10.その後
「じゃあ」
皐月との会話を終えた俺は、店の外に出て、家に向かって歩き始めた。
久しぶりにこんなに人と関わった気がする。
花屋での出来事に浸りながら家に向かう。
3か月前までの俺はこんなふうになるとは思っていなかっただろう。
しばらく歩いたところで、ある建物の前で足を止めた。
そこは、蓮が、人生に終止符を打つために選んだ場所だった。
「もうこの建物の下を歩くとは思っていなかったな。あの子に感謝しないと……」
ふと、桜のことを思い出す。
「……あ!」
たった今自分が犯した小さなミスに気が付く。
連絡先を聞いていない。
花屋に直接行けばいいのだが、いるかどうかもわからないのに、突然行くなど失礼だろう。
「かといって電話はできないな……」
彼女は声が出せないと言っていた。
電話や訪問ができないとなれば、残る手段は携帯しかないのだ。
はあ、とため息を吐き、行き場をなくした手をポケットに突っ込む。
「……ん?」
上着のポケットには、紙の束が入っていた。
ああ、さっき桜に渡されたメモを全てとっていたのか。
わずかな枚数だが、ここにつまった思いは幾千にもなるだろう。
ふと思いにふけっていると、ある1枚のメモの裏に、見覚えのない紙が貼ってあるのを見つける。
「なんだこれ。1枚だけ綺麗に包んである……」
薄く折りたたまれたそれは、手紙のようなものだった。
期待を込めて破れないようにそうっと開く。
{今日はありがとうございました。何か悩みがあったらいつでも話してください。携帯を持っていないので、借りているパソコンのアドレスを書いておきます。よければ登録お願いします}
その下には、パソコンのメールアドレス。
いつのまに貼られていたのだろう。
これも、彼女なりの優しさなのだろうか。
さっきまで悩んでいた自分が馬鹿に思えた。
携帯を持っていないなど、今時の高校生にしては珍しいものだ、と思い、ふっと微笑みながら、自らの携帯にアドレスを登録する。
あの少女に関わると、不思議と笑顔になれる。
そんな彼女のことをもっと知ってみたい。
「……今度、どこかに誘ってみようか」
そんなかすかな夢を描いていたら、いつもの見慣れた家が見えてきた。
ここに帰れば、さっきまでのことは嘘のように感じる。
「…………」
……いや、今の俺は大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、現実と向き合う。
鍵を開け、重い玄関の扉をひく。
「まずは仕事探さないとな。しばらく掃除してなかったし、家も綺麗にするか」
見つかればの話だが、しばらくはフリーター、もしくはアルバイトになるだろう。
これも全て、あの日、まだ生きることを選んだ自分の運命である。
「……あ、その前に」
”桜さんへ
藤崎です。
今日は本当にありがとう。また。1から仕事を探してみようと思います。
今日のお礼に、今度どこかに行きませんか。奢ります(笑)”
無理矢理ではあったが、なんとか誘いのメールを打つ。
一息ついた俺は、薄汚れた部屋の掃除にとりかかった。




