14.夏の終わりに
8月27日。
世間では学生が、もうすぐ夏休みが終わる、などと言っている時だ。
桜とは、2人で出かけた後も何度か会っていた。
働いた帰りに、花屋に通っているのだ。
生活の方はあれからなんとか、雇い主が毎回はずんでくれるアルバイト代のおかげで、家賃や生活費をやりくりできていた。
俺の実家はそれほど遠い場所にあるわけではないので、会社を辞めた時点で帰ればよかったのだが、両親に余計な迷惑をかけたくなくて帰らなかった。
実家暮らしをしている楓や、近くに住んでいる真麻に会いたくなかったというのが本音かもしれないが。
時々思い出すことがある。
――両親は病気していないだろうか。
――あの会社で働いていた俺の同僚や先輩、部下は元気だろうか。
――真麻はともかく、楓はまた上から叱られてはいないだろうか。
以前までは、心配になって携帯の連絡先を開くこともあったが、結局俺が行きつくのは、嫉妬に汚れた自己嫌悪だった。
――なんで、俺だけあの会社にいてはいけないんだ。
――なんで、俺だけ体が不自由なんだ。
――なんで。
何度答えを探しても見つからない、そんなループに陥ってしまっては、もう連絡を取ろうという気さえ起きなかった。
しかし最近では、桜のおかげでこんな気持ちにならずに済んでいた。
自分の体のことも忘れられた。
前向きにアルバイトだって始められた。
こんなばかげた考えは捨てよう、そう思えた。
そんなことを考えながら、今日も花屋から歩いて帰っていた俺は、ドンッと、漫画みたいに電柱に頭をぶつけてしまった。
明らかな前方不注意だ。
「いって……」
思わずぶつけた頭をさすっていたら、突然後ろから、かすかな笑い声が聞こえた。
そのあとその人物は、こらえた笑いを消化するように、大声で笑った。
俺の今の状態を心配することもなく、ゲラゲラと笑い飛ばす通りすがりの人間など、1人しかいない。いや、2人というべきか。
無視してやりたい気持ちは十分にあったが、仕方なく振り向いてやることにした。
「おまっ……今のは馬鹿だろ!」
ひーひーとのどを鳴らして俺の前で笑っているこのバカは、まぎれもない俺の幼馴染、園田 楓だ。
楓の後ろにひかえめに隠れている女性は、きっと真麻だ。
噂など、心の中でもするものではないと、この時ほど思ったことはなかった。




