5話 青井太州
暑い日差しの下、河川敷の野球場では少年ららが汗水流して試合に勤しんでいたり、河川ではカヤックを漕いでいる淑女らが見受けられる。
そんな賑やかな光景を眺めながら、熟考は止むことない。
……だってさ。僕は既に死んでいてなんだか訳の分からない殺し合いに参加させれてる。
こんなこと誰が信じられる?
しかも僕の記憶も弄ってるときた。
自分すらも信じれないし、ましてや、すぐ後ろに立っているポーンのことも信じれるわけがない。
誰も信じれない世界に放り出されたこの気分は正直最悪だ。この先どうしたら良いのかも皆目検討つかない。
「悩みがあればお前はいつもここに来るな」
不意に後ろから聞き慣れた男の声が上がった。バッと振り返ると、中年の男が一人立っていた。寄れたスーツに紙タバコを咥えた男。
自然と体は立ち上がり駆け寄った。
途中ポーンが制止しようとしたがそんなのは関係ない。
「太州おじさん!」
この訳のわからない世界で漸く信じることができる存在と出会えた。
僕を育ててくれた僕の大切な家族と。
太州おじさんなら必ず僕を導いてくれる、と。
この時の僕は確信していた。
+ + +
家から飛び出た主、白河翼を追って河川敷までやってきた。
主は黙ったままその場に座り込む。こんな時、彼の片腕となるのなら一言声をかけるべきなのだろうが、残念ながら私にはその信頼が得られていない。
どう声をかければ良いか思案を巡らしているところ、後ろから声をかけられた。
「悩みがあればお前はいつもここに来るな」
声をかけられた!?
この世界のほとんどは意思を持たぬNPC。
その中で声を掛けてくるものなどプレイヤーかフレイムかに限られる。
則ち敵である。
だからこそ、自身の特殊武器である籠手の『砕界玉臂』 を展開した判断に間違いはない。
「!?…太州おじさん!」
だが、そんな私の心配を他所に主は声を掛けてきた人物に走り寄った。
「なッ!?主!お待ち下さい!!」
勿論、敵であるはずのプレイヤーのもとに駆け寄る行動に待ったをかけるが、制止虚しく主は男に抱きついた。そして、男は主の両脇を抱えて持ち上げる。
「はは!でかくなったな。翼!!」
「止めてよ!もう子どもじゃないんだから!」
顔を見上げるほどの巨漢に抱き上げられながら、口では嫌がってはいるものの、主は男を毛嫌いする素振りはない。むしろ、男と会えた喜びに満ち溢れれているのが手に取るようにわかる。二人の様子はまるで親が子を可愛がるように。その姿につい呆気に取られてしまう。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は青井太州。翼の叔父だ。警察官だったんだが、ちょっとへまをしてしまってね、翼の後を追ってきたってわけわだ」
一頻り主を抱き締め終えたかと思えば、今度は私に向かって自己紹介してきた。
自らの死をまるでテレビの中の他人事のように軽んじた言い方に違和感を感じながら差し出された手に目を向ける。それは暗に戦闘をする気はないのだと伝えたいのだろう。
「…………手を引いてほしい、叔父上殿。我らは敵同士。この手を握ってしまえば私は貴方を倒すことが出来ない」
「ポーン!?お前!!」
叔父上殿の戦闘をしたくないという意図は伝わっている。伝わっている上で拒絶したのだ。
もちろん、その行為は父として慕う翼には到底許すことは出来ず、主は私にに掴み掛かろうとするが、叔父上殿が間に入る。
「翼のポーン。君の言うことは尤もだ。俺と翼は命を賭けたウォーゲームのプレイヤー。馴れ合うのは得策ではない。だが、今だけでいい。今だけ二人で話をさせてくれないか?」
「…………」
即答できなかった。
敵同士であることは互いに認識している。その上で、真っ直ぐな双眸で懇願する太州の言葉に裏がないかを見極めなければ主を危険に犯すことになるからだ。
本音を言えばこの様なことは馬鹿げていると一蹴したかったが、「断るな」と目で訴えかける主を見て諦め、いつでも飛び出せる心の準備だけ行い、周りを見渡し、周囲に他のフレイムがいないことを視認してから、渋々自分の武器を消す。
「ありがとう」
その仕草から了承を得たと読み取った叔父上殿は小さく礼をして先ほど主が座っていた場所に腰を下ろす。つられて、主もその横に座った。
「まさかお前ともう一度会うことができるとはな……」
「僕もこんな場所でおじさんに会えるなんて思わなかったよ」
「覚えてるか?姉貴の最後の誕生日にみんなで姉貴の好物のハンバーグを作ったことを?」
