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第17話 メイド服じゃないサッちゃん



休日の朝。


「ご主人様、準備完了ですっ!」


玄関から響いた声に、ユウトは財布をポケットへ入れながら顔を上げた。


「早いな」


「外出予定時刻の十二分前です!」


「休日くらい五分前でいいよ」


そう言いながら玄関へ向かい、足を止める。


そこには、いつものサッちゃんがいた。


長い金髪。白いヘッドドレス。黒い戦闘メイド服。指抜きの黒いグローブに丈夫なブーツ。


買い物へ行くだけなのに、隙がない。


「……その格好で行くの?」


ダイニングから出てきたメグミが、ほとんど同時に同じことを言った。


サッちゃんが自分の服を見る。


「はいっ!」


「今日、街へ買い物だよね?」


「はい!」


「違う服で行こうとは思わなかった?」


「これではいけませんか?」


本気で不思議そうだった。


ユウトが聞く。


「私服、持ってないの?」


「任務外で着用する衣服なら最低限はあります」


「あるんじゃん」


「ですが、この服の方が動きやすく、収納性と耐久性にも優れていますっ!」


「そういう理由で毎回メイド服なんだ……」


メグミはサッちゃんを上から下まで見て、にっと笑った。


「駄目じゃないけど、せっかくだから違う服も着てみない?」


「違う服」


「うん。サッちゃんに似合うやつ」


少し考えて、サッちゃんは頷いた。


「装備更新ですねっ!」


「服選び」


「了解しましたっ!」


「まあ今日はそれでいいか」


ユウトは笑った。


◆


ショッピングモール。


三人は女性向けのカジュアルショップへ入った。


数分後。


サッちゃんが意気揚々と持ってきたのは、黒いカーゴパンツ、黒いパーカー、黒いブーツだった。


メグミが黙る。


ユウトも黙る。


「どうでしょうかっ!」


「潜入任務?」


「動きやすさを重視しました!」


「休日だよ」


「ポケットも八つありますっ!」


「そんなに何入れるの?」


「簡易工具、携帯食、予備通信機――」


メグミが服をそっと戻した。


「はい、不採用」


「なぜですかっ!」


「今日は戦わないから」


「可能性はゼロではありません!」


ユウトが店内を見回す。


「服屋で何と戦うんだよ」


サッちゃんが少し考えた。


「……価格?」


ユウトは吹き出した。


「そこだけ妙に現実的だな!」


メグミも笑いながら、別の棚へ向かう。


「じゃあ今日は私が選ぶ。条件は一つ」


「はいっ!」


「戦えるかどうかで選ばない」


サッちゃんの顔が曇った。


「……難易度が高いです」


「服だからね?」


◆


しばらくして、試着室のカーテンが開いた。


ユウトは何気なく顔を上げ――そのまま止まった。


淡いブルーの薄手のニット。


白に近いロングスカート。


足元はシンプルなスニーカー。


いつもの黒いメイド服がなくなっただけなのに、印象がまるで違う。


背の高いサッちゃんには、すっきりした服がよく似合っていた。


「……」


「ご主人様?」


青い瞳がこちらを見る。


「何か問題がありますか?」


「あ、いや」


メグミが横から口を挟む。


「ユウト、どう?」


「なんで俺に聞くの」


「サッちゃんがずっとそっち見てるから」


見る。


本当に見ていた。


「……似合ってる」


サッちゃんが止まる。


「本当ですか?」


「うん」


「動きやすそうだから、ではなく?」


「そこじゃない」


「耐久性が高そうだからでも?」


「普通に見た感想」


ユウトは少し視線をそらした。


「似合ってるよ」


サッちゃんの頬が、ほんのり赤くなる。


「……ありがとうございます」


いつもより少し小さな声だった。


次にメグミが選んだのは、ベージュのトップスと細身のパンツ。


こちらもよく似合った。


ただしサッちゃんは鏡の前で軽く屈伸を始める。


「可動域はこちらが上ですっ!」


「結局そこ見るんだ」


「重要です!」


「今日は重要じゃないの」


二着を前にして、サッちゃんは腕を組んだ。


「どちらも問題ありません」


「問題あるかじゃなくて、どっちが好き?」


「好き……」


二着を見比べる。


そして、なぜかユウトを見る。


「ご主人様」


「何?」


「どちらがお好きですか?」


「俺?」


「はい」


「サッちゃんが着るんだから、自分で選べばいいだろ」


「それは、そうなのですが」


一度、服へ視線を落とす。


それでも、もう一度ユウトを見た。


「ご主人様は、どちらがお好きですか?」


今度の質問は、少し違って聞こえた。


