第11章:ヴェリーナ・ノート、世界を潤す新通貨
ヴェリーナ国際開発機構(VIDA)の活動が軌道に乗るにつれ、一つの問題が浮上してきた。それは、ヴェリーナの価値があまりにも高騰しすぎたことだ。
もはや「金より高価」では済まされず、国家間の取引や大規模なプロジェクトで現物のヴェリーナを動かすのは、リスクもコストも大きくなりすぎていた。まるで、巨大な金塊を荷馬車で運ぶようなものだった。
「アメリア、何か良い方法はないかしら?」
レミア帝国の首都で行われた定例会議で、クラウディア皇女が眉をひそめた。
「このままでは、ヴェリーナが一部の富裕層だけのものになってしまうわ。私たちの理念は、もっと多くの人々を豊かにすることのはずよ」
「ええ、私も同感です。実は、一つ考えていることがあります」
私は、かねてより温めていた計画を打ち明けた。それは、世界の金融システムを根底から覆す、大胆なアイデアだった。
「ヴェリーナそのものを動かすのではなく、ヴェリーナの価値を担保とした『証券』を発行するのです」
「証券?」
「はい。VIDAが管理する巨大な冷蔵倉庫に保管されているヴェリーナを『準備資産』とします。その資産価値に応じて、VIDAが品質と数量を保証する証券――いわば『果実券』を発行するのです。人々は、この果実券を使って取引を行い、いつでもVIDAの指定交換所で本物のヴェリーナや、各国の通貨と交換できる。そういう仕組みです」
クラウディア皇女は、目を見開いて私の話に聞き入っていた。
「……それは、まるで金本位制の『金兌換紙幣』のようね。でも、それを金ではなく、果実でやろうというの?」
「その通りです。金は、埋蔵量に限りがあり、一部の国に偏在しています。しかし、ヴェリーナは私たちの手で生産量をコントロールできる。しかも、それはただの贅沢品ではなく、『食』という人間の根源的な欲求を満たすものです。これほど安定した価値を持つ担保は、他にはありません」
この提案は、あまりにも革新的だった。しかし、すでにヴェリーナの価値を誰もが認めている今、実現の可能性は十分にあった。
クラウディア皇女は、しばらく考え込んだ後、にっこりと微笑んだ。
「面白いわ! やりましょう、アメリア。世界を変えるなら、中途半端はなしよ!」
私たちの決断は早かった。
VIDAは、世界最高の鑑定士と経済学者を招聘し、厳密な資産査定を行った。そして、保管されているヴェリーナの総価値に基づき、美しい金紅色の果実が印刷された「ヴェリーナ・ノート(果実券)」が発行された。
最初は、商人たちの間で半信半疑で使われ始めたヴェリーナ・ノートだったが、その利便性と信頼性はすぐに証明された。重い金貨を持ち運ぶ必要がなく、いつでもヴェリーナや金に交換できる安心感から、瞬く間に国際取引の主要な決済手段として普及していった。
そして、人々の意識が変わり始めた。
「金貨を持つより、ヴェリーナ・ノートの方が安心だ」
「この一枚で、家族が数ヶ月暮らせるだけの小麦が買える」
ヴェリーナ・ノートは、金貨と同等、いや、それ以上の価値を持つ新しい国際通貨としての地位を確立した。
その結果、何が起きたか。
世界の経済の中心が、アルドレア王国の王都でも、レミア帝国の首都でもなく、ヴェリーナ・ノートを発行するVIDA本部、すなわち「レルナ村」へと、静かに、しかし決定的に移り始めたのだ。
かつて誰も見向きもしなかった辺境の村が、世界の金融センターになった瞬間だった。
人々は、金や宝石といった伝統的な富だけでなく、大地から生まれる「農業」そのものに、真の価値があることを再認識し始めていた。それは、私がこの世界に来て、最も成し遂げたかったことの一つだった。