「うん、もちろん覚えてるよ!あの時は僕もおじさんも料理できなかったから、結局全部丸焦げだしお母さんは塩と砂糖間違えるし散々だったね」
「…………そうだな。だが、美味かったな…………」
「うん、美味しかった」
「あれからか……、お前が料理をし始めたのは」
「料理だけじゃなくて家事全般だよ」
「はは、そうだったな」
漸く調子を取り戻したのか、太州と話していると段々主の笑顔が溢れ始めているのがわかり、二人に察されない程度に胸をなでおろす。
「今のご時世、警察なんて職はいつ死んでもおかしくない職業だ。特に俺の課は一年に何人もの殉職者が出ている。なのに七年前に姉貴が死んで、お前までも先に逝った。人が死ぬのには慣れていたつもりだけど、やっぱり大切な人たちがいなくなるのは寂しかったな」
「…………」
人と人との永遠の別離とは即ち今生の別れ。つまり、死ねば会うことが出来なくなる。
まだ生まれたばかりの私にとってそのような経験をしたことがない。だが、二人はそんな辛い経験を経て、今再び出会うことが出来た。
この再会は二度と会うことが出来ないと思っていた二人にとって至上の喜びであったのは間違いないのだろう。
「ところで翼はいつ起きたんだ?」
「僕も今日起きたところでさ……、しかも」
「再会に水を差すようで失礼ですが、叔父上殿は何の用で我が主に会いに来られたのですか?」
主が話を続ける前に遮った。
生前の関係がどうであれ、今はウォーゲームの最中。この世界では間違いなく敵同士なのだから、主の認識に齟齬が生じているという事情を敵である男に話すべきではない。
この行動の拙さを本来なら咎めたほうがいいのは重々承知しているが、今現在どちらに信頼を置いているかなんて誰の目から見ても明白だ。
だからこそ、私に非難の声をあげることはかなわず、話に割り込むことしか出来なかった。
「ああ、すまない。翼にはただ会いに来ただけで、本当の用はポーン、君にあるんだ」
「私に?」
まさか何の縁もない自分に用があるとは予想だにしなかった。
「翼のポーン。君に一つ尋ねたい。君の願いはなんだ?」
どういう意図があるのかは尺計ることはかなわないがその質問に対する答えは決まっていた。
「しれたことを。私の、いや、我々フレイムは皆人間になることを望む。それこそが希望でありただ唯一の願いだ」
「なら、その願いの為に翼を命を懸けて守ってくれるか?」
真に聞きたかったのはこの問いだろうと理解し、自らの想いをポーンは嘘偽りなく答えた。
「無論だ。私の拳は我が主の眼前を塞ぐ全ての敵を打ち砕く。例え敵が誰であろうとな」
「ああ、なら安心した」
突如叔父上殿は立ち上がり、残りわずかとなった咥え煙草を吐き捨て靴底でクシャリと踏み付ける。
「ーーーーこれで、心置きなく俺は…………悪になれるな」
私たちが聞き取れない程度の声で囁いた。
かと思えば、新たな煙草を取り出しコンビニで買うような安っぽいライターで火をつけ、大きく煙を吐き出す。
なぜか、その動作がまるで自分を落ち着かせるかのように私には見えた。
「ーーーーよく聞け翼。誰も信用するな。俺も信用するな。このウォーゲームで信用すべきは自分のフレイムのみだ。そのフレイムに不信感を抱けばお前は最初の脱落者になるぞ」
「何を……、言っているの?」
「これはお前を愛した叔父としての最後の助言だ。これから先お前には幾多の困難が待ち受けるだろう。だが負けるな。ポーンとともにその困難を打ち砕け」
「だから何言って……!?」
「主!!」」
バッと拳銃を懐から取り出し、間髪いれず銃弾が放たれる。
主にとって予想外過ぎる行動に固まってしまったが、『砕界玉臂』を再び展開し、銃弾を弾いた。
「――――ここから先、俺は……、お前の敵になる」
――――今、この瞬間を持って袂は分かれた。
ずっと家族として接してきたであろう叔父からのその言葉はまだ中学生の主には重過ぎた。
「ねぇ、おじさん?さっきから何を、言ってるの?」
涙を流しているのに拭うことすらせずに主は問いかける。
「だって、おじさんは唯一の家族なんだよ?」
「……ッ!?…………いないんだよ」
「…………!?」
「お前に……、家族はいないんだ」
その言葉にとうとう崩壊してしまった。
膝から崩れ落ちる主を支えてやりたいがその前に――
「ハァッ!!」
――我が主を苦しませる眼前の敵に拳を放つ。
その拳は避けられ、地面に拳が突き刺さる。轟音が鳴り、コンクリートの礫が跳ね上がる。
跳ね上がったコンクリートの礫を殴り飛ばし追撃するがそれすらも難なくかわす。
