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白河翼が始まるための物語  作者: ゆきち


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4話 脱落


 ーーーー夢を、見ました。


 照りつける太陽の下、剪定している庭を褒めながら彼がお茶を渡してくれるのです。その彼が誰だかわかりません。だけど、とても喜びました。今までそんな風に褒めてくれる人はいませんでしたから。


 草木の剪定も程々にし、彼と一緒に縁側に移動しました。ちらっと盗み見るように彼の顔を見ました。でも、やはり彼の顔がわかりません。だって、子どもの落書きのように彼の顔はぐちゃぐちゃに塗り潰されているのですから。


 でも、何故でしょうか?そんな彼から恐怖は微塵も感じません。むしろ、彼のそばにいれば安心感を覚えるほどです。だから思い切って聞きました。貴方の名前は?


 そうしたら、驚きの返事が返ってきました。名前は……ないんだと。なんなら名付け親になってくれないか?と。今まで名前をつけたことなど一度もないどころか、何かを自分の意思で決めたことは一度もなかった私はとても困りました。


 一日中考えても思い浮かびません。見兼ねた彼は、私に特技を披露してくれました。まるで漫画のような特技にまた驚きました。そして、思い浮かんだのがかの有名な陰陽師の名前です。ふと、口ずさんだその名前が気に入ってくれたのか、彼は今からその名前で呼んでくれと言ってきました。


 人の名前をそんな何となく口にしてしまった名前で決めてしまっていいのだろうかと思い、また考え直したいと言いました。でも、すぐに却下されました。私が最初に呼んでくれた名前がいいんだと。


 それからは彼とはずっと一緒にいました。庭を管理している時も、ご飯を食べるときも、ずっと側にいてくれました。


 私は生まれて初めて実感しました。


 ーーーー幸せだ、と。


 彼とともにいる。この時間が永遠に続けばと祈りました。二人でいれば笑顔も増え、幸せな時間が過ぎて行きました。それでも、彼の顔の落書きは消えません。


 ここでようやく気づきました。


 私の人生にこんな人はいなかった。


 私に優しくしてくれる人なんてただの一人もいなかった。


 だから理解しました。これは……夢なんだ、と。


 ーーーー儚くて尊い、幸せな夢だったんだ、と。


 それでも私は言わなければいけません。

 幸せな夢を見せて頂いた貴方に、心から……。


「ーーーー」


+ + +


 おれたちの目の前に現れた敵。

 その姿はキャスケット帽を被り、黒地のポロシャツ、キュロットスカートを履く姿は普通の少女にしか見えない。腰に差した太刀さえなければ。


 「……一応聞いとくけど、あんたはプレイヤーだよな?」


 意味のないことを聞く。

 びしびしと突き刺さる殺気をその身に浴びながらフレイムの気配は感じられない。ならばそれは敵プレイヤー以外の何者でもないのだから。


 「わかりきったことを聞くのね。さっさと武器を出しなさいポーンのフレイム。それくらいは待ってあげる」


 敵であるこいつは右膝を突き出し、腰の太刀に手を添える。

 その流れる様な自然体の構えにか見惚れてしまうほど。

 それだけで只者じゃないことがわかる。


 「時間をくれるなんて優しいんだな。その優しさに甘えて今回は逃してくれたら嬉しいんだけど?」


 トートバックに手を突っ込みながらもは決して目を逸らさない。


 「冗談はやめなさい。お荷物を抱えた敵をみすみす逃がすほど甘くはないわ」


 もちろんそのお荷物は今おれが担いでいるトートバックではなく、プレイヤーの麻紀姉ちゃんを指していることは理解できた。


 「そうかよ……。ま、自力で逃げるけどな!」


 水筒を勢いよく投げつける。

 刀の使い方が悪ければステンレス製の水筒を斬ろうものなら逆に刀が折れてしまう。だが、その一閃は水筒の重量を感じさせぬほど容易く真っ二つに斬り伏せた。


 「……ッ!」


 水筒が斬られたことによって満タンの入っていた紅茶が重力に逆らうことなくあいつに向かって落ちていく。

 だが、苦もなく紅茶が一滴もかかることなく避けきった。その動体視力と反射神経は驚嘆すべきものだが、そんなことに構っている暇はなかった。


 「逃げるぞ!麻紀姉ちゃん!!」


 「きゃッ!」

 

