第5話 灯らない光
甲高い鐘の音で目が覚めた。
一瞬、ここがどこか分からなかった。見慣れない天井、隣の寝台で身を起こす知らない子供たち、木の匂いではなく石と埃の匂い。それで思い出した。村はもうない。僕はここにいる。
体を起こすと、あちこちが軋むように痛んだ。荷車に何日も揺られた疲れが、まだ抜けきっていなかった。
「起きろ。全員、中庭に集合」
扉の外から兵士の声が響いた。誰も口答えしない。周りの子供たちが黙って身支度を始めるのを見て、僕もそれに倣った。誰も僕に話しかけてこなかったし、僕も話しかけられなかった。着替えといっても、渡された灰色の上着に袖を通すだけだった。昨日まで着ていた服は、いつの間にか取り上げられていた。
中庭に出ると、昨日より多くの子供が並んでいた。灰色の上着を着た、ここに長くいるらしい子供たちの姿もある。みんな一様に無表情で、列を乱す者はいなかった。
「順に朝食へ。終わり次第、基礎鍛錬」
短い説明だけで、あとは何も言われなかった。何が「基礎鍛錬」なのか、聞き返す隙もなかった。
食堂は広く、長い机がいくつも並んでいた。配られたのは薄い粥と、小さなパンが一つ。マティの姿はどこにもなかった。あの女の子も見当たらない。同じ建物にいるはずなのに、こんなに簡単に見失ってしまうのかと、僕は改めて思い知った。
「そこ、座れ」
指示された席に着くと、向かいに座っていた男の子が僕を一瞥した。年は少し上、十三か十四くらいだろうか。昨日、廊下の向こうで木剣を振っていた子だと、すぐに分かった。動きの鋭さは、離れて見てもはっきり覚えている。近くで見ると、腕や首筋にいくつも傷の痕があった。真新しいものではなく、もう馴染んだ古い傷ばかりだった。
「新入りか」
「……うん」
「その怯えた顔、長くは持たないぞ」
からかうような口調ではなかった。ただ、事実を告げるような言い方だった。
「お前、剣は」
「持ったことない」
「体術は」
「畑仕事しか、してない」
男の子は小さく息を吐いた。呆れたのか、興味を失ったのか、判断がつかなかった。
「ここでは、弱いやつから先に脱落する。庇う相手がいるなら、その分だけ足を引っ張られると思え」
マティの顔が頭に浮かんだ。庇う相手がいる、という言葉が、自分のことを言われているように聞こえた。
「脱落したら、どうなる」
「知らない。知ってるやつもいない」
それだけ言うと、男の子は粥を口に運び始めた。
「名前、聞いてもいい?」
「今のうちに仲良くなろうって腹か」
「そういうわけじゃ……」
「別に。仲良くなったところで、得はしない」
男の子はそれきり黙り、視線を粥の皿に戻した。名前も聞かないまま、僕らの会話は終わった。拒まれたというより、初めから期待していなかったような態度だった。
そう言われて、僕は何も返せなかった。得を考えて誰かと話すという発想自体、僕にはまだなかった。
食事のあと、中庭に戻ると、教官らしい大人が現れて基礎鍛錬の説明を始めた。走り込み、体術の型、簡単な魔力操作の確認。どれも簡単そうに聞こえて、実際にやってみると、体がまるで追いつかなかった。
走り込みが始まると、すぐに息が上がった。畑仕事で鍛えたつもりの足も、決められた速さについていくだけで精一杯だった。列の後ろの方で、何度も転びかけながら走る自分が、情けなくもあり、それでも止まるわけにはいかなかった。
魔力操作の確認では、掌の上に小さな灯りを浮かべるよう言われた。何人かの子供は、頼りないながらも小さな光を灯すことができていた。僕はいくら力を込めても、指先が少し温かくなるだけで、光はまったく現れなかった。教官は僕の掌を一瞥すると、何も言わずに紙へ印をつけて、次の子へ移っていった。できなかったことが、良いことなのか悪いことなのか、その顔からは読み取れなかった。
隊列の中に、あの女の子の姿を見つけた。少し離れた場所で、他の子供たちに混じって型を真似している。目が合うことはなかったけれど、僕は少しだけ安心した。少なくとも、ここにいる。それだけで、今は十分だった。
彼女の魔力操作の番になったとき、僕はつい目で追ってしまった。掌の上に、他の子より一回り小さいけれど、確かな光が灯っていた。教官が何か短く言うと、彼女は表情を変えないまま頷いた。僕とは違う結果に、少しだけ距離を感じた。
鍛錬の途中、さっきの男の子が僕の横を涼しい顔で通り過ぎていった。同じ動きをしているはずなのに、疲れている様子がまるでない。差を見せつけられているようで、悔しさよりも先に、恐ろしさを感じた。ああいう人間が、これから何人もいる場所なんだと思うと、足がすくんだ。
型の合間、教官が数を数えながら列を見回っていた。息を切らして遅れていた僕は、叱られると身構えて動きを止めた。ところが教官の視線は、なぜか僕の上を素通りして、隣の子供へと移っていった。見つからなかったことに安堵しながらも、どこか薄気味悪い感覚が残った。ただ運が良かっただけだ、と自分に言い聞かせた。
昼過ぎ、短い休憩の時間に、僕はマティの様子を教官に尋ねた。
「治療棟の子供の容体は、こちらでは把握していない」
にべもない答えだった。それ以上聞いても、答えは変わらない気がした。それでも、聞かないよりはましだった。生きている、と信じるしかなかった。
夕方、鍛錬が終わって寝台に戻る頃には、体のあちこちが痛んでいた。慣れない動きのせいなのか、緊張のせいなのか、区別がつかない。
窓の外を見ると、もう日が落ちかけていた。故郷を出てから、まだ数日しか経っていない。それなのに、村での暮らしがひどく遠い昔のことのように感じられた。
父さんと母さんは、今どこにいるのだろう。生きているなら、僕を探してくれているだろうか。それとも――
考えるたびに、胸の奥が締めつけられた。
隣の寝台では、名前も知らない子供たちが、それぞれの疲れを抱えたまま眠りに落ちていく。誰も泣いていなかった。泣く元気すら、もう残っていないのかもしれない。
それでも僕は、目を閉じる前にもう一度、明日はマティに会えるかもしれないと、根拠のない希望を握りしめた。