「(この男……、戦い慣れてる!?)」
先程の銃撃センスといい、今の身のこなし。只者ではないことは理解した。だが、それ以上に……。
チラッと後ろに視線をやる。
動悸を起こしてしまった主を見てもうこれ以上時間を割くことはできないと判断し、彼の元に駆け寄り肩を貸した。
「叔父上殿!ここより先戦えば我が主をさらに苦しめることとなる。まだ貴方の心に彼への情愛の念があると言うのであればここで退いてはくれませんか!?」
無謀な懇願だった。
最早、敵として認知されているのであればここで退く理由などありはしないのだから。
主を抱えて逃げるしかないと思っていた。
「……わかった。ここで終いにしよう」
予想とは異なり、叔父上殿は言葉の通り本当に銃をホルスターに仕舞い、踵を返す。
「待って!」
泣き止んではいるものの呼吸は定まっていない。それでも、もう一度、同じ質問を繰り返す。縋るように……。
「僕達は……、家族だよね?」
叔父上殿は首を僅かに動かすが最後まで振り向くことなく答えた。
「さっき言った通りだ。お前に家族はいない。……誰一人としてだ」
無慈悲な答えだ。
そんな答えを望んでいるわけではなかったことは私でも理解できたのに……。
その一言で、張り詰めていた何かが音を立てて崩れ、主の涙腺は再び決壊した。
崩れた呼吸に合わせるように、静かに背を撫でる。
「……すまない。翼を……、頼む」
掠れた声で囁かれたその謝罪は私たちに聞こえることはなかった。
そして、彼は一瞥もくれないままこの場から去って行った。
+ + +
これはあるテロリストのアジトに単身で乗り込んだ一人の法の番人の話だ。
彼にはアジトに乗り込まず仲間を待つ選択肢もあったが、時間がなかった。攫われた双子の子どもを救うためには時間が圧倒的に足りなかった。
故に彼はたった独りでアジトに侵入した。卓越した銃火器のセンスで幾人ものテロリストを葬り、遂には子ども達を救い出した。しかし、彼の快進撃はそこまでだった。
脱出する前にテロリストの生き残りに囲まれたのだ。もしかすれば、彼のみならば逃げ切ることは出来たかもしれない。しかし、彼の後ろには助けなければならない二つの小さな命があった。
だからこそ、彼は死を選んだ。
盾となるように二人を抱き込み、飛び交う銃弾から身を挺して守った。子ども二人がかすり傷一つ負わなかったのは奇跡としか言いようがない。
彼の行動は世間では賛否両論であった。
もう少し待ち仲間達と連携して向かえば無事に救出できたのではないか?死を恐れぬ判断力あってこそ双子の子どもは無事に救出できた!など終わった出来事に何もしていない第三者たちが囀り回っていた。結局、彼の行動は正しかったのか、正しくなかったのかわからないままその議論は鎮火した。
「大丈夫ですか?太州殿?」
「…………ああ」
今までいなかったはずの女型のフレイムが不意に後ろから現れ、かけられた気遣いの声に太州は驚いた様子もなく後ろを振り向くこともしないまま答える。
彼の甥でありたった今自らの敵としてしまった翼は三歳の頃に両親が離婚し、引き取った母親も七歳の頃に亡くなった。
しかし、父親はすでに新しい家庭が出来ていたので引き取ることはせずに、毎月生活費を振り込むだけで後は何もしなかった。
それでも翼は腐ることなく、道を逸れることもなく生きてきた。姉や自分の育て方が良かったというわけではない。やらねばいけないことのために真っ当に生きた結果、真っ直ぐに育った自慢の甥である。
だが、そんな彼もたった十五という歳月で命を落とした。姉の子どもでなくともそんな結末の迎え方には同情するし、八年間もの間、我が子のように育ててきたのだ。愛しく思う情は間違いなくある。
だが……、だからと言って負けてやる訳にはいかない。否、必ず勝つ必要があった。
「なぁ、ランス」
それでも迷いがあるのか自身のフレイムに問いかける。
「俺のこの選択は正しいんだろうか?撃てなかったあの選択は間違っていたんだろうか?」
フレイムは答えれない。彼の覚悟と葛藤と残酷な真実を知っているからこそ、その先の答えを自らでは答えれなかった。
太州自身、その問いの答えがわからない。だか、それでも青井太州は進まなければならない。
この道に正しさはいらない。道徳は生前に置いてきた。あるのは歪な使命感のみ。
「――――勝つぞ、この戦い」
唯一残っていた愛情も捨て、決意新たに前を向く。しかし、邪魔になるものは全てかなぐり捨てたのに、太州の足取りはいつまで経っても重いままだった。




