7話 介入者
ビルとビルの間、人が三、四人通れるかという狭い路地通り。
自身の特殊武器である籠手を展開したポーンのガキに警戒度を上げる。文字通りあの籠手には何らかの特殊な仕掛けがあるだろうからな。
「……フフ」
「何がおかしい……」
その僅かな機微を察知したのか、このガキは笑いやがった。明らかにこのおれを見下して。
「気に障ったか?これは失礼。だが、笑ってしまうのも仕方ないだろう?主は気を失い、何十何百という獣に囲まれ、絶体絶命に陥ったいたいけな少女を前に貴様は臆したのだからな」
「殺すッ!!」
その侮辱は看過できない。
ガキに向かって駆け寄り、獣たちも追従する。
だが、おれたちの手が相手に届くより先にこのガキは大きく息を吸い込み勢いよく咆哮をあげる。
「聞け!我が主を脅かす獣どもよ!!その爪その牙を我らに突き立てようとするのであればこれより先私は一切の容赦はせずに叩き潰すぞ!!」
ビリビリと肌がひりつく。
群がる動物たちにポーンの言葉が通じるわけがない。
だと言うのに囲んでいた動物たちのほとんどが立ち止まり、果てには逃げるようにその場を離れていった。
「殺気込めて叫ぶなんて大人気ねえなぁ」
周りを見渡しながら独り言つ。
『獣の統治者』の能力は動物の支配ではない。むしろ伝達に近く、その能力を応用して意思疎通をはかり、協力してもらっていたので支配力などはない。
それ故に本能ののままに生きている動物たちにとって死の危険性を感じ取った相手からは一目散に逃げ出したくなるのは仕様のないこととも言える。
だが、殺気に当てられてなお、おれの側を離れない獣などはいる。それでもその数は二十程度と先程と比べると数ははるかに少ない。
「ま、こんだけ残ってりゃ上出来か……ッ!?」
周りを見たその一瞬で、ガキは肉薄していた。
そして放たれた拳はボディーを狙っていた。
――寸止めだと!?
何とかガードが間に合ったと思ったが、すんでのところ止められた。かと思えば右頬に強い衝撃を受け、そのまま吹っ飛ばされてしまう。
「愚かだな獣使い。もうすでに戦いは始まってるのだぞ?」
「口の減らねえガキだ……」
かなり煽ってくる。
だが苛つくよりも先に高揚感が湧いてくる。
目覚めたばかりのおれにとってこの戦いは初陣。その相手がポーンといえど近接戦闘に特化したポーン。おそらく純粋な戦闘力で言えばナイトに次ぐだろう。
「クックック……」
「とうとう気が触れたか?」
「抜かせ」
ピィーと再び口笛を鳴らす。
その合図は残った獣全てで特攻してくるものだと思ったのだろう。ガキは周囲の残った獣たちを警戒した。
だが実際には攻撃してくるどころか後ろに下がり遂には姿を消してしまう。
「よそ見たぁ余裕だなぁッ!!?」
「……なッ!?」
やつの気が削がれた瞬間、今度はこちらから殴りかかる。寸止めなんかせず、全力で!
だがこちらの攻撃を見事に防がれた上、後ろに飛ぶことで威力も消されてしまった。
「意外だな……」
「意外でもなんでもないだろ。フレイムの殺気を当てられても怯まない奴らをこんな序盤で失くすのは惜しい。それに男なら最後はやっぱりコレだろ」
握り締めた拳を顔前まで上げる。
「私は女だ。失礼なヤツめ……」
悪態を吐きながら、それでも笑みを浮かべガキはそれに呼応するかのように両手を上げて構える。
ーーーーそして、突然風が舞う。
まず動いたのはおれ。
十メートルの距離を一瞬で詰め、がむしゃらに振るった攻撃はガードされる。しかし、今度は先ほどの攻撃とは訳が違う。防がれた上でさらに力を込めて叩きつける。
「『統治者の権利』!!」
「ッく!!」
先ほどとは違い、小さな体のガキは吹き飛ばされ、ビルの壁に激突する。そしてそのまま壁を壊してビルの中まで飛ばされていった。
「はッ!脆弱だな!!籠手使い!!」
力が湧き上がる。
『統治者の権利』をかければ三分間だけ獣たちの力を借りることができる。有り体に言えば膂力、俊敏力、危機察知能力などあらゆる基礎能力が向上する他、特定の獣の部位を乗り映し自身の体に再現することができる。
今ある両手の爪が少しずつ伸びていく。しかも、ただ伸びるだけじゃない。
「鉄板すら貫く特別性の爪だ!お前の籠手で防げるかなぁ!」
「貫けるものなら貫いてみろ!」
言い終わるやいなや、ビルの中から弾丸のようにガキが飛び出し勢いそのままでおれの顔面目掛けて殴り掛かろうとする。
その攻撃に合わせ、籠手を貫かんと五本の爪で応戦する。
「……ッ!?」
貫く自信はあったものの、爪と籠手が衝突しても貫くことはできなかった。もちろんこちらの爪も折られることはなかったが……。
相手の表情を見るに、同じ感想だったのだろう。
だが呆けてる暇はない。
「なら、手数で押し切る!!」
ガキの顔面目掛けて連打を放つ。
常人なら見切れるはずもない速度で放つそれを目の前のガキは全て捌いていく。
「チッィ!!」
今度は両手の爪を合わせて攻撃する。
「(今やつは顔面の攻撃に気が削がれた。なら狙いは――)」
――腹!
