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第16話 ノアちゃんは遊びに誘いたい





放課後。


昇降口で靴を履き替えていたユウトは、柱の横に立つノアに気づいた。


「ノア?」


「はい」


返事は早い。


だが、それだけだった。


黒に近い紺色の髪。いつもの制服。姿勢も表情も普段と変わらない。


ただ、何か言いたそうではある。


「……何?」


「いえ」


「じゃあ、なんで待ってるの?」


「待機しています」


「それは見れば分かる」


隣で靴を履いていたメグミが笑った。


「ノアちゃん、ユウトに何か用事?」


ノアは一度メグミを見る。


それからユウトへ向き直った。


「朝比奈殿」


「うん」


「明日、十三時」


「明日?」


「駅前広場に集合願います」


ユウトの手が止まる。


「……何の任務?」


ノアも止まった。


「任務ではありません」


「じゃあ何?」


数秒。


ほんの少しだけ視線が泳ぐ。


「……任務外交流です」


メグミが吹き出した。


「ごめん。無理」


「メグミ殿?」


「それ、“遊びに行こう”でいいんだよ」


「遊びに」


「うん」


ノアは考え込んだ。


本気で処理している顔だった。


「朝比奈殿」


「はい」


「明日、遊びに行きましょう」


「おお」


言えた。


「十三時、駅前広場集合。遅延許容時間は――」


「後半いらない」


「了解しました」


メグミが肩を震わせる。


「なんで遊ぶ約束なのに作戦開始みたいになるの」


ノアは真面目に答えた。


「集合時刻と場所は重要です」


「そこは間違ってないんだけどなあ」


ユウトが笑う。


その時、ノアがメグミを見る。


少し迷ってから。


「メグミ殿も、よろしければ」


メグミが瞬きをした。


「私も?」


「はい」


「行く行く」


即答だった。


ノアが小さく頷く。


「では、三名で任務外――」


「遊び」


「……三名で遊びます」


今度はメグミが満足そうに頷いた。


◆


その日の夕方。


朝比奈邸。


「遊びに誘う作戦ですねっ!」


サッちゃんが目を輝かせた。


「作戦ではありません」


ノアは即座に訂正する。


「では、交流計画ですっ!」


「悪化してる」


ユウトが突っ込む。


リビングには、ユウト、サッちゃん、リナ、ミナミ、ノア。


明日の行き先を決めるため、ノアが相談した結果である。


リナは紅茶を飲みながら言った。


「普通に出かければいいのよ」


「その“普通”の具体的手順が不明です」


「また普通が高難度になってるな」


サッちゃんが腕を組む。


「まず対象に接近し、目的を明示しますっ!」


「対象って言わない」


今度はミナミがソファの背から身を乗り出した。


「もうデートってことでいいんじゃない?」


「ミナミ」


ユウトが睨む。


ノアが首を傾げた。


「デート?」


「拾わなくていい」


「男女が私的に外出する場合――」


「調べなくていい!」


ミナミが楽しそうに笑う。


サッちゃんがぴくっと反応した。


「ご主人様、デートなのですかっ!」


「違うって!」


「では安心しましたっ!」


「何に?」


「なんでもありませんっ!」


リナが静かにカップを置いた。


「全員、少し黙りなさい」


静かになった。


さすがだった。


「ノア」


「はい」


「何をしたいの?」


ノアが止まる。


「……」


「思いつかない?」


「任務では、目的が先に設定されます」


「今回は自分で決めるのよ」


再び沈黙。


ユウトが助け舟を出す。


「ゲームセンターとかどう?」


ノアがこちらを見る。


「ゲームセンター」


「うん。遊ぶ場所としては普通だろ」


ノアは少し考えた。


「騒音環境、高。人員密度も――」


「分析しない」


「失礼しました」


一拍。


「……それは、楽しそうです」


サッちゃんが拍手した。


「成功ですっ!」


「だから何が成功なんだよ」


◆


翌日。


十三時ちょうど。


ユウトが駅前へ着くと、ノアとメグミはすでにいた。


「早いな」


「十二時三十分より待機しています」


「三十分も?」


「遅刻回避です」


「遊びだよ?」


「はい」


メグミが苦笑する。


「私は十分前に来たんだけど、その時もういた」


ノアは小さく頷いた。


「問題ありません」


「問題ある気がするなあ」


三人で歩き出す。


十数歩。


ノアが立ち止まった。


「朝比奈殿。メグミ殿」


「ん?」


「本日は、よろしくお願いします」


深々と頭を下げる。


ユウトとメグミが顔を見合わせた。


「面接じゃないから」


「失礼しました」


メグミが笑う。


「今日は肩の力抜こうね」


ノアは少し考えてから答えた。


「努力します」


◆


ゲームセンター。


音。


光。


電子音。


呼び込み。


ノアは入口で立ち止まり、店内を見渡した。


「騒音環境、高」


ユウトが横を見る。


「昨日に戻ってる」


「失礼しました」


それでも視線は忙しく動いている。


興味はあるらしい。


「何かやってみたいのある?」


「特にありません」


「じゃあ見ながら決めよう」


「了解――」


ノアが止まる。


「……うん」


ユウトが笑った。


「今、言い直した?」


「練習中です」


「いいじゃん」


