第4話 普通の幼なじみが来ました
その日の昼休み。
朝比奈ユウトは、教室の机に突っ伏していた。
「死んでるね」
聞き慣れた声が頭上から降ってくる。
顔を上げると、相沢メグミが弁当箱を片手に立っていた。
短い茶色の髪。柔らかい目元。どこにでもいそうで、でも近くにいると妙に安心する幼なじみ。
「大丈夫に見えるか?」
「見えない」
「正直だな」
「ユウトが机に沈んでる時は、大体何かあった時だから」
メグミは前の席の椅子を借りて、自然に向かい合うように座った。
「昨日、返信なかったけど」
「ああ……悪い」
「何かあった?」
ユウトは少し考えた。
父の遺言。
屋敷管理AI。
車両AI。
天井から降ってきた戦闘メイド。
深夜二時の脱出訓練。
朝食補給任務。
どこから説明すればいいのか、まったくわからない。
「メイドが来た」
「うん」
「天井から」
メグミは箸を止めた。
「……ごめん。そこはちょっと時間ちょうだい」
「だよな」
「でも、ユウトの家だからなあ」
「その納得の仕方もどうかと思うぞ」
メグミは小さく笑った。
「今日も帰りに寄るね」
「今日も?」
「もともと行くつもりだったし。プリントも渡さないといけないし、ちゃんとご飯食べてるか見ないと」
「母親か」
「幼なじみです。あと、母親扱いはちょっと失礼」
「悪い」
メグミは鞄からプリントを一枚出し、ユウトの机に置いた。
「これ、机の中に入れっぱなしだったでしょ」
「なんでわかるんだよ」
「いつものことだから」
ユウトは何も言い返せなかった。
放課後。
二人は並んで朝比奈邸へ向かった。
門が開き、玄関へ近づく。
《ユウト様、おかえりなさいませ》
「ただいま」
《メグミ様、おかえりなさいませ》
「ただいま、KAIN」
「いや、メグミの家じゃないけどな」
《メグミ様は準常駐者として登録されています。直近三十日の来訪回数、九回。食事提供回数、三回》
「細かい」
メグミは慣れた様子で靴を脱いだ。
「KAIN、今日もよろしくね」
《了解しました》
その瞬間、廊下の奥から勢いよく足音が近づいてきた。
「ご主人様、おかえりなさいませっ!」
サッちゃんが現れた。
金髪を揺らし、黒い戦闘メイド服をきっちり整え、満面の笑顔で駆けてくる。
そして、メグミを見た瞬間、ぴたりと止まった。
「来訪者確認!」
「おお、切り替え早いな」
サッちゃんは瞬時にメグミの前へ立った。
「所属、目的、持参物、敵意の有無を確認しますっ!」
メグミは一瞬きょとんとした。
それから、真面目に答えた。
「相沢メグミ。ユウトの幼なじみ。学校帰り。いつもの様子見。持っているのは鞄とプリント。敵意はありません」
「協力的来訪者ですっ!」
「ありがとう?」
ユウトは額を押さえた。
「サッちゃん。メグミは俺の幼なじみ。昔からよく来てる」
「メグミ様」
サッちゃんは背筋を伸ばして頭を下げた。
「朝比奈家専属メイド、サッちゃんですっ。掃除、洗濯、料理、護衛、制圧まで対応可能ですっ!」
「制圧はあんまりいらないかな」
「調整しますっ!」
メグミはにこっと笑った。
「よろしくね、サッちゃん」
「はいっ! よろしくお願いいたします、メグミ様!」
「様はいいよ?」
「重要人物ですのでっ!」
「重要人物?」
サッちゃんはKAINの方を向いた。
「メグミ様は、ご主人様の日常側重要人物ですっ!」
《来訪履歴、食事提供履歴、学校関係支援履歴により、該当します》
「友達って言えばいいんだよ」
ユウトが言うと、サッちゃんは真剣にうなずいた。
「ご主人様の友達。かつ、準常駐者」
「後半はいらない」
リビングに入ると、メグミはいつものように窓際の席へ向かった。
迷いがない。
サッちゃんは、それをじっと見ていた。
「メグミ様は、着席位置を把握していますっ」
「何回も来てるからね」
「この家の動線を理解しているのですねっ」
