第2話 値踏み
僕はマティを支えながら、剣を持った兵士に追い立てられるようにして歩いた。縄で縛られた手首が背中でこすれて痛む。歩くたびにマティが「いたい、いたい」とつぶやいて、その度に僕は歩幅を合わせようとしたけれど、うまくいかなかった。
村の中心――普段は市が立つ広場に、大勢の人が集められていた。地面に座らされている人、まだ立ったまま呆然としている人、腕や足に布を巻かれている人。煙のにおいと、誰かの泣き声が絶え間なく続いていた。
僕は広場を見渡した。父さんと母さんの姿を探して、何度も同じ場所を見た。知っている顔はいくつかあった。隣の家のおばさん、羊飼いのおじさん。人垣の間を縫うように何度も目を走らせたけれど、父さんも母さんも見つからなかった。
「父さん……」
声に出しても、返ってくるものはなかった。生きているのか、それとも――そこから先は考えたくなかった。考えたら、立っていられなくなる気がした。
「そこの二人、進め」
兵士に肩を押されて、僕らは列に加わった。近くで、女の人が地面に膝をついて誰かの名前を呼んでいた。子供の名前だった。誰も答えなかった。
しばらくすると、別の兵士たちが声を張り上げた。
「大人はこちらへ。十二歳以下、進み出ろ」
人の群れが二つに分かれていく。子供の手を引いて離れまいとする親もいたけれど、兵士に引き剥がされていた。僕はマティの手を引いて、子供たちの列に並んだ。マティが母親を探して泣き出した。
「かあさん、かあさんどこ」
「……分からない。でも、今は僕と一緒にいて」
自分の声が震えているのが分かった。分からないのはマティの母親だけではない。僕の両親もそうだった。
子供の列の先で、兵士が一人ずつ確認していた。縄を軽く解いて、腕を掴んで持ち上げ、身体つきを見る。何か布に包まれた石のようなものを手のひらに押し当てる兵士もいた。石が光る子供と、光らない子供がいた。光った子供の名前だけが、別の兵士に書き留められていた。
「年齢」「怪我の有無」――兵士たちは短く言葉を交わすだけで、誰にも説明はしなかった。ただ確認し、記録し、次へ進む。それだけの作業だった。感情のこもった声は、一度も聞こえなかった。
兵士たちは笑ってもいなければ、面白がってもいなかった。誰かをからかうような素振りも見せなかった。ただ、決められた手順をこなしているだけだ。そのことが、かえって僕を落ち着かなくさせた。
僕のすぐ前にいた、まだ三つか四つくらいの子が、確認を終えた兵士に何も言わずに脇へ寄せられた。母親らしき人が声を上げたけれど、兵士は「幼すぎる。運搬に向かない」とだけ答えた。その子がその後どこへ連れて行かれたのか、僕は見なかった。見られなかった。
僕の番が来た。兵士は僕の腕を掴み、目や歯を短く見て、「異常なし」とだけ言った。石を手のひらに当てられたが、何も光らなかった。兵士はそのまま次へ視線を移した。
問題は、マティだった。
「歩行不可」
兵士がマティの足を一瞥して言った。地面につけないように庇っている右足は、腫れて赤黒く変色していた。兵士がマティの腕を軽く引くと、マティは声を上げて泣いた。
「いたいよ、あんちゃん、いたいよ」
「歩けない子は、後ろへ」
その「後ろ」がどこを指しているのか、僕には分からなかった。分からないまま、それが良い場所ではないことだけは分かった。少し離れた場所に集められている人たちの中には、年老いた人や、ひどい怪我をした人ばかりがいた。誰かがそこから運ばれていく様子は、一度も見えなかった。
「待って」
気づいたら声が出ていた。
「僕が運びます。背負って歩かせます。足は、僕が見ます」
兵士は僕を一瞥した。表情は変わらなかった。値踏みするような目だった。
「お前が運搬できるのか」
「できます」
できるかどうかなんて、本当は分からなかった。それでも、そう言うしかなかった。マティを手放すことのほうが、僕にはずっと怖かった。
兵士はしばらく僕とマティを見比べたあと、何も言わずに手元の紙に何かを書き込んだ。
「荷車に乗せろ。歩けるようになるまで様子を見る」
それだけだった。良かったのか悪かったのか、僕には判断がつかなかった。ただ、マティが「後ろ」に連れて行かれずに済んだことだけは分かった。
胸元に手をやったとき、そこに何もないことに気づいた。父さんが作っていた鳥の飾り。あれは父さんが懐にしまったままだった。もう一度作ってもらえるのか、それとも――考えかけて、僕は首を振った。今は考えないほうがいい。
荷車の前まで来ると、すでに何人かの子供が乗せられていた。よく見ると、僕らの村の子だけではないようだった。着ている服の色も、話し方の訛りも違う子がいた。土埃で汚れた顔の中に、見覚えのない顔ばかりが並んでいる。どこか別の場所から連れてこられたのだと、なんとなく分かった。
その中に、僕と同じくらいの年の女の子がいた。他の子たちのように泣いてはいなかった。ただ、兵士の動きと荷車の出入り口を、交互に見ていた。目だけが忙しく動いていた。
僕がマティを荷台に押し上げていると、その子がこちらを見た。
「その足の子、庇ってると、あんたまで面倒な奴だと思われる」
短い声だった。責めているのでも、心配しているのでもない、ただ事実を告げるような言い方だった。
「……でも、置いていけない」
女の子はそれ以上何も言わず、少しの間、僕とマティを見た。それから、探るような目を兵士のほうへ戻した。怖くないわけではないのだと、僕はなんとなく感じた。ただ、それを顔に出さないようにしているだけだった。
「名前は」と聞こうとして、やめた。今それを聞いてどうなるものでもない気がした。女の子も、僕の名前を聞いてはこなかった。
荷車が動き出した。車輪が地面の石を拾うたびに、身体が揺れた。マティは僕の腕にしがみついて、まだ小さく泣いていた。
僕は後ろを振り返った。村は燃え続けていて、煙が空を黒く染めていた。あの中のどこかに、父さんと母さんがいる。生きているのか、もういないのか、僕には分からない。
分からないまま、僕は二人を置いて村を出ていく。生きろと言った母さんの声が、耳の奥でまだ響いていた。生きるということが、こんな形になるとは思っていなかった。
荷車が角を曲がると、家々の屋根も、井戸も、見えなくなった。僕にできたのは、隣で震えているマティの手を、強く握り返すことだけだった。




