第5話 守るだけでは、足りません
翌日の放課後。
メグミは教室の入口で、ユウトを待っていた。
「ユウト、商店街行かない?」
「商店街?」
「うちのお母さんに買い物頼まれてて。ついでにユウトの夕飯の材料も見ようかなって」
「俺の夕飯まで自然に予定に入ってるのか」
「昨日の煮物、ちゃんと温めて食べた?」
「食べた」
「ならよし」
メグミは満足そうにうなずいた。
朝比奈邸に戻ると、その話を聞いたサッちゃんが即座に反応した。
「地域生活圏確認任務、同行しますっ!」
「買い物な」
「買い物活動ですっ!」
「まだ硬い」
「物資調達、地域住民識別、地形確認、補給拠点把握を含む重要活動ですっ!」
「やっぱり任務じゃないか」
サッちゃんはいつもの戦闘メイド服のまま、胸を張っていた。
長い金髪。青みのある瞳。白いエプロン。指抜きグローブ。
見た目は可愛いメイドなのに、発言だけが完全に作戦前だった。
メグミは苦笑する。
「今日は普通の買い物だからね」
「普通の買い物」
「そう。八百屋さんで野菜買って、魚屋さんを見て、必要ならお肉も買う。あとは、商店街の人に挨拶するくらい」
「挨拶」
「大事だよ」
サッちゃんは真剣にうなずいた。
「地域住民との友好関係構築ですねっ!」
「まあ、そんな感じ」
「そんな感じでいいのか……」
ユウトは不安を抱えたまま、サッちゃんとメグミを連れて商店街へ向かった。
星ヶ丘商店街。
古くからある小さな商店街で、八百屋、魚屋、肉屋、花屋、和菓子屋などが並んでいる。
派手さはないが、人の顔が見える場所だった。
「メグちゃん、今日は学校帰り?」
八百屋のおばさんが声をかけてくる。
「はい。大根とネギください」
「ユウトくんも一緒かい。ちゃんと食べてる?」
「食べてますって」
「ほんとかねえ」
サッちゃんが横で目を見開いた。
「メグミ様は、地域住民との識別関係が非常に高いですっ」
「ただ顔なじみなだけだよ」
「顔なじみ」
サッちゃんは八百屋の大根を手に取った。
「重量、握りやすさ、到達距離……鈍器としても優秀ですっ!」
「大根を武器評価するな」
八百屋のおばさんは豪快に笑った。
「面白いメイドさんだねえ」
「ありがとうございますっ!」
「褒められてるかは微妙だぞ」
次に魚屋へ行くと、サッちゃんは店主の包丁さばきに目を細めた。
「刃物管理区域を確認しましたっ」
「監査員か」
「ご主人様、あの方の包丁操作は相当な練度ですっ」
「魚屋さんだからな」
魚屋の店主は笑いながら、切り身を包んでくれた。
「メイドさん、目がいいね」
「はいっ! 視認性能には自信がありますっ!」
「普通はそう返さない」
さらに特売の卵売り場では、サッちゃんが主婦たちの動きに感動していた。
「高機動部隊ですっ!」
「違う」
「前方から接近する部隊、側面から回り込む部隊、後方で袋詰めを行う支援部隊……統率されていますっ!」
「普通の買い物だよ」
メグミが笑う。
「でも、みんな流れはあるよね。邪魔にならないように並ぶとか、声かけるとか」
「流れを読む」
「うん。商店街って、そういう場所だから」
サッちゃんは周囲を見回した。
八百屋のおばさんが笑い、魚屋の店主が手を振り、子どもたちが走っている。
ここは戦場ではない。
みんな、普通に生きている場所だ。
「警戒しすぎると、周囲が緊張しますねっ」
「そうだな」
ユウトがうなずく。
「サッちゃんが怖い顔して立ってると、商店街の人もびっくりする」
「怖い顔」
サッちゃんは自分の頬を指で押さえた。
「わたしは、通常警戒表情のつもりでしたっ」
「それが怖いんだよ」
「改善しますっ!」
その時だった。
「まってー!」
小さな男の子が、赤い風船を追いかけて走っていた。
商店街の端に積まれた段ボール箱につまずき、前のめりになる。
「危ない!」
メグミが声を上げるより早く、サッちゃんが動いた。
速い。
一瞬で男の子のそばへ行き、地面に倒れる前に抱き止める。さらに、浮きかけた風船の紐も指先でつかんだ。
箱は崩れない。
男の子も怪我をしていない。
完璧な救助だった。
「対象確保。負傷なし。風船も保持しましたっ!」
