9話 同盟、料理対決
記憶が混濁する。
十四のプレイヤーと十四の駒。
常軌を逸した者たちの命を賭けた殺し合い。
世の理から外れた非常識がこの体に刷り込まれていく。
真っ新な本に記録が綴られていく。
そして少年は、気づかぬまま慣れていく。
青空の下で行われる狂気を、日常として受け入れてしまう。
だからだろう。
少年は気づかない。否、気づかせてもらえない。
綴られた記録の下にある小さな記憶を――――。
+ + +
「……どこだ、ここ?」
見覚えのない天井に見知らぬ部屋。
高級旅館の一室のような雰囲気につい驚いてしまうが固まっていても仕方ないので
重い上半身を起き上がらせる。
「主!目が覚めましたか!?」
すると襖が開きポーンが部屋に入ってきた。彼女と目が合うとそのまま駆け寄ってくる。
「ポーン……」
彼女の傷痕と鈍く痛む治療痕。
それだけであの凶暴な獣とそれらを統べる男との戦い。太州おじさんとの決別。そして…………
「本当にぼくは死んだんだね」
自分の死という現実を受け入れるには十分だった。
「主……」
「全部……、理解したよポーン」
頭がぼんやりする。未だに昨日あったことは夢なのかなって勘違いしてしまう。
その一方ですっきりした部分もある。
あのクイーンが言っていた内容が理解できる自分がいる。
これは現実だ。怪我の傷みも、心の痛みも。どうしようもなく自分の意思も関係なく進んでしまう一方通行の現実なんだ。
「だから戦うよ。ぼくは二度も死にたくない。ポーンも人間になるんだろ?」
ポーンに向かって手を差し出した。
「は!この拳に誓い、必ずや主に勝利を!!」
直ぐに意図を汲み取ってくれたのか、手を取ったポーンはそのまま膝をつきそう宣誓した。
何となくポーンらしいなって感じてしまい笑みが溢れた。
「あぁ、これからよろしく頼む」
何故だかわからないけど気持ちが晴れやかだ。きっと昨日までの自分ならポーンこんな信頼を置くことなんてできなかったと思う。
「ところでさ、ここはどこなのさ?」
ぼくの質問にポーンは「忘れてた!」と言わんばかりの顔になり急いで立ち上がった。
「主の体調はいかがですか!?」
「体調?あぁ、痛みはあるけど動けないわけじゃないよ」
獣に噛まれたところもかなり深かったと記憶してるのに動かすのに支障がない程度に痛みが引いている。……不思議だ。
「それはよかった。ならば主に会わせたい人がいるのでついてきてもらってもよろしいですか?」
部屋を出ると縁側がありその先には広い庭園があった。
「こちらに」
呆気に取られてるぼくを他所に構わずポーンは案内をすすめる。その先には道場があった。
「私は先ほどあなたに勝利をもたらすと誓いました。今から会う方々はその誓いの最大の障壁となることをどうか、この先忘れないでいてください」
案内途中にポーンがそう口にした。
「楓!我が主が目を覚ましました!」
道場の中に入ると侍と白と黒の道着を着たお姉さんが戦っていた。…………真剣で。
「まだまだ私には勝てないようね!」
「抜かせ!今度こそ吾輩が勝たせてもらうわ」
二人はかなり白熱していたようだが、一瞬チラッとお姉さんと目が合った気がする。
そうして何度か剣戟を交わすとお姉さんが後ろに下がり刀を鞘に納め、床に置いた。
「何のつもりじゃ?」
「少しいいところ見せたくてね!」
お姉さんは無手のまま侍に突っ込んでいく。
「怪我しても知らんぞッ!」
呼応するかのように侍の一閃がお姉さんに振るわれる。
「寸止めなしじゃッア!!」
自身のプレイヤーというのに侍の遠慮のない攻撃。このままでいけば瞬きの間にその刀はお姉さんの頭に直撃してしまう。
「……あんまり得意じゃないんだけどね。面白いもの見せてあげる」
右側に体を捌き、振り下ろされた刀を絡め取るように奪うと、お姉さんはそのまま刃を滑らせる。切っ先は喉元すれすれ――だが決して触れぬ距離で止まり、その瞬間侍を縫い止めた。
「なん……だと?」
「これでわたしの三勝0敗ね」
「無刀取りまでできんのかお主は……、これで吾輩の三連敗か」
がくりと項垂れながら刀をお姉さんから返してもらい鞘に納める侍。だがすぐ笑みを浮かべたかと思えばすぐにガハハと大きく笑い出した。
