7.桜と蓮
外観が綺麗なだけあって、中も整頓されており、桜が”座って”と指示した場所も、掃除が隅まで行き届いた部屋だった。
淡い色のカーテンや壁紙をバックに、白のテーブルが真ん中に添えられている。
その上には、小さなメモが束になっている。
ここは、桜の部屋なのだろうか。
しばらく眺めて待っていると、飲み物を片手に桜が戻ってきた。
「あ、ありがとう」
飲み物を受け取ってお礼を言う。
桜はふわりと微笑んで、腰を下ろした後、テーブルの上のメモに何かを書き始める。
{あなたのお名前は、なんというのですか?}
そうだ。俺の方は名乗っていなかった。相手の名前を聞いて満足してしまっていたらしい。
「俺は、藤崎 蓮。23歳の会社員……だった」
”だった”なんて、あまり言いたくはなかったが、ここで嘘をついてもどのみちばれる話だ。
その言葉でどこまで理解しているかは不明だが、少なくとも今はそうでないことはわかるだろう。
「君は、高校生なのか?」
そう言い、しばらく待っていると、桜はまたメモを渡してくる。
{雄弁。清らかな心。一方で”救ってください”という意味もある。あなたにぴったりのお名前ですね。
はい、私は高校3年生です}
高校生であることはだいたい想像はついていた。
そして、この子が言っているのは、花の一種である蓮のことだろう。
桜の時のように、多少花言葉は知っているつもりだったが、自分の名の花言葉など調べたことがなかった。
類似しすぎているそれに、少し驚いた。
「……ははっ。それで、俺は君に救われたというわけか。…ところで君はどうしてあんなところに?」
俺が話すと、またしばらく経ってメモを渡す。
屋上での出来事から思ってはいたが、これではまるで筆談ではないか。
彼女は、俺の腕を引っ張りながら、確かにあの透き通るような声を発したはずだ。
あれは、聞き間違いだったのか。
{たまたまです。本当に。あの辺りを散歩していたら、蓮さんが屋上に立とうとしているのが見えたので}
――たまたま? 偶然で俺を助けたというのか。
まだまだ桜のことがわからない。
とりあえず、1番気になることを聞いてみる。
「君さ、耳が聞こえないわけじゃないんだろう? それに、俺を助けてくれた時、君の声を聴いたんだ。あれはどういうことなんだ?」
その瞬間、桜の顔が曇った。
しまった。この質問は地雷だったか。
次に手元に渡ってきたメモの内容は、衝撃的なものだった。
{ごめんなさい。そのことについてはまだ言えない。ただ、声が出せないの}