「そんな大げさじゃないよ」
メグミは少し笑った。
「いつも座ってるだけ」
「いつも」
サッちゃんは、その言葉を小さく繰り返した。
ユウトはそれに気づいた。
サッちゃんには、まだこの家の「いつも」がない。
リビングも、食堂も、玄関も、廊下も。彼女にとっては昨日から始まった場所だ。
「お茶をお持ちしますっ!」
サッちゃんは気を取り直すように、台所へ向かった。
数分後。
紅茶と茶菓子が完璧な角度で並べられた。
「毒物検査は完了していますっ!」
「だから先に言うなって」
メグミはカップを手に取った。
「おいしい」
サッちゃんの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございますっ!」
「でも、もう少し気楽でいいと思うよ。お茶って、安心するためのものでもあるし」
「気楽な接客……高難度ですっ」
「そこまで難しく考えなくていいよ」
メグミは鞄から紙袋を取り出した。
「そうだ。うちのお母さんが煮物を多めに作ったから、持ってきた」
「助かる」
ユウトが受け取ると、サッちゃんが目を輝かせた。
「食料支援ですっ!」
「おすそ分けね」
「おすそ分け」
サッちゃんはまた新しい言葉を覚えるように繰り返した。
「メグミ様は、ご主人様へ継続的な食事支援を行っているのですねっ」
「支援っていうほどじゃないよ。昔から、ユウトがうちで食べることもあったし」
「長期食事共有履歴」
「KAINみたいな言い方になってるぞ」
サッちゃんはメグミをまっすぐ見た。
「メグミ様は、ご主人様が一人になる時間を、減らしていましたっ」
リビングが少しだけ静かになった。
メグミは、照れたように頬をかいた。
「そう言われると、ちょっと恥ずかしいね」
ユウトも何となく目をそらす。
昔から、メグミはそうだった。
プリントを届ける。夕飯を気にする。何でもない顔で家に来る。
それは特別な事件ではなく、日常だった。
「サッちゃんも、これから覚えればいいんじゃない?」
メグミが言った。
「何をですかっ?」
「ユウトがちゃんと寝てない時とか、ご飯を抜きそうな時とか、無理してる時とか」
「おい、俺の弱点情報を渡すな」
「弱点じゃなくて、いつものこと」
「ひどい」
サッちゃんは真剣だった。
「ご主人様の日常情報、非常に重要ですっ」
「大げさだって」
「いいえ」
サッちゃんは胸に手を当てた。
「わたしはまだ、ご主人様の日常をほとんど知りませんっ」
その言葉は、どこか素直だった。
メグミは柔らかく笑う。
「じゃあ、これからだね」
夕方。
メグミは帰る支度をした。
「じゃあ、また来るね」
「おう」
「サッちゃんも、またね」
「はいっ! 次回の来訪も歓迎しますっ!」
「次回っていうか、普通に来るだけだけどね」
メグミが玄関を出る。
サッちゃんはその後ろ姿を見送っていた。
ドアが閉まったあと、彼女はユウトの方を向いた。
「ご主人様には、わたしが来る前の日常があったのですねっ」
「そりゃ、まあな」
「メグミ様は、その日常側の重要人物ですっ」
「友達な」
「友達で、重要人物ですっ」
ユウトは苦笑した。
「そうだな」
サッちゃんは少しだけ考え込む。
そして、青い瞳をまっすぐユウトに向けた。
「わたしも、ご主人様の日常を知りたいですっ」
「日常?」
「はいっ。ご主人様の日常ですっ!」
それは、任務というより、願いに近い言い方だった。
ユウトは少し照れくさくなって、視線をそらした。
「……まずは、天井から来ないところからだな」
「了解しましたっ! 玄関使用率向上を目指しますっ!」
「使用率じゃなくて、毎回玄関でいい」
朝比奈邸は今日、ほんの少しだけ、外の日常とつながった。
広すぎる屋敷の中に、サッちゃんの知らない「いつも」があった。
そしてサッちゃんは、それをこれから覚えていく。
たぶん、かなり騒がしく。