「しっかし真に強いのー!さすがは我が主!!」
「まあね。でも全力出せないのももどかしいわね。どういう理屈で制限がかかってるのかしら?」
「「「(あれで全力じゃない!?)」」」
この場にいるお姉さん以外の人はそう思っただろう。さすがのポーンもぽかんとしていた。
そんな僕たちを尻目にようやくお姉さんはこちらに向かって歩いてきた。
「おはよう。目を覚ましたのね」
「……おはようございます。昨日は助けて頂いてありがとうございます」
「別に礼なんていいわよ。怪我の調子はどう?」
「おかげさまで。お姉さんの治療のおかげで随分楽になりました」
道中にポーンから高価な秘薬の塗り薬を使ってもらったと聞いた。
そのおかげで、傷の治りも早いんだとか……。ファンタジーだと思ったけど、今まさにファンタジーな世界にいるのだからそんなものもあるのかなと自己完結した。
「自己紹介がまだだったわね。私は榊原楓。楓でいいわよ」
「ぼくは白河翼です」
楓さんから手を差し出されたのでぼくも手を出して握手に応じた。
「その子に感謝しなさい。一晩中寝込んでたあなたをずっと看病していたんだから」
「そうだったのか……。ありがとうポーン」
「いえ、当然のことをしたまでなので……」
感謝の言葉をポーンに伝えると照れているのか頬を少し赤らめて俯きながら答えた。
「あと老婆心てほどじゃないけど彼女の名前くらい付けてあげなさい」
「その通りだぞ童!名付けは重要だ!!名があるかないかでやる気にも影響でるからの!!」
「いやそこは影響出さないでよ!」
「ちなみに我輩の名は清正である!いい名であろう!?」
「聞けよ!」
あ、清正と名乗った侍が殴り飛ばされた。
「あ、ごめんなさい。気にしないで。こっちの話だから。あとあなたが気を失ってる間にそこの彼女と同盟を結んだから」
その決定事項には正直驚いた。
楓さんや清正さんのように強い二人がぼくらと同盟を組むメリットが感じられないからだ。
「あなたが疑問に思うのは当然よね。多分私達以上に強いやつなんて限られてると思うわ」
限られるというかそもそもこの二人に敵う相手がいるんだろうか?
「ポーンには言ったけど私たちはもう一人のナイトに負けて敗走した。そいつに勝つためには私たちと同等の戦闘力を持つポーンの力が必要なの」
「ポーンが……?」
……お前、そんなに強かったの?
楓さんがポーンの強さを褒めているが、ぼく自身はポーンの戦ってる姿をきちんと見ていないので信じられないでいた。
「主!もしかして私の強さをみくびっているのですか?」
自身の強さを疑われたポーンは明らかに不服そうだ。
ジト目ですぐ近くまで寄ってくる。
…………こんな時に関係のない話だが、ぼくは女性に耐性がない。だから今ポーンに寄られてるこの距離感が非常に気恥ずかしい。
仮にも美少女なのだからここまで近づかないでほしい。
「主!?聞いているのですか!?」
「わ、わかったから……!」
そんなことをしていると楓さんから鞘で頭を叩かれた。
「何乳繰り合ってるのよ」
「わ、私たちは別に乳繰り合ってなどいない!」
「はいはい。翼も起きてきたし、お腹空いたでしょ?ご飯にしましょ。何か適当に作ってあげる」
「待て!楓……、今もしかして飯を作ると言ったか……?お主が……?」
何だかわからないが清正さんが慌てている。
「なによ?手の込んだものは出来ないけど焼き飯くらいなら出来るわよ」
「焼き飯くらいじゃと!?お主が料理のなんたるかをわかるわけあるまい!!」
そして、いきなりの怒髪天。この人、意外と怒りの沸点が低めなのかもしれない……。
「はぁ!?だったら何よ!?あんたの方が上手く作れるってわけ?」
「少なくとも味覚音痴のお主に比べればのぉッ!!」
「ち、ちょっと落ち着いてください二人とも!」
「そうですよ!料理くらいで怒らないでください」
「料理くらいでじゃと……?」
売り言葉に買い言葉状態の二人を嗜めようとポーンと二人で間に入るが、何故か清正さんの鋭い眼差しがぼくを捉える。
「童!……軽く考えてると、…………死ぬぞい?」
死ぬの!?料理で?料理だよね?殺し合いじゃないよね?
