第15話 また明日
翌朝、不合格者の召集がどう行われたのか、僕は結局、何も見なかった。ただ、朝食の席に、また何人か顔が減っていた。
誰も、それについて話さなかった。話さないことが、この場所での暗黙の作法になりつつあった。
「今日は、休息日だそうだ」
隣で椀を受け取りながら、聞き覚えのない声がした。振り向くと、同じくらいの年頃の男の子が、少し困ったような笑みを浮かべていた。
「昨日の模擬戦、そっちの組も通ったんだろ。俺たちも、ぎりぎり通った」
「そうなのか」
「ダンっていう。よろしく」
差し出された手を、僕は少し戸惑いながら握った。ここに来てから、自分から名乗ってくれる相手は、あまりいなかった。
「ノエル。こっちはリナ」
「知ってる。二人一組で連携して勝った組だろ。噂になってた」
隣に座っていた小柄な女の子が、ダンの肩を軽く小突いた。
「勝手に仲良くなんな。私はエマ」
「よろしく」
「あんたたちの戦い方、ちょっと変わってたって、見てた奴が言ってたよ。片方が急に止まって、隙を作るやつ」
見られていたのか、と僕は少し落ち着かない気分になった。
「たまたま、うまくいっただけ」
「たまたまでも、通れば同じ。昨日、それで消えた組もあったんだから」
エマの言い方は軽かったけれど、その内容は軽くなかった。消えた組、という言葉が、食堂の空気に馴染みすぎていることに、僕は改めて怖さを感じた。
「ダンとエマは、同じ村の出身なのか」
「いや、違う村。でも、来た時期が近くて、最初の課程からずっと一緒だった」
「じゃあ、僕らと似たようなものか」
「かもな」
ダンが笑うと、少しだけ、この場所らしくない緩んだ空気が生まれた。
そんな些細なやり取りに、こんなに安心する日が来るとは思わなかった。灰巣に来てから、誰かの笑顔を見て自分も緩む、という感覚を、僕はほとんど忘れかけていた。
休息日らしく、日差しはいつもより柔らかく感じられた。中庭の隅、訓練の合間には座ることもなかった場所に、四人並んで腰を下ろすと、少しだけ、村にいた頃の午後を思い出した。
「ダン、家族は」
聞いてから、失礼な質問だったかもしれないと思った。それでも、ダンは特に気にする様子もなく答えた。
「弟が二人いた。一人は、村を出るときに、はぐれた」
言葉の途中、ダンの表情がほんの一瞬だけ揺れた。それ以上は、聞かないほうがいい話なのだと分かった。
「一人は?」
「別枠、ってやつに入ってる。まだ小さいから」
その言葉に、僕は思わずマティのことを思い出した。
「僕にも、似たような子がいる。年下の子で、まだあっちにいる」
「そうか。じゃあ、お互い様だな」
短いやり取りだったけれど、それだけで、何か通じるものがある気がした。
「休息日、何するんだ」
「特に何も。ただ、体を休ませていいってだけ。こういう日、俺は結構好きだ」
「好き?」
「何も考えなくていい時間って、意外と貴重だろ」
ダンの言葉に、僕は少し驚いた。ここに来てから、何も考えない時間なんて、一度もなかった気がした。
その日の午後、僕らは四人で、訓練場の隅に座って過ごした。ダンは意外と口数が多く、エマはそれに軽口で応じる。リナは相変わらず口数が少なかったけれど、時折、話に加わることもあった。
「そういえば、模擬戦の時、アルトの組見たか」
ダンが思い出したように言った。
「見た。ほとんど反撃もさせてなかった」
「だよな。同期の中でも、あいつだけ別枠って感じがする」
「別枠、って言葉、今日はもう聞き飽きた」
エマが茶化すように言うと、ダンが小さく笑った。深刻になりすぎないように、誰かが意識して空気を変えているような気がした。それが、この場所で生き延びるための知恵なのかもしれなかった。
「リナは、あんまり喋らないんだな」
「別に。喋ることがないだけ」
「もったいない。せっかく生き残ったんだから、喋れるうちに喋っとけよ」
軽い調子で言われた言葉だったけれど、生き残った、という表現には、どこか重みがあった。ここでは、それが冗談で済ませられる範囲の言葉なのだと、改めて思い知らされた。
「エマは、なんでそんなに前向きなんだ」
僕が聞くと、エマは肩をすくめた。
「前向きなんじゃなくて、暗い顔してても状況が変わらないから、せめて明るくしてるだけ。あんたも、たまには笑えよ」
「笑えるほど、余裕ない」
「余裕がないときこそ、笑っとくもんだよ。癖にしておかないと、いざという時に出てこない」
妙に説得力のある言葉だった。エマがどんな経験をしてきたのか、詳しくは知らなかったけれど、その言葉の裏には、彼女なりの理由があるのだろうと感じた。
夕方、四人で別れる時、ダンが言った。
「また明日な」
「うん、また明日」
当たり前のようにそう答えたけれど、この場所で交わす「また明日」が、どれだけ確かなものなのか、僕にはまだ分からなかった。
「リナも、また明日な」
「……うん」
いつもならそっけなく返すはずのリナが、少しだけ間を置いてから答えた。彼女なりに、この四人の時間に、何かを感じ始めているのかもしれなかった。
夜、寝台に横になりながら、僕は今日一日を振り返った。ダンとエマの存在は、この場所での毎日に、少しだけ違う色を加えてくれた気がした。それが嬉しくもあり、同時に、失うことへの怖さも、静かに増えていくのを感じた。
誰かと親しくなるたびに、失うかもしれないという不安が、影のようについてくる。ここに来る前は、そんなことを考えたこともなかった。それも、この場所が僕に教え始めていることの一つなのかもしれなかった。
マティのことも、また少し考えた。あの子にも、いつか誰かこんな友達ができるのだろうか。そうであってほしいと、僕は願った。同時に、その願いがどこか虚しく響くことにも、気づかないふりをした。