サッちゃんは胸を張った。
しかし、男の子はサッちゃんの腕の中で、ぽかんとしたあと。
「う、うわああああん!」
泣き出した。
サッちゃんが固まる。
「救助成功のはずですが、対象者が泣いていますっ」
「びっくりしたんだよ」
メグミが慌てて近づいた。
「大丈夫? びっくりしたね」
男の子は泣きながらうなずく。
サッちゃんは困惑していた。
「負傷はありません。危険物も回避しました。風船も確保しました」
「うん。助けたのは本当」
メグミはしゃがみ、男の子と目線を合わせた。
「でも、急にすごい速さで来られたら、びっくりすると思う」
「速度が原因ですかっ?」
「速度もあるし、声とか、近づき方とか。わたしも正解はわかんないけど」
メグミは男の子に風船を渡しながら、優しく言った。
「ほら、メイドのお姉ちゃんが取ってくれたよ」
サッちゃんは少し迷ってから、膝をついた。
さっきより低い位置で、男の子を見る。
「大丈夫、ですか」
声も、いつもよりずっと小さかった。
男の子は涙を拭きながら、こくりとうなずいた。
「ふうせん……ありがとう」
サッちゃんの青い瞳が、少しだけ揺れた。
「はいっ。どういたしまして」
近くにいた母親が頭を下げる。
「ありがとうございます。怪我しなくて助かりました」
「いえ。救助行動成功。ただし、安心誘導に改善余地ありですっ」
「また硬いな」
ユウトが言うと、メグミが少し笑った。
「助かったあとに安心できるかも、大事なんじゃないかな」
サッちゃんはその言葉を、真剣に受け止めていた。
「安心できる守り方」
「そう」
ユウトも言った。
「サッちゃんが守ってくれたのは本当だよ。でも、怖がらせない守り方もあると思う」
「怖がらせない守り方」
サッちゃんは小さく繰り返した。
その後、花屋の前でもう一度、似たようなことが起きた。
今度は小さな女の子の黄色い風船が、店先の看板に引っかかった。
サッちゃんはすぐには動かなかった。
まず、メグミを見る。
次に、ユウトを見る。
そして、女の子の前にしゃがんだ。
「取っても、よいですか」
女の子は少し驚いた顔をしたあと、うなずいた。
「うん」
サッちゃんはゆっくり立ち上がり、誰にもぶつからないように手を伸ばした。
風船の紐を取り、ゆっくり女の子へ差し出す。
「どうぞ」
女の子は笑った。
「ありがとう、メイドのお姉ちゃん」
サッちゃんはその場で固まった。
それから、少しだけユウトの方を見る。
「……笑いました」
「ああ。笑ったな」
「救助後、対象者が笑顔ですっ」
「成功だな」
サッちゃんの顔が、ぱっと明るくなった。
買い物を終え、三人は商店街のベンチで少し休んだ。
ユウトは自動販売機で缶ジュースを買い、サッちゃんに渡した。
「今日のお礼。助けてくれてありがとう」
サッちゃんは両手で缶を受け取った。
「ご主人様からの支給品ですっ!」
「お礼だって」
「お礼」
「俺も、サッちゃんにどう言えば伝わるか、まだ覚えてる途中だし」
メグミがにやっと笑った。
「今の、ちょっとよかった」
「うるさい」
サッちゃんは缶を見つめながら、真剣な顔で言った。
「声量、接近速度、表情、姿勢を調整しますっ」
「次の救助訓練みたいに言うな」
「次回はさらに改善しますっ!」
「次回が怖い」
夕方、朝比奈邸に戻る。
サッちゃんは玄関で荷物を置き、胸に手を当てた。
「怖がらせない守り方を学習しますっ」
「ゆっくりでいいよ」
「ゆっくり……高難度ですっ」
「まずそこからだな」
その直後、サッちゃんはユウトの靴を一瞬で揃えた。
あまりにも速かった。
「ゆっくりは?」
「次工程から適用しますっ!」
「今から適用してくれ」
サッちゃんは、今度は異様にゆっくり廊下を歩き始めた。
一歩、二歩。
まるで忍者の訓練みたいな足取りだった。
「それはそれで怖い」
「床面安全確認を兼ねていますっ」
「普通に歩いてくれ!」
朝比奈邸は今日も騒がしい。
けれど、サッちゃんはまたひとつ覚えた。
守るだけでは、足りない。
その前に、サッちゃんにはまだ、ゆっくり歩く練習が必要だった。