 麻紀姉ちゃんの身体を抱え上げ全速力で逃げる。

 が、その前に一手挿しておく。


 「何人たりともその侵入を拒む!『霊符:結界術 柊ノ理』!!」


 「逃がすか!?……これは?」

 

 俺たちをすぐに追いかけようとしたが、敵の目の前に壁を展開する。

 あいつの眼前にはついさっきまではなかった半透明な壁。触れば実体は確かにあり、その壁は路地を挟んだ二つの工場を隙間なく形成している。高さも五メートルほどあり、容易に突破出来るものではない。

 ーーここで逃げ切る!

 

 「結界?これがあのポーンの異能?……いや、違う。あいつの特殊武器は『霊符』か……」



 


 

 結界の中央には一枚の霊符が停滞している。

 それを見つけられて切られたのか消失した気配を感じ取った。


 だが、既に先ほどの場所からだ入り組んだ路地を深部まで進んだのだ。簡単には見つかるまい。

 そしてまた細い裏道に入り、左右後方確認してから一息つく。


 「大丈夫か?麻紀姉ちゃん?」


 「…………はぁ、だ、だい…大丈夫です」


 麻紀姉ちゃんを下ろす。

 全力で走り、かなり揺らしてしまったためか少し顔を青くしながら答える。

 心配しなくていいと言いたげな笑顔ではあるが、普段運動をしない麻紀に姉ちゃんとってこの疲労は凄まじく、到底隠しきれていなかった。


 「じゃあ、いッ!?」


 一旦休憩を挟もうと提案しようとする。

 だが、言葉を発するより前に目を見開いた。

 音を立てず、麻紀姉ちゃんのすぐ後ろの曲がり角から振り切ったはずのあいつが現れたのだから。


 「あら、待っていてくれるなんて意外と優しいのね」


 先程のお返しと言わんばかりに皮肉を込めた言葉を向けてくるが問題はそんなことではない。すでに解き放たれた太刀の行き先が問題だった。


 「麻紀姉ちゃん!!」


 急いで未だ状況を把握していない麻紀姉ちゃんの手を左手で引っ張り、庇うように身を乗り出した。


 「がッ!?」

 

 その結果、俺の右腕は斬り飛ばされ、辺り一面血飛沫が舞い散った。その光景を見た麻紀姉ちゃんが悲鳴をあげる前、まさにその攻防は一瞬だった。


 振り上げた太刀を再び振り下ろす。今度こそ息の根を止めるが如く、その速度は常人が反応できるものではない。


 ……だが、残念。

 こちらも常人ではない。


「愚かな咎人を断罪せよ『霊符:結界術 柊ノ理』!」

 

 懐から五枚の霊符を出す。

 一枚目は少女の太刀を防ぐために晴明たちと少女を隔離するように結界を貼る。その結界は先程とは違い隙間なく下部五センチ程度の隙間が出来ていた。

 そして二枚目、三枚目と三人を囲うように大きな円形の結界を二重に貼る。一体どういう意図があるのかと少女は疑問に感じつつも一枚目の結界を破壊しようと斬りかかる。しかし、その前に足元の結界の隙間から一枚の霊符が入り込んできた。


 「まずッ!?」


 「爆ぜろ!『霊符:焙烙火矢』!」


 その霊符は今までの霊符とは違い、中央には『爆』と書かれていた。

 ようやく意図を理解した敵は結界よりも先にその霊符を斬り裂いたが、その行為虚しく霊符は爆破した。しかし、その爆発は斬られたことにより本来の威力を発揮するすることが出来ず、砂塵を巻き起こす程度に終わってしまった。


 だが、その程度でもよかった。爆破で倒せればよかったのