番外編2:元婚約者のその後
アルドレア王国は、完全に没落した。
ヴェリーナ経済圏から取り残され、隣国レミア帝国との格差は開くばかり。アメリア・グランフォードという才能を切り捨てた代償は、国そのものを傾かせるほどに大きかった。
王太子レオナルドは、貴族たちの支持を完全に失い、ついに王位継承権を剥奪された。新たな王には、彼の聡明な弟が立てられた。
居場所のなくなったレオナルドは、事実上の亡命という形で、南方の小さな王国へと追いやられた。彼には、わずかな供回りと、ささやかな年金だけが与えられた。
彼の新しい住まいは、王都の宮殿とは比べ物にならないほど粗末な館だった。
「……また、これか」
朝食のテーブルに置かれたのは、色鮮やかなジャムが塗られたパン。それは、この国でも大流行しているヴェリーナジャムだった。その濃厚な甘みは、食べる者の心を豊かにするはずだったが、レオナルドにとっては苦痛でしかなかった。
街へ出れば、カフェの看板には「特製ヴェリーナジュース」の文字が躍る。貴婦人たちの間では、ヴェリーナのエキスが入った化粧水が人気を博している。夜、寂しさを紛らわすために飲む酒も、ほのかにヴェリーナの香りがする果実酒だ。
どこにいても、何をしても、彼女を思い出してしまう。
アメリア。
自分が捨てた女の名前が、世界中に轟いている。彼女が生み出した果実が、世界中の人々の生活を潤している。
「もし、あの時……」
何度、そう思っただろうか。もし、あの時、彼女の才能を認め、手を取り合っていたら。今頃、自分は偉大な王として、歴史に名を刻んでいたかもしれない。
だが、現実は違う。自分は、歴史の敗者として、異国の地でひっそりと暮らしている。
ある日、彼は街で吟遊詩人が歌う詩を耳にした。
「♪一人の乙女が蒔いた種 黄金の果実となりて
国境を越え 人々を救い 世界に平和をもたらす
その名は聖女アメリア 果実の愛を歌う…♪」
レオナルDは、乾いた笑いを漏らした。
聖女、か。自分が「悪役令嬢」と断罪した女が。
彼は、どこにいても彼女の存在から逃れることはできない。彼女が生み出した豊かさに囲まれながら、その恩恵を享受しながら、一生、後悔と孤独の中で生きていく。
それこそが、神が彼に与えた、最も皮肉で残酷な罰だったのかもしれない。




