第7話 発明家は便利を爆発させる
リナが朝比奈邸に来てから、玄関も廊下も少しだけ普通の家らしくなった。
ただし、サッちゃんは相変わらずだった。
「ご主人様、朝食ですっ!」
長い金髪に、青みのある瞳。黒基調の戦闘メイド服に白いエプロンとヘッドドレス。指抜きグローブ。
見た目だけなら、文句なしに立派なメイドだ。
ただし本人は、ユウトがトーストへ手を伸ばす瞬間を、ものすごく真剣に見つめていた。
「……食べづらい」
「生活の間を学習中ですっ!」
「それは間じゃなくて圧だ」
向かい側では、相沢メグミが当然のように味噌汁を飲んでいる。
「おはよ、ユウト」
「おはよう。……もう突っ込まないからな」
「何が?」
「なんで普通に朝飯食ってるんだ、ってやつ」
「うちで朝ごはん食べ損ねたから」
「理由が軽い」
「あと、サッちゃんの朝ごはんおいしいし」
サッちゃんの顔がぱっと明るくなる。
「メグミ様の朝食参加を歓迎しますっ!」
《メグミ様の朝食参加頻度は増加傾向》
「KAIN、数えなくていい」
《内部記録のみに移行します》
「やっぱり数えるんだな」
朝比奈邸の朝は、確実に変わっていた。
騒がしい。
でも、悪くはない。
その時だった。
《正門に来訪者》
《識別信号、照合中。登録名、松戸ミナミ》
その名前を聞いた瞬間、リナの目が細くなった。
「鍵を閉めましょう」
「来客だろ」
「来客にも種類があります」
サッちゃんは椅子から立ち上がる。
「ミナミですっ!」
「知り合いか?」
「はいっ! 非常に優秀な技術者ですっ!」
リナが静かに首を横へ振った。
「優秀ではあるわ」
「あるんですね」
「ただし、危険よ」
その瞬間、インターホンから明るい声が響いた。
《やっほー、リナ! 泊めて!》
ユウトは固まった。
「第一声がそれ?」
「帰りなさい」
《まだ理由言ってないじゃん》
「聞く前に結果が見えているわ」
《ひどいなあ。今日は爆発物じゃないよ》
ユウトとメグミの声が重なった。
「今日は?」
《あと、門のセンサーちょっと見ていい? 反応が古いんだよね》
《警告。外部端末から門制御系への接続試行》
「もう何かしてる!」
ユウトは慌てて玄関へ向かった。
扉を開けると、そこにいたのは白衣姿の女性だった。
赤茶色の髪は少し跳ね、赤いフレームの眼鏡。首には大きな黒いヘッドホン。白衣の下は黒いインナーとカーキ色のショートパンツで、腰には工具ポーチ。
彼女は片手を上げて、にっと笑った。
「初めまして、松戸ミナミでーす。爆発物は持ってきてません」
「朝比奈ユウトです。よろしくお願いします」
「うん、よろしく。で、泊めて」
「早い!」
リナがユウトの横に立った。
「ミナミ。まず事情を説明しなさい」
「やっぱりリナは話が早いなあ」
「早くしなさい」
「研究室を追い出されました」
廊下が静かになった。
「追い出された?」
「正確には、退職勧告、設備使用停止、研究区画立入制限、あと反省文三枚」
「それはかなり追い出されてるな」
サッちゃんが目を丸くする。
「ミナミが、黒百合を離れたのですかっ?」
「まあね。ちょっと実験の方向性が合わなくて」
リナが即座に言った。
「危険な実験ばかり繰り返したからでしょう」
「ばかりじゃないよ。安全な実験もしたよ」
「何割?」
「……二割」
「帰りなさい」
「待って待って!」
ミナミは両手を振った。
「でも技術は本物でしょ? サッちゃんも知ってるよね?」
「はいっ! ミナミの技術は本物ですっ!」
リナが続ける。
「危険性も本物だけれどね」
「はいっ!」
「そこも即答するのか」
ミナミは胸を張った。
「今回は危ないことしに来たんじゃないから。ちゃんと役に立てるよ」
「役に立つ?」
ミナミは待ってましたとばかりに、玄関ホールを見回した。
「この屋敷、めちゃくちゃ面白いんだよ」
「屋敷を面白いって言われたの初めてだ」
「古い部分もあるけど、KAINが入ってる。電源容量も余裕ある。地下区画も広い。改良の余地がすごい」
《補足。朝比奈邸には未使用地下区画があります》
「KAIN、今言わなくていい」
ミナミは指を立てた。
「まず玄関。自動歓迎システムを入れよう」
「歓迎?」
「来訪者を識別して、音声案内、照明演出、床面誘導。場合によっては足止めネット」
「最後だけ迎撃ですよね」
「歓迎と迎撃は近い概念だから」
「遠くしてくれ」
「廊下には高速移動レール。朝の移動時間を短縮できるよ」
「家の廊下で高速移動したくない」
「転倒防止用に壁からアームが出る」
「転倒の原因が増えてる」
「お風呂には疲労回復泡発生装置」
リナの眼鏡が光った。
「あれは浴室が三日使えなくなったわ」
「泡が長持ちしたんだよ」
