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第15話 ミナミは写真の外にいる


休日の午後。


朝比奈邸のリビングを、小さな銀色の機械が走り回っていた。


『CLEANING MODE』


ソファに座ったユウトが、その動きを眺める。


「……今日は普通に掃除してるな」


「何その感想」


白衣姿のミナミが、赤いフレームの眼鏡を押し上げた。


「掃除機なんだから掃除するでしょ」


「ミナミが作ったのに?」


「最近ユウト、あたしに遠慮なくない?」


足元では、試作掃除機――カジタスが椅子の脚を器用に避けていく。


その横を、サッちゃんがついて歩いていた。


「正常動作ですっ!」


「なんでサッちゃんが誇らしげなの?」


「朝比奈邸の仲間ですからっ!」


「掃除機まで?」


ダイニングテーブルでは、メグミがマグカップを手に笑っている。


「サッちゃんらしいじゃん」


窓際ではリナが本を読み、その隣には例の丸いウサギクッション。


そして部屋の端には、いつの間にかノアもいた。


ユウトが気づいて振り返る。


「ノア、いつ来たの?」


「四分二十二秒前です」


「普通に入ってきてって言ったよな?」


「通常歩行で入室しました」


「誰も気づいてないけど」


ノアは少し考えた。


「改善します」


「どう改善するんだろ……」


その時だった。


こつん。


カジタスが棚の脚に触れた。


棚が揺れる。


「あ」


上に置かれていた写真立てが傾いた。


サッちゃんが手を伸ばす。


けれど、一歩だけ間に合わない。


ぱたん。


写真立てが床へ倒れた。


「あー……」


ミナミがカジタスを見る。


『SORRY』


「謝罪機能は残してるんだ」


「可愛げは大事だから」


サッちゃんが写真立てを拾う。


「破損ありませんっ!」


「よかった」


ユウトが受け取ろうとした。


だが、サッちゃんの手が止まっている。


「ご主人様」


「ん?」


サッちゃんが見ていたのは、写真だった。


そこには幼いユウトが写っている。


五歳か六歳くらい。


左右には父と母。


三人の後ろには、今よりずっと新しかったKAINの旧メイン端末。


画面には短く、


《READY》


と表示されていた。


「ユウト」


メグミも写真を覗き込む。


「これ、久しぶりに見た」


「知ってた?」


「前に見せてもらったことあるよ」


ミナミが顔を寄せる。


「これ、お父さんとお母さん?」


「うん」


サッちゃんは写真とユウトを交互に見る。


「ご主人様、小さいですっ!」


「子供だからな」


「面影があります!」


「ほんと?」


「はいっ。特に眉間のあたりが!」


「そこ?」


メグミが吹き出す。


リナも写真を見る。


「お父様に似ているわね」


「そうかな」


「目元はお母様にも近いわ」


ユウトは写真を見る。


「笑い方は母親に似てるって、父さんが言ってたかな」


一瞬だけ、部屋が静かになった。


重い沈黙ではない。


ただ、写真の中だけ時間が止まっているようだった。


その静けさを破ったのは、サッちゃんだった。


「では!」


「何?」


「わたしたちも撮りましょう!」


「写真?」


「はいっ!」


サッちゃんは古い写真を見て、それから今のリビングを見回した。


「今の朝比奈邸も、残しておきたいですっ!」


メグミが頷く。


「いいね」


リナも本を閉じる。


「悪くないわ」


ノアも小さく頷いた。


「記録として有用です」


メグミが見る。


「思い出じゃなくて?」


一拍。


「思い出としても有用です」


「言い直した」


ミナミが立ち上がる。


「じゃ、カメラはあたしがやる」


ユウトが眉をひそめた。


「嫌な予感するな」


「写真撮るだけだって!」


◆


十分後。


リビングには三脚と照明とレフ板が並んでいた。


ユウトはそれを見回す。


「写真撮るだけだよな?」


「思い出にピンぼけは許されないの」


「急に格好いいこと言うな」


ミナミがカメラの後ろから指示を出す。


「サッちゃん、もうちょい左!」


「了解しましたっ!」


二歩動く。


「行きすぎ!」


「戻りますっ!」


「戻りすぎ!」


「難しいですっ!」


メグミが苦笑した。


「サッちゃん、普通にユウトの隣に立てばいいよ」


「普通に……」


サッちゃんが真剣な顔でユウトの横へ移動する。


少し近い。


離れる。


また少し近づく。


ユウトが小声で言った。


「相合傘の時の方が自然だったな」


「ご主人様っ!」


サッちゃんの顔が一気に赤くなる。


メグミが横を見る。


「へえ」


「メグミは気にしなくていい」


「まだ何も言ってないけど?」


一方、リナはウサギクッションの隣に座っている。


ユウトがそれを見る。


「持たないの?」


「必要ないわ」


「じゃあどける?」


リナが先にクッションを引き寄せた。


「……画角のバランスに必要よ」


「そうなんだ」


「そうよ」


ミナミがカメラ越しに笑う。


「はいはい。じゃあ撮るよ!」


一枚目。


カシャ。


「サッちゃん硬い!」


「自然を実行中ですっ!」


二枚目。


カシャ。


確認したミナミが眉を寄せる。


「ノアがいない」


全員が振り返る。


ノアは廊下にいた。


「物音を確認していました」


「集合写真中に任務へ戻らないで!」


「申し訳ありません」


三枚目。


今度こそ全員いる。


ミナミが画面を確認して、満足そうに頷いた。


「よし。いい感じ」


ユウトが横から覗き込む。


そこで気づいた。


「……ミナミいないじゃん」


「そりゃ撮ってるからね」


「一緒に撮ろうよ」


「いいって、あたしは」


「なんで?」


ミナミはカメラをいじりながら、軽く肩をすくめた。


「居候まで入ったら人数多いでしょ」


ユウトが止まる。


「住んでるじゃん」


「住ませてもらってる、でしょ」


「同じじゃない?」


「結構違うよ」


ミナミは笑っていた。


いつもの調子で。


けれど。


「違いませんっ!」


サッちゃんが即座に言った。


ミナミが振り返る。


「サッちゃん?」


「ミナミは朝比奈邸の一員です!」


「一員って何の」


「一緒に朝ごはんを食べています!」


「そこ基準?」


「KAINともよく言い合っています!」


「それはあんまり誇れないかな」


ノアが静かに口を開いた。


「ミナミ殿」


「ん?」


「一緒に写真へ写ることに、違和感はありません」


ミナミの表情が、ほんの少しだけ止まった。


リナが続ける。


「写真の外にいる理由にはならないわ」


それだけだった。


ユウトが三脚を指す。


「タイマーあるだろ?」


「あるけど」


「じゃあ決まり」


ミナミは数秒黙った。


「……強引だなあ」


口ではそう言いながら。


少しだけ、笑っていた。


◆


「十秒!」


タイマーを押したミナミが走る。


「八!」


「急いでくださいっ!」


「分かってる!」


「六!」


リナが静かに言った。


「ミナミ、足元」


「え?」


照明用のコード。


「あ」


引っかかった。


「うわっ!」


身体が前へ傾く。


ユウトが反射的に手を伸ばす。


「危な――」


抱きとめた。


カシャ。


全員が止まった。


ミナミはユウトの腕の中。


ユウトも中途半端な姿勢。


サッちゃんは目を大きく見開いている。


メグミは口元を押さえている。


リナは妙に冷静。


ノアだけがカメラを見た。


「撮影成功です」


「そこ成功扱い!?」


ミナミが慌てて離れる。


「今の消して!」


「なんで?」


「転んでるから!」


サッちゃんがすっと手を上げる。


「もう一枚撮りますっ!」


ユウトが見る。


「なんで?」


「公平性のためです!」


「何の?」


「……公平性ですっ!」


メグミが吹き出した。


「サッちゃん、分かりやすい」


「何がですかっ!」


「なんでもないよ」


「メグミ様!」


ミナミまで笑い始めた。


◆


そのあと、ちゃんとした集合写真も撮った。


サッちゃんはユウトの隣。


メグミは反対側。


リナの膝にはウサギクッション。


ノアも今度は途中で消えない。


そして。


ミナミもいる。


「これでいいんじゃない?」


ユウトが言う。


「うん。いい感じ」


ミナミも頷いた。


画面を送っていく。


そして、例の事故写真。


ミナミが転びかけ。


ユウトが抱きとめ。


サッちゃんは驚いている。


メグミは笑いをこらえ。


リナはウサギを抱いたまま冷静。


ノアは真顔でカメラを見ている。


全員ばらばらだった。


「……ひどい」


ミナミが呟く。


サッちゃんが首を傾げる。


「わたしは、これが好きですっ!」


「なんで?」


「みんな、います!」


「ちゃんとした方もいるけど?」


ユウトも写真を見る。


「でも、こっちの方がうちらっぽいな」


メグミが頷く。


「分かる」


ミナミはもう一度、写真を見る。


きれいでもない。


格好よくもない。


でも。


自分も、ちゃんと写っている。


「……まあ」


眼鏡を少し押し上げた。


「悪くないか」


◆


翌朝。


ユウトは廊下の棚の前で足を止めた。


古い写真立て。


父と母と、小さな自分。


その隣に、新しい写真立てが増えている。


入っていたのは、きれいな集合写真ではない。


あの事故写真だった。


「……こっち選んだんだ」


ちょうどミナミが通りかかる。


「何が?」


ユウトが写真立てを指した。


「これ」


「ああ」


「ミナミが置いた?」


「知らない」


「写真立て、新しいよな」


「知らないって」


早足になる。


耳が少し赤い。


《補足》


KAINの声が響いた。


《写真立ての購入者は――》


ミナミが止まる。


「KAIN」


《はい》


「それ以上喋ったら分解するよ」


《沈黙します》


ユウトが吹き出した。


「やっぱりミナミじゃん」


「聞こえない!」


「聞こえてるだろ」


ミナミはそのまま廊下の向こうへ消えていった。


ユウトは、二つの写真立てを見る。


写っている顔ぶれは、まるで違う。


でも。


どちらも、朝比奈邸の写真だった。

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