「腑ぶちまけろやッ!」
必中は必然だった。
……だが、やつの腹に当たるよりも先に右手を叩かれいなされた。
「腑が、なんだって?脆弱な獣使い」
「このッ!!」
地面に手をつき脚を振り上げる。
「爪は手だけにあるんじゃねェッ!」
――瞬間、両足の爪が伸び靴を貫通して出てきた。
勢いそのまま体を回転させ足の爪で攻撃する。
「くッ!?」
やつはスウェーで避け、頬を切る程度に済んだ。
そして、そのまま僅かに後退し構え直す。
「(ここまで力の差があるのか……)」
先の両手の爪の攻撃の時に反応できないと確信したのに防がれた。おそらく今まで全力を出しておらずおれがその力量を見誤ったのが原因だろう。
距離は二メートル。
正攻法では打ち崩せない城のように固い守りだ。
「同じポーンでもここまで差があるのは不公平過ぎだろ……。こりゃぁ撤退も考えた方がいいかもな」
「撤退?脱落の間違いだろう!」
やつは思い切り拳を振り上げる。おれも再び全力で真っ向から迎え撃つ。
――拳と爪が衝突した。
衝撃の余波でビルの窓ガラスは割れ、ビル本体にもヒビが入る。それにも関わらずおれたちは吹き飛ばされず、互いに第二撃を喰らわそうとする。
「「!?――――ッ!?」」
だが、突然感じた殺気におれたちは追撃を取り止め、同時に上を見上げる。
頭上にはビルの屋上から飛び降りてきたのか刀と鞘を持った少女が眼前にまで差し迫っていた。
驚愕と同時に振り下ろされた攻撃を籠手使いは籠手で防ぎ、おれは紙一重で避け切った。しかし少女の攻撃は着地してからも鳴り止まない。
狭い路地であるにも関わらず刀と鞘を巧みに振るい、決して壁に当たることなくおれたち二人を同時に相手取る。
一撃一撃が速く、鋭い。
鞘での攻撃を腕で受けるが重く腕の芯まで響く。
「(こいつは……、まさか!?)」
刀を持っているのでナイトかもと思ったがこの少女にはフレイム特有の気配がない。
ということは答えは必然的に見えてくる。
――こんなプレイヤーがいたのか!?
力量だけで言えば籠手使いのガキと同等か……。
何度目かになる攻撃をしのぎ、避けているとトンッと肩が何かとぶつかった。
通路のほぼ真ん中に位置していたのだから何もあるはずないと思ったのだが確認のため一瞬そちらに目を向ける。
すると、同じように驚いた表情をした籠手使いのガキがいた。
ーーーーその瞬間、おれたち二人は同時に飛び退いてしまった。
理由など一つしかない。奇襲をかけたとは言えフレイム二体を同時に手玉に取るプレイヤー。それは最早驚愕を通り越して恐怖すら抱いてしまうほどの異常事態なのだ。
「……おいおいマジかよ」
つい口に漏らしてしまった。突然、路地裏の出入り口ににナイトと思われる侍のフレイムが現れたのだ。
少女と侍、二人に挟まれおれたちは敵同士であるにもかかわらず背中を合わせてしまう。
しかし、それは仕方がないとも言える。先ほどまで拳を合わしていた相手なのだからその実力はある程度把握している。だが、フレイムを打倒し得るであろう戦闘力が未知数のプレイヤーと近接戦最強のフレイムであるナイトが現れたのだ。否応無しにも力を合わす必要性が出来てしまった。
「――――!主ッ!!」
「あでッ!?」
だがその協力関係も一瞬で瓦解した。
籠手使いは四人それぞれの位置関係を把握するや否やその危険性に気づき、おれを踏み台に高く飛び上がりそのまま少女を飛び越える。
着地後直ちに振り返り少女を睨みつけながら構えた。そのすぐ後ろには壁にもたれて未だ気を失っている相方の少年がいた。
「くそッ!あいつこのおれを踏み台にしやがって…………」
「…………動けば斬るぞ?」
「マジか……」
起きあがろうとするおれの首筋に当てられたのは冷たい無機質な感触。それが刀であることに気づいた瞬間、敗北を悟り両手を上げた。
だが、助け舟は意外なところから現れた。
「獣使いのポーン。今回は見逃してやってもいいわよ?」
「あ?……何考えてやがる?」
「もちろんタダで逃がすわけじゃないわ。他のプレイヤーたちの情報を渡しなさい」
満面の笑みで言い渡す少女。だが、その笑顔には有無を言わさない威圧感があった。
「……そこの籠手使いたちの情報しか知らないとしたら?」
「つまらない冗談は止めなさい。幾百幾千の動物を使役するというアドバンテージがありながら、貴方は自分で有効活用出来ないの無能だと言いたいのかしら?」
またもや子どもに煽られる。
このウォーゲームの女たちは一体何でここまで強気でいられるんだ?