「しすぎたのよ」
メグミが小声でユウトに言った。
「いい人そうだけど、危ないね」
「俺も今、同じこと思った」
サッちゃんは感動していた。
「ご主人様の生活支援体制が強化されますっ!」
「サッちゃん、乗るな」
リナが冷静に止める。
「ミナミの提案は、便利になる前に生活を壊すわ」
「ひどいなあ」
「事実よ」
ミナミは肩をすくめた。
「まあ、いきなり屋敷全部触らせろとは言わないよ」
「本当ですか?」
「うん。まずは地下室だけでいい」
「まずは」
リナが即座に反応した。
「やはりそれが目的ね」
「半分くらい」
「八割でしょう」
「七割」
「上がってるのか下がってるのかわからないな」
ユウトがつぶやく。
ミナミは悪びれもせず笑った。
「でもさ、リナもサッちゃんもここにいるなら、わたしがいた方が便利だよ」
「便利?」
「二人の装備の整備。必要なら調整もできる。KAINやABELの点検もできるよ」
《警告。KAIN基幹システムへの無断接続は禁止されています》
「まだ何もしてないじゃん」
「門のセンサーには触ろうとしてただろ」
「細かいなあ」
「AIだからな」
サッちゃんが大きくうなずいた。
「ミナミの整備能力は非常に高いですっ!」
リナも少しだけ考えてから言う。
「……技術だけなら、信用できるわ」
「だけなら?」
「余計な機能を足さなければ」
「そこは相談で」
「相談する前に足すでしょう」
「たまにね」
「頻繁によ」
ユウトは、ミナミを見た。
危険な実験を繰り返して黒百合をクビになった。
屋敷を見るなり改造案を三つも出した。
かなり怪しい。
でも。
「……行くところ、ないんですよね」
ミナミは一瞬だけ黙った。
「まあ……今のところは」
さっきまでの軽い調子が、ほんの少しだけ弱くなる。
ユウトは頭をかいた。
「じゃあ、仕方ないか」
「え?」
「地下室、空いてるんだろ?」
《はい。現在、未使用区画があります》
リナがユウトを見る。
「ユウトさん、本気ですか」
「行くところがないなら、追い返すのも後味悪いし」
ユウトはサッちゃんとリナを見る。
「それに、二人の装備を見てもらえる。KAINやABELも整備できるなら、助かることも多そうだ」
ミナミの顔がぱっと明るくなった。
「ほんと?」
「地下室の一部だけなら」
「やった!」
「ただし条件があります」
「爆発しないこと?」
「それです」
「最大限努力する」
「約束してください」
「……最大限、約束する」
「意味がわからない」
リナが静かに付け加えた。
「屋敷の設備に触る時は、私かユウトさんの確認を通すこと」
ミナミの笑顔が少し曇る。
「えー」
「嫌ならなし」
「確認を通します」
切り替えが早かった。
メグミがくすっと笑う。
「そういうとこ、昔から変わらないね」
「何が?」
「困ってる人、結局放っておけないところ」
「そういうんじゃない」
ユウトは少しだけ目をそらした。
その時、玄関の外から、ごろごろと何か重いものを転がす音がした。
嫌な予感がする。
「……何の音?」
ミナミが目をそらした。
「荷物」
「何の?」
「わたしの」
「もう持ってきてるんですか!?」
ユウトが玄関の外をのぞく。
大きな工具ケース。
用途不明の金属箱。
ケーブルの束。
さらに、『精密機器・横倒し厳禁』と書かれた箱まである。
「……これ全部?」
「最低限」
「最低限の量じゃない」
リナが眼鏡を押し上げた。
「許可を取る前に持ってくる人間を、普通は泊めないわ」
「でも持って帰るの大変だし」
「理由になっていない」
ミナミはユウトを見る。
「じゃ、運んでいい?」
「もう完全に入る気だったじゃないですか」
「その方が話が早いでしょ?」
「許可が先です!」
ミナミは、にっと笑った。
「今、もらった」
「そうだけど!」
サッちゃんが勢いよく工具ケースを持ち上げる。
「搬入支援しますっ!」
「サッちゃんまで!」
リナは額に手を当てた。
「……地下室だけよ」
「了解!」
「配線に勝手に触らない」
「了解!」
「壁に穴を開けない」
「了解!」
「爆発させない」
ミナミが一瞬だけ黙った。
「……最大限努力する」
「そこは即答しなさい!」
地下への階段に、ミナミの笑い声が響いた。
ユウトは深く息を吐く。
メグミが横でくすっと笑った。
「また、にぎやかになりそうだね」
「もう十分にぎやかなんだけどな」
地下から、がたん、と何かが落ちる音がした。
「……今のは?」
ミナミの声が階段の奥から返ってくる。
「搬入時の自然音!」
「そんな言葉はない!」
朝比奈邸に、また一人、帰りそうにない人間が増えた。
しかも今度は、工具箱を抱えて地下へ降りていった。