「料理で死ぬわけないでしょ!?」
「ふん、楓よ。ならばこうしよう。今ここに童と籠手使いがおる。二人に食して判断してもらおうではないか」
「料理バトルってことね。いいじゃない。吠え面かかせてやるわ……」
「煽るのはその味覚矯正してからにするんじゃな」
…………なんだか訳がわからないままぼくとポーン料理の審査員になることが決定していた。もちろん起きたばかりでお腹も空いてたしちょうどいいんだけど、流石の展開についていけてない。ポーンですら困惑してる。
それなのに二人は道場を出て行こうとする。
その際に清正さんがぼくの肩をポンと叩いて呟いた。
「童、死ぬなよ……」
…………なに?ほんとに今から何するの?料理だよね?
とんでもない程の不安を駆り立てながらぼくたちはキッチンへと向かった。
+ + +
キッチンに着いたらまずその広さに驚いた。家が広いからキッチンも広いのかなと思っていたら飲食店のキッチン並みに広かった。
「今はいないけど、本来はお手伝いさんも何人かいて私らにご飯作ってくれてたりしたのよ」
……なるほど。楓さんは気品溢れてるからいいとこの出なのかなと思っていたけどかなりのお嬢様のようだ。
そんな人が作る焼き飯か……。
…………何故だろう。
期待より遥かに不安が高まる。
「さてやるかのお」
清正さんは玉子とネギと豚肉、ピーマンと人参を持ってきた。おそらく定番の五目炒飯だろう。
それに対し、楓さんは高菜と玉子とネギを持ってきている。予想に反して二人とも食材は至ってシンプルだ。
…………食材は、だが。
ガシャんと音を立てて楓さんはスーパーの買い物カゴのような物をキッチン台に置く。その中には十種類以上の調味料が入っている。
……………………そんなに調味料が必要だろうか?
ぼくの中の不安は最高潮に達してきた。
「あの……、楓さん?その調味料は?」
「マイ調味料よ!気分によって味を変えたいの!」
「このバカ舌が……」
「あ?あんた喧嘩売ってんの?」
「バカ舌のバカ舌たる所以を見せつけられた上でバカ舌と申して何が悪い?」
「ふん!今に見てなさい!」
準備段階では不安は残るものの、いざ調理に入ると、さすがに刃物の扱いに長けている二人で見事な包丁捌きだった。
切った食材も全部均等に切られていて、七年間、毎日料理しているぼくがやるよりも綺麗だった。
炒める工程に入っても火加減に不備はなかった。
清正さんは塩胡椒や醤油など適当な量を入れ見事な五目炒飯が出来つつある。
……………………さて、問題は楓さんだ。
玉子を酢で炒め始めた時点で見るのを止めてたが、改めて見ると見た目は高菜炒飯になってる気がする。
ちょっと茶色過ぎる気がしたけど醤油かな?と思ったがどうやら違うようだ。
……だってキッチン台にチョコレートソースが置かれてるんだもん。
………………この人何作ってるんだろうか?
というかもう試食したくないよ。
「うーん、もうちょいインパクトがいるかな?」
そう言うと楓さんはまた食材を取ってきた。
……鷹の爪だ。所謂、唐辛子なのだがそれを五本切って高菜炒飯の上にふりかけた。もちろん先に言っておくが高菜炒飯は炒め終えている。その上にふりかけて混ぜ込んでまた試食した。
甘ったるい匂いと刺激臭が混ざったような異臭がこちらにも漂ってくる。
「うん!仕上げね!」
そして最後に楓さんはトマトケチャップをこれでもかとかけて出来上がったのは真っ赤な高菜炒飯。
……………………うん、何これ?高菜炒飯て何?
隣の清正さんがすごい顔してる。ポーンもかなり引き攣った顔してる。きっとぼくも同じような顔してると思う。
「はい!出来上がり!」
「勝者、清正さん」
「同じく、勝者は清正で」
「なんでよ!?」
楓さんの信じられないと言った叫び声が家中に響き渡った。
……ちなみに、その炒飯は最後まで誰も口にしなかった。