軽くため息ついて、一瞬どうしたものかと思案したが、どのみち自分に選択肢はないと結論付けて知っている情報を暴露することにした。
「…………俺が知ってるのは七組だ。一組目はピエロのようなフレイムとガキのプレイヤー。特殊武器持ちか異能なのかも不明。二組目はおそらく格闘家のプレイヤーとチャイナ服着たお子様のフレイム。こっちは眼帯してるとこから恐らく『魔眼』持ちだろうが詳細は不明。三組目はずっとショッピングモールに滞在してるおっさんとどっかの貴族様のようなフレイム。こいつはクラスも武器も不明。四組目はそこで気失ってるガキの知り合いとそのフレイムは『槍』使いのビショップ」
「…………」
タダで超有用な情報を聞いてる籠手使いのガキは一旦無視して、おれのこの先の命運を握った少女に他の組の情報の開示を続ける。
「んで最後の三組だがこれはおそらくだが一家族。親子三人とフレイムは『弓』使いと『鎖鎌』使いの二人は確認済みなんだが、どうしても残りのフレイムが見当たらねえ」
「三人家族?……それはもしかして澤里市の?」
もう一人のフレイムの謎よりも何かに引っかかったのかその家族の住んでる地域について質問してきた。
「あーと、多分澤里市だったかな?」
なにぶん鳥から得た情報だ。どの辺りにいるかくらいとその特徴とかの情報共有しかしていない。鳥たちは地名までは覚えられないからな。
「そう…………」
少女は何か一瞬考え込む仕草を見せるがすぐにこちらに向き直り聞いてきた。
「一週間前の天水橋の戦いについては知らないの?」
「天水橋?あの須木真川のでけー橋のことか?」
おれの問いに少女はこくりと頷く。
「生憎、おれは五日前に現界した。それより前の情報はねえな」
「そう。ならお礼に一つ教えてあげる。ルークの一組はすでに敗北しているわ」
「なに!?それは本当か!?」
それが本当ならこのウォーゲームで随分戦い易くなる。ルークは遠距離型の武器を持つフレイム。今まで弓使いは見つけていたがもう一組がどうしても見つからななったから、いつどこで撃たれるかわからないと常に警戒しなければならなかった。
「ええ、実際にこの目で見たわ」
確かに少女が嘘をついてるいるようには見えない。おそらくほんとうなのだろう。
「だから残りは十三組ね」
「…………霊符使いは今朝嬢ちゃんらが倒したんだろ?」
おれの指摘に驚いたのか、わずがに眉を顰める。
「事の顛末は知り得ねえが、嬢ちゃんが圧勝したことくらいは知ってるぜ」
「!?………………なるほど。情報収集能力はそれなりってことね」
「さて、俺はこれで見逃してくれんだろ?」
「ええ、二言はないわ」
いつの間にか後ろの侍も刀を鞘に納めていた。なので立ち上がり服についた埃を払う。
「って言うことだ、籠手使い。続きはまた次回だな」
ビルを駆け上がり二秒も経たずして屋上にたどり着いた。
そして、ふと疑問が沸いたので籠手使いに聞いてみた。
「そう言えばお前名は与えられてんのか?」
「……貴様には関係ない話だ」
苦々しく籠手使いは答えた。
「なんだお前もか。同じ名無し同士仲良くやってけそうだな」
カハハと笑い籠手使いの反応も見ずに、その場を立ち去った。
この戦い、思っていたよりも楽しめそうだと高揚感を感じながら。




