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その日桜が舞い散りました。  作者: 咲香
第2章 神崎 桜
11/29

11.名前

気が付けば、桜と出会ってから1か月が経過していた。

梅雨も過ぎ、夏本番という暑さだ。

なかなか仕事というのは簡単には見つからないが、アルバイトを雇ってくれるところが見つかったので、俺は仕事を探しながらそこに勤めることにした。

時折桜ともメールのやりとりをしている。

そして今、ようやく2人の都合が合い、桜とカフェに居座ったところなのである。


「ごめんな、忙しいのに」


1か月ぶりに会うことで、少し緊張している俺は、そんな言葉しか出なかった。

今日の彼女は、もちろん制服ではなく私服だ。

見慣れない姿に思わず固まってしまった。これが見惚れるということなのだろうか。

透けるような髪は、綺麗に高い位置で1つにまとめられている。

そして手には、いつもの小さなメモの束。


{いいえ。誘っていただいて嬉しいです}


今日1枚目の会話メモだ。久しぶりに見る彼女の文字。

桜は、本当に嬉しいという感情が外に出ている笑顔を見せる。


「そっか。ならよかった」


こちらも、桜に率いられるように、笑顔で返した。


「そういえば、この間皐月さんのところに住み込みって言ってたけど、実家には帰ったりはしないのか?」


{時々帰ります。私の家も皐月の所と同じで、父しかいなくて}


彼女の家族構成をよく知らなかったので、少し驚く。

お父さん、よく家を出ることを許してくれたなあ、などと思いながら、桜の手元に視線をうつす。

この子も十分苦労しているらしい。


「そうなのか。桜さんも大変なんだな」


俺がそう言うと、桜は少し困った顔をして、すぐに1枚メモを書き上げて俺に渡す。


{桜でいいですよ}


「……へ?」


考えが追い付かなくて、おもわず馬鹿みたいな声をあげてしまう。

確かに、年下に”さん”をつけるのはおかしいかもしれないが。

恥ずかしさはあったが、もう一度言い直す。


「さ……さ、さくら?」


名前を言うだけなのに、ずいぶん戸惑ってしまった。

真麻以外の女子を呼び捨てにすることなど、今までなかったのだ。

俺はかなり顔の温度が上がり、真っ赤になっていたが、桜はまた、太陽のような笑顔を俺に向けた。

彼女の行動には、逐一揺さぶられる。


そのあとも赤面しながらなんとか名前を呼び、会話を続け、2時間ほどが経過した頃。

桜から話が持ち上がった。


{蓮……くん。少し、歩きませんか? 花屋より向こう側へは、あまり行ったことがないんです}


彼女が言っている”向こう側”とは、おそらく俺がよく通る桜並木の道の方のことだ。


「そ……そうなんだ。じゃあ、少しいろんなところを散歩しようか」


提案にのった俺は、清算を済ませ、桜とともにカフェを出た。


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