26.小さな悲劇
「そんな、まさか……」
看護師さんが仕事に戻った後も、俺は打ちのめされたような気分で、しばらく混乱していた。
――父親ではなかったのか。
――一体彼女は誰からあんな……
――なぜ、実家に帰る必要があったのだ。
――あれは、嘘だったのだろうか。
「藤崎さん、大丈夫ですか?」
足先に向いていた視線を上に持ち上げると、皐月さんが心配そうに俺を見ていた。
「あ、ああ……ごめん。皐月さんは、これから帰るの」
「いえ、私はこれから買い物に行かないといけなくて。……あの、今日はまだ桜に会っていませんよね。もしよかったら、帰りに寄ってあげてください。今日は家にいると思います」
「ああ、そうする。時間割いてもらってありがとう」
「いいえ、このくらい大丈夫です。じゃあ、また」
皐月さんは俺に軽く頭を下げて、病院の出口に向かった。
それに続くように、俺も花屋に向かうことにした。
――今聞いた話が本当なら、桜は嘘をついていたことになる。
なぜ、そんな嘘をついたのだろうか。
何かまだ、俺の知らないことがあるような気がする。
ひたすら頭の中で考えながら歩く。
――桜のことがわからない。
写らない姿。
迫る”期限”と”会えなくなる大切な人”。
謎の処方薬。
父親の嘘。
不可解なあざ。
そして、声が出せないこと……。
これらが意味しているのは一体何なのだろう。
彼女は何も話してはくれない。
このまま何もできずに桜が苦しむのを見ているだけなのか。
桜と出会ってから幾度となく訪れたこの花屋の前で、茫然となる。
それでも彼女に会いたい気持ちから、扉に手をかけた。
――ガチャ。
――え?
鈍い音が扉に響いた。
「な……鍵!?」
扉の外を見ると、”close”の看板。
――まだ時刻は午後3時を指したところだ。こんな早く閉めるような店ではない。
――コンコン。
俺は不思議に思い、軽く叩いてみることにした。
するとしばらくして、扉が数センチ開いた。
「さ、桜? 俺だけど。こんな早く閉めたりして、どうしたん……」
そこまで言って、俺は絶句した。
わずかな隙間から見えた桜の姿は、ここ数日間で見てきたものではなかった。
――腕にひどいあざ。頭に巻かれた包帯。
ずいぶん変わり果てた姿だった。
なぜ……昨日見たときはなんともなかったはずだ。
俺だと気付いた桜は、驚いた顔ですぐに扉を閉めて、再び鍵をかけた。
「なんで……」
そこで俺は、小さな1つの仮説にたどり着いた。
あの謎の薬は、このひどい傷を隠すためのものだったのではないか……と。




