第14話 二人で立つ
「明日から、模擬戦形式の評価を行う」
夕食の場で、教官がそう告げた。今までの型稽古とは違う、実戦に近い形式らしい。
「刃は落としてあるが、当たれば痛い。手加減は、こちらではしない」
その一言に、食堂の空気が張り詰めた。
「相手は、別の組との対戦になる。二人一組で連携し、相手の組を降伏させろ」
隣でリナが、静かに息を吐いた。
降伏の基準は明かされなかった。相手が動けなくなるまでなのか、教官が判定するのか、それすら分からないまま、翌日を迎えることになった。
「やっと来たか、こういうの」
「やっと、って。楽しみにしてたのか」
「別に。ただ、型稽古よりは、まだ分かりやすい」
彼女の言葉の意味を、僕は完全には理解できなかった。それでも、覚悟を決めているような横顔だけは、はっきり伝わってきた。
翌日、僕らに割り当てられた対戦相手は、体格の大きな少年と、小柄で素早い少女の組だった。二人とも、これまでの評価で名前を聞いたことのある顔だった。
訓練場の中央には、地面に白い線で四角い枠が引かれていた。その外に出るか、倒れて動けなくなるか、あるいは相手に武器を突きつけられるか。何をもって決着とするのか、線を見ているうちに、少しずつ実感が湧いてきた。
「作戦、ある?」
リナに聞かれて、僕は少し考えた。
「僕は、正面からじゃ勝てない。だから――」
「隙を作る役をやるってこと?」
「うん。僕が止まった時気配薄くなるんでしょ」
「それだけ聞くと頼りないけど、まあ、あんたの止まる動きは、実際に効くから」
言われて、少しだけ気が引き締まった。自分でも自覚のない特技を、初めて実戦の作戦の中に組み込まれた気がした。
「あと、私が動くタイミングは、目で合図する。声を出す余裕、たぶんない」
「分かった」
「分かってなくていいから、とにかく私の動きを見て」
念押しするような言い方だった。信頼されているというより、任されている、という表現の方が近い気がした。それでも、初めて誰かと二人で立ち向かう感覚は、これまでの一人での戦いとは、まるで違うものだった。
対戦が始まると、体格差ははっきりしていた。大きな少年が正面から踏み込んでくると、僕は避けるだけで精一杯だった。何度か木刃をかすめられ、腕に鈍い痛みが走った。
刃は落としてあるといっても、木刃の一撃は重かった。かすめられるたびに、骨の芯まで響くような痛みが走る。手加減はしないという教官の言葉を、体で思い知らされた。
「今!」
リナの声が飛んだ瞬間、僕は動きを止めた。反射的な行動だった。相手の視線が、ほんの一瞬、僕を見失った。その隙に、リナが小柄な少女の側面へ回り込み、木刃を喉元に突きつけた。
「そこまで」
教官の声で、少女側の組が動きを止めた。残る大きな少年が、僕とリナの二人に向き直る。数の不利は、明らかにこちらにあった。
「僕が引きつける。リナは――」
言い終える前に、リナはすでに動いていた。地面に落ちていた小石を、少年の足元に蹴り飛ばす。少年がわずかにバランスを崩した瞬間、僕はその隙を突いて、木刃を相手の手首に叩き込んだ。
「そこまで」
再び教官の声が響いた。組同士の勝敗が決まった瞬間だった。
「勝った……のか」
「勝った」
リナが短く言うと、詰めていた息を吐き出した。僕もようやく、自分の心臓の音がうるさいほど鳴っていたことに気づいた。手首に痺れが残っていて、木刃を握っていた指の感覚がまだ戻らなかった。
負けた組の二人は、悔しそうな顔もせず、ただ黙って線の外へ出ていった。感情を見せることさえ、ここでは意味がないのかもしれなかった。
少し離れた場所では、アルトの組が、圧倒的な差で対戦を終えていた。相手の組は、ほとんど反撃らしい反撃もできないまま、地面に転がされていた。アルトは息一つ乱していなかった。
「あいつと当たらなくて、良かったかもな」
リナがぼそりと言った。
「本当だな」
対戦を終えたアルトが、こちらに気づいて近づいてきた。
「そっちも、通ったのか」
「なんとか」
「なんとかでも、通れば同じだ」
素っ気ない言葉だったけれど、いつものような棘は感じなかった。彼は僕とリナを一瞥すると、それ以上何も言わずに、また自分の場所へ戻っていった。
対戦を終えたあと、教官が結果を淡々と読み上げた。合格、不合格。数字と組み合わせの名前だけが並ぶ、感情のこもらない発表だった。
僕らの組は、合格の中に名前があった。安堵よりも先に、消えていった顔ぶれのことが頭をよぎった。今日も、何組かが、そのまま列から外されていった。
「不合格者は、明日、別途召集する」
その一言だけで、教官は説明を終えた。明日、何が行われるのか。誰も、それを尋ねる勇気を持たなかった。
夕方、鍛錬場の隅で、リナが小さく息をついた。
「今日、あんたの止まる動き、思ったより役に立った」
「うん、自分でもよく分からないけど」
「分からないままでいいと思う。分かった瞬間、使えなくなる気がする」
彼女の言葉に、僕は妙に納得してしまった。
夜、寝台に横になりながら、僕は今日の戦いを振り返った。誰かを傷つけることに、少しずつ、抵抗が薄れてきている自分がいる気がした。それが成長なのか、何かを失っている証なのか、自分では判断がつかなかった。
木刃を相手の手首に打ち込んだ感触が、まだ手のひらに残っていた。あれが刃だったら。考えかけて、僕はすぐにその先を打ち消した。今はまだ、刃ではなかった。それだけが、かろうじての救いだった。
マティは、今日も無事だっただろうか。父さんと母さんは、今もどこかにいるのだろうか。答えの出ない問いを抱えたまま、僕は目を閉じた。明日、不合格だった子供たちがどうなるのか、聞かないままでいることが、正しいのかどうかも分からなかった。