「評価ありがとうございます」


「そこは普通に受け取るんだ」


しばらく歩いたところで、ノアの足が止まった。


クレーンゲームだった。


中には、小さな黒猫のぬいぐるみ。


忍者頭巾。


赤いスカーフ。


額には手裏剣の飾り。


背中には小さな忍び刀。


丸い頭に大きな琥珀色の目。


どう見ても、忍者猫だった。


ノアは無言で見ている。


かなり見ている。


メグミが横から覗き込んだ。


「かわいいね」


「……そうでしょうか」


「ノアちゃん、欲しい?」


「いいえ」


「じゃあ行こうか」


ユウトが歩き出す。


ノアは動かなかった。


「欲しいんじゃん」


「観察しているだけです」


「何を?」


「アーム強度」


「完全に欲しい人の観察だよ」


ノアは百円玉を投入した。


「では、一度だけ」


「もうやる気じゃん」


アームが動く。


ノアの表情が変わった。


「対象位置確認。重心、やや右」


「対象って言うな」


「接地面積を考慮すると――」


ボタン。


アームが降りる。


つかむ。


持ち上げる。


落ちる。


「……」


ノアが黙った。


「惜しかったな」


「入力から停止までの遅延が一定ではありません」


「そうなの?」


「はい。身体操作と違い、出力にばらつきがあります」


ユウトは少し納得した。


ノアは狙った通りに身体を動かすことには慣れている。


だが、ゲーム機は必ずしも思った通りに動かない。


二回目。


失敗。


三回目。


また失敗。


メグミがノアを見る。


「悔しい?」


「いいえ」


「三百円使ってるけど」


「検証中です」


四回目。


落ちた。


ノアの眉がほんの少し下がる。


メグミが笑う。


「出てるよ」


「何がですか」


「悔しい顔」


「出していません」


「出てる出てる」


ユウトも笑った。


「俺もやってみていい?」


ノアが場所を譲る。


「どうぞ」


一回目。


ずれる。


「ユウトも下手じゃん」


「うるさいな」


二回目。


少し右。


アームが降りる。


ぬいぐるみの身体を引っかける。


持ち上がる。


ころん。


景品口へ落ちた。


三人とも黙った。


「……取れた」


ユウトが一番驚いていた。


ノアは景品口を見る。


次にユウトを見る。


「朝比奈殿」


「偶然だからな」


ユウトは忍者猫を取り出す。


「ほら」


ノアは受け取らない。


「朝比奈殿が取得したものです」


「ノアが欲しかったんだろ」


「欲しいとは言っていません」


「じゃあ俺がもらおうかな」


手を引く。


ノアの手が動いた。


ぬいぐるみをつかむ。


「……」


メグミが吹き出した。


「欲しいんじゃん」


「……」


ノアは忍者猫を両手で持った。


少しだけ見つめる。


「……ありがとうございます」


声が、いつもより少し柔らかかった。


◆


その後、三人でカフェに入った。


テーブルの上には飲み物。


その横には、忍者猫。


ノアは何度かそちらを見ている。


ユウトが気づく。


「気に入ってるじゃん」


「……悪くありません」


「最大級の褒め言葉っぽいな」


「はい」


メグミが笑った。


「今日は楽しかった?」


ノアはすぐには答えなかった。


少しだけ考えて。


「はい」


短い返事だった。


でも迷いはない。


そのあと、鞄から手帳を取り出す。


「本日の任務外交流について――」


ユウトとメグミが同時に言った。


「記録するの?」


ノアの手が止まった。


「再現性を高めるために」


「次も同じ場所、同じ時刻、同じことするの?」


ユウトが聞く。


「……」


メグミも言う。


「遊びって、毎回違っていいんだよ」


「失敗しても?」


「いいよ」


「予定通りでなくても?」


「むしろ、その方が面白かったりする」


ノアは手帳を見る。


次に、忍者猫を見る。


少し考えてから、ペンを戻した。


「では」


手帳を閉じる。


「詳細記録は省略します」


メグミが笑った。


「全部じゃないんだ」


「集合場所と使用金額は記録します」


「そこは残すんだ」


「収支管理は重要です」


ユウトが笑う。


「まあ、ノアらしいか」


ノアがこちらを見る。


「わたしらしい」


「ああ」


ほんの少しだけ。


ノアの口元が緩んだ。


◆


夕方。


駅前。


「じゃあ私はこっち」


メグミが手を振る。


「また学校でね」


「はい。メグミ殿」


ユウトも帰ろうとした時。


「朝比奈殿」


呼び止められた。


振り返る。


ノアは忍者猫を抱えていた。


「何?」


「本日は、ありがとうございました」


「俺も楽しかったよ」


「はい」


一拍。


ノアが小さく息を吸う。


「また」


止まる。


ユウトは待った。


「また、遊びに行きませんか」


今度は。


時刻も場所も。


集合願います、もなかった。


ユウトは笑う。


「いいよ」


ノアが頷いた。


「……ありがとうございます」


一歩歩いて。


また振り返る。


「次回は、クレーンゲームに再挑戦します」


「そこは継続なんだ」


「敗北したままでは終われません」


「遊びだよ!」


ノアは忍者猫を抱いたまま。


ほんの少しだけ笑った。


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