の力を抜いた。
一方桜は、また新たなメモを書いているようだった。
たった3か月の出来事で命を放りなげようとした俺をどう思っただろう。
失望しただろうか、こんな男助けなければよかったと思われただろうか。
5つも下の高校生相手に、期待するのもおかしいが、どうかこの少女にだけは見放されたくなかった。
蓮は、おそるおそる渡されたメモに目をやる。
そこには、彼女らしい優しい文字でこう書かれていた。
{蓮を枯らさなくてよかった。生きようとしてくれて、ありがとう}
そのたった1枚の紙きれは、俺の人生の中で最高と言えるほど、暖かいものだった。
闇の中を彷徨っていた俺を、日の当たる場所まで連れていってくれた…そんな気がした。
慰めでもない、同情でもない、この飾らない”感謝”の言葉が、俺の心に深く響いた。
張りつめていた糸がぷつり、と切れたように、俺は泣いた。
――本当はずっと苦しかった。
――本当はずっと誰かに必要とされたかった。
――本当はずっと……
蓮の目から零れ落ちる大粒の涙は、しばらく止まることはなかった。




