2.転落
いつも通りの桜並木の道を歩いて、今年も満開に咲いた桜に見惚れた。
「綺麗に咲いたんだな。また3人で見に来よう」
そのまましばらく眺めていたくなったが、腕の時計を見て約束の時間が迫っていることに気付く。
「急がないと」
桜に気を取られていた俺は、本当に馬鹿だった。
走り出した先の信号が、血のように鮮やかな赤に、変わっていたのに。
大きなブレーキ音。あちこちから聞こえる悲鳴。
その瞬間、俺の視界は暗転した。
――さん、藤崎さん。
誰かの呼ぶ声で俺は目を覚ました。
気付いた時には右目がほとんど見えず、右腕に麻痺が残ってしまった。
久しぶりの再会だったはずの真麻と、先程会った楓がいたのに、よく見えなかった。
不幸中の幸いと言うべきか、それ以外は無事で、退院はすぐにできた。
「蓮、ほんとに無事でよかったよ。大丈夫だって。仕事のことは、心配すんな。俺ができる限り手伝うし。な?」
楓はずっと慰めの言葉をかけてくれ、真麻はずっとそばにいてくれた。
たかが片目の視力障害。たかが片腕の麻痺。
少し集中すれば見えるかもしれないし、片腕で仕事だってできるし、すぐに戻れる。そう思っていた。
そんな俺の甘い考えは、数週間で打ち砕かれた。
仕事の効率は大幅に低下。
俺が受け持っていた案件の売上状態も悪くなり、最初は事故に合ったから仕方がないと見逃してくれていたことも、もうこれ以上は。と告げられた。
同僚や後輩に尻拭いをさせていることにも罪悪感があった。
復帰して2か月で、俺は退職願を出した。
仕事を辞めたあとは、家にひきこもった。
親への仕送りもできず、家賃もなんとか払っていたが、食費や生活費がかさみ、厳しくなった。
そこそこ有名だった俺は、ネットで”大手企業の有能社員の転落人生”と面白おかしく取り上げられ、叩かれた。
そんな状態で1か月過ごした俺は、もう生きる価値がないと思うようになった。
そうだ、こんな意味もない毎日に終止符を打とう、と。