機能性を聞いているわけではない。


ユウトは青い方を指した。


「……最初のやつ」


「こちらですか?」


「うん」


「なぜでしょう?」


「なぜって」


隣のメグミは、何も言わない。


完全にこちらへ任せる顔をしている。


「似合ってたから」


サッちゃんが止まった。


「そうですか」


「うん」


「……なるほど」


「何を納得したの?」


「いえっ!」


サッちゃんは青い服を胸に抱える。


「こちらにします!」


決断だけは早かった。


◆


会計を済ませたあと、サッちゃんは買ったばかりの服へ着替えた。


「どうでしょうかっ!」


「さっき見たよ」


「購入後は正式装備ですので!」


「服」


「正式な服ですっ!」


「そうして」


メグミが時計を見る。


「あ、私そろそろ行くね」


「もう帰るの?」


「うちのお母さんに買い物頼まれてるの。方向も逆だし」


サッちゃんが聞く。


「メグミ様はご一緒では?」


「今日はここまで。また今度ね」


「はいっ!」


メグミは二人へ手を振る。


「じゃあ、また明日」


「うん」


それだけ言って、人混みの向こうへ消えていった。


残された二人は顔を見合わせる。


「……行こうか」


「はいっ!」


◆


二人でモールを歩く。


いつものサッちゃん。


なのに、どこか違って見える。


ユウトは何度か横を見た。


三回目くらいで、気づかれた。


「ご主人様」


「ん?」


「先ほどから、わたしをよく見ています」


「……そんなに?」


「はい」


「ごめん」


「なぜ謝るのですか?」


「いや」


ユウトは前を見る。


「いつもと違うから」


一拍。


「変でしょうか」


サッちゃんの声が、少しだけ弱くなった。


「逆」


「逆?」


「似合ってるって意味」


サッちゃんが黙る。


数歩歩いてから、また口を開いた。


「ご主人様」


「何?」


「本日二回目です」


「何が?」


「似合っていると」


「数えてたの?」


「重要事項ですので」


「記録しないでよ」


「記録はしていませんっ!」


胸を張る。


そのあと、少しだけ間を置いて。


「……覚えておきます」


ユウトは返事に困って、前を向いた。


◆


雑貨店の前で、サッちゃんの足が止まった。


「どうした?」


「いえ」


視線の先には、小さなアクセサリーが並んでいる。


その中に、細い銀色のヘアクリップがあった。


小さな星形の飾りが一つだけ付いている。


派手ではない。


「気になる?」


少し迷って。


「……少し」


「見てけば?」


「はい」


店へ入る。


サッちゃんはヘアクリップを手に取り、鏡の前で金髪に当てた。


「ご主人様」


「うん」


「どうでしょう」


また聞かれた。


ユウトは笑う。


「似合うよ」


鏡越しに、サッちゃんの目がこちらを見る。


「……では、買います」


「即決だな」


「はいっ!」


レジへ向かいかけて、ふと止まる。


手の中の小さな飾りを見た。


「今回は」


「何?」


「わたしが欲しいと思って選びました」


「うん」


「必要だからではありません」


ユウトは少し笑う。


「それでいいんじゃない?」


「はい」


サッちゃんも、小さく笑った。


「悪くありませんね」


◆


夕方。


朝比奈邸へ戻った。


サッちゃんは部屋で着替え、買った服をハンガーに掛けた。


黒い戦闘メイド服とは別の場所。


何の任務にも必要ない。


収納力も少ない。


耐久性だって、たぶん大したことはない。


それでも。


今日、自分で選んだ服だった。


廊下を通りかかったユウトが、開いた扉の向こうを覗く。


「あ、それ」


「はい」


「ちゃんと掛けてるんだ」


「もちろんですっ!」


サッちゃんは服を見る。


「ご主人様」


「ん?」


「また、着てもよいでしょうか」


ユウトは笑った。


「サッちゃんの服なんだから、好きに着ればいいじゃん」


「そうなのですが」


少しだけ視線を泳がせる。


「いつ着ればよいでしょう」


「いつって」


ユウトは考えた。


「また、どっか出かける時とか」


「どこかへ」


「うん」


サッちゃんがこちらを見る。


「二人でですか?」


今度はユウトが止まった。


ほんの数秒。


「……まあ」


頭を掻く。


「それでもいいんじゃない?」


サッちゃんの顔がぱっと明るくなる。


「はいっ!」


そのあと、ハンガーの服をもう一度見る。


今度は、少し嬉しそうに。

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