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レンが、シンと並んだまま一歩前へ出る。
「一つ」
鋭い視線をクロウへ向ける。
「俺たちを、どこにも売り飛ばさないこと」
「二つ」
シンが続ける。
「飯の代わりに、俺たちにできる仕事をさせろ」
その声には、強い拒絶が滲んでいた。
「ただで食わせてもらうなんて御免だ」
レンも頷く。
「いつ後ろから刺されるか分からないような恩なんて、背負いたくない」
スラムで生きてきた二人にとって、無償の善意ほど信用できないものはなかった。
与えられたものには、必ず代償がある。
それが当たり前の世界だった。
「なるほどねぇ」
クロウは嬉しそうに目を細める。
「しっかりしてるなぁ」
「まだある」
シンが言う。
「三つ目だ」
レンと視線を合わせ、同時にクロウを見る。
「部屋の鍵は絶対に掛けるな」
「俺たちが出て行きたくなった時は、いつでも出て行く」
「それを邪魔するな」
静かな執務室に、二人の言葉だけが響く。
それは、長い間生き延びるために守り続けてきた、最低限の防衛線だった。
閉じ込められないこと。
売られないこと。
食う分は、自分たちで働いて返すこと。
その三つだけは、何があっても譲れない。
しばらくの沈黙。
そして。
「うん、いいよぉ」
クロウは、あっさり頷いた。
「……は?」
思わずレンが目を瞬かせる。
「全部、その通りにする」
クロウは穏やかに笑った。
「僕が欲しいのは、君たちがここにいてくれることだけだからね」
「閉じ込めて従わせても、意味ないでしょ?」
「働きたいなら、もちろん仕事も頼むよぉ」
「出て行きたくなったら、その時はちゃんと見送る」
あまりにも迷いのない返答だった。
シンとレンは、逆に言葉を失う。
「……本当に、それでいいのか」
シンが低く問う。
「もちろん」
クロウは即答した。
「取引成立、だねぇ」
嬉しそうに、ぱん、と手を叩く。
その拍子抜けするほどの反応に、二人の緊張がわずかに緩んだ。
「じゃあ、まずは――」
クロウが口を開いた、その時だった。
バン、と勢いよく扉が開く。
「おい、ボス! 今の声――」
入ってきた男が、足を止める。
四日前、食事を運んできたあの男だった。
手に抱えた書類を見下ろし、それから双子を見る。
「……なんだ、お前ら」
呆れたように眉を上げる。
「もうそんなに動けるのか」
シンとレンは並んだまま、視線を返した。
どちらかが前に出ることはない。
二人で、一人分の距離を保つ。
「おー、アベル」
クロウがのんびり手を振る。
「ちょうどよかったぁ」
「この子たち、身内になってくれるって」
「条件付きだけどねぇ」
「条件?」
アベルは書類を机へ放り投げる。
「売らないこと、働かせること、鍵を掛けないこと、だってさ」
クロウが嬉しそうに説明する。
すると、アベルは一瞬だけ黙り込んだ。
次の瞬間、鼻で笑う。
「……上出来じゃねえか」
双子へ視線を向ける。
「スラムで生きてきた奴なら、そのくらい警戒して当然だ」
腕を組み、壁へ寄りかかる。
「安心しろ」
「このボス、間抜けだし甘いし、放っとくと飯ばっか作ってるが」
そこで少し笑う。
「身内を売るような真似だけは、絶対にしねえ」
「俺はアベル」
「クロウの相棒だ」
「よろしくな、ガキども」
レンが眉をひそめる。
「ガキじゃない」
短く言い返す。
「俺たちは、レンとシンだ」
「おう、そうか」
アベルは軽く肩をすくめた。
「じゃあ、レンとシン」
そのやり取りを見ながら、クロウは楽しそうに笑っていた。
「仲良くしてねぇ」
執務室の空気は、いつの間にか少しだけ柔らかくなっていた。




