第7話 何ができる
「本日は、二人一組での実技評価を行う」
教官の声に、中庭の空気が張り詰めた。組手だけでは分からないもの、と教官は言った。連携、判断、状況への対応――それらをまとめて見るための試験らしい。
合格の基準は明かされなかった。ただ、「脱落」という言葉だけは、はっきりと聞こえた。誰も聞き返さなかったところを見ると、その言葉の意味を尋ねることさえ、ここでは避けたほうがいいのかもしれなかった。
相手はまた「六番」だった。この数日、僕らは何度も同じ組にされていた。偶然にしては多すぎる気がしたけれど、理由を聞ける相手も雰囲気もなかった。
組手のときと同じ場所に立つと、少しだけ気が楽になっている自分に気づいた。誰かと組むことに慣れてきているのか、それとも、この相手にだけ慣れてきているのか、自分でもよく分からなかった。
「今日も一緒か」
「文句あるなら、教官に言えば」
「言わないよ」
そっけない会話だったけれど、初めて組まされた日よりは、間合いが近くなっている気がした。
試験の内容は、木製の壁で区切られた広い区画に、二人一組で入り、奥に置かれた印を先に見つけて持ち帰るというものだった。区画の中には教官が扮した「見張り」がいて、見つかれば減点になるという。
「見つかったら?」
僕が聞くと、六番は肩をすくめた。
「知らない。聞いても、いつも同じ返事しか来ない」
ここでは、質問への答えより、質問したこと自体を覚えられるほうが怖い。そんな気がしてきていた。
区画に入ると、思っていたより薄暗かった。板の隙間から差し込む光だけが頼りだった。足音を立てないように、六番は驚くほど滑らかに歩いた。僕はというと、緊張のせいで逆に体が強張って、動きがぎこちなくなった。
板と板の間から漏れる光の筋が、埃の中に浮かんで見えた。どこかで見張り役の足音がしていて、その方向を探るたびに、心臓の音がうるさく感じられた。
「そこで、止まって」
小声で言われて、僕は言われるまま足を止めた。数秒後、見張り役の教官が、僕らのすぐ横を通り過ぎていった。気づかれた様子はなかった。
「……なんで分かった?」
「足音。近づいてくるの、聞こえたから」
それだけだった。すごい、と言いかけて、六番の表情が特に得意げでもないことに気づき、言葉を飲み込んだ。当たり前のことをしているだけ、という顔だった。
奥へ進むにつれて、僕は自分でも気づかないうちに、呼吸の音まで抑えようとしていた。動かずにいるときのほうが、なぜか落ち着く。妙な感覚だった。
村にいた頃、床下の穴に隠れていたときのことを、少しだけ思い出した。あのときも、じっとしていることだけが、僕にできる唯一のことだった。
「あんた、さっきから、止まるの妙に上手いね」
「そうかな」
「怖がってるだけかと思ったら、違う。止まってる間、ほとんど気配がない」
自分では、ただ怖くて固まっているだけのつもりだった。それを気配がないと言われても、うまく実感が湧かなかった。
印を見つけたのは、六番だった。木箱の裏に隠された小さな石を、迷いなく引き当てた。積まれた木箱の並びや、床の埃の乱れ方から、隠し場所の見当をつけていたらしい。僕にはとても真似できない観察の仕方だった。
「あんたが止まってくれてる間に、探せた」
褒めているのか、単なる感想なのか分からない口調だった。それでも、役に立てたのだと分かって、少しだけ肩の力が抜けた。
区画を出ると、別の組がちょうど戻ってくるところだった。先頭を歩いていたのは、あの傷だらけの男の子だった。
「アルト、そっちは」
教官の一人が名前を呼んだ。名前があるのか、と僕は少し驚いた。番号ではなく、名前で呼ばれている生徒は少ないらしい。
「見張り役、二人とも避けました」
短く報告する声には、揺るぎない自信があった。相方らしい子供が、疲れ切った顔で後ろをついてきていた。
すれ違いざま、アルトと呼ばれた男の子が僕を見た。
「まだ生き残ってたのか」
「おかげさまで」
「その減らず口、いつまで持つかな」
嫌味というより、値踏みするような口調だった。
「お前の相方は、探すのが得意そうだな。お前は、何ができる」
答えに詰まった。何ができるかと聞かれて、すぐに答えられるものが、僕には何もなかった。
「……分からない」
「分からないままだと、そのうち置いていかれるぞ」
それだけ言うと、彼はさっさと列に戻っていった。忠告なのか、ただの挑発なのか、判断がつかなかった。
評価が終わったあと、教官が結果を読み上げた。僕らの組は「合格」の中でも下のほうだったけれど、脱落者の列には入らなかった。名前ではなく番号が読み上げられるたびに、周りの空気がわずかに揺れた。「不合格」と告げられた組の子供たちは、そのまま別の場所へ連れて行かれ、二度と戻ってこなかった。
ほっとしたのは、僕だけではなかったようだった。六番も、わずかに肩の力を抜いていた。
連れて行かれた子供たちが、その後どうなったのか、誰も教えてくれなかった。聞く勇気も、正直なところなかった。
「今日は、助かった」
「次も同じ組になるとは限らない」
素っ気なく返されて、それ以上は続かなかった。それでも、拒まれているようには感じなかった。
寝台に戻る途中、マティが心配そうな顔で待っていた。
「あんちゃん、怪我してない?」
「してないよ。大丈夫」
言ってから、僕はその言葉を少し意外に感じた。今日は、根拠のない「大丈夫」ではなかった。
「今日は、何したの」
「隠れんぼ、みたいなもの」
マティは少しだけ笑った。ここに来てから、初めて見る笑顔だった気がした。その顔を見られただけで、今日一日の疲れが少し軽くなった。
夜、天井を見上げながら、僕は昼間の六番の言葉を思い出していた。止まっている間、ほとんど気配がない。自分では分からない自分の何かを、他人に言われて初めて知る。そんな感覚が、少しだけ落ち着かなかった。
アルトの声も、頭の奥に引っかかったままだった。何ができるかと聞かれて、何も答えられなかった自分が、少しだけ悔しかった。何ができるのか、僕自身、まだ分かっていなかった。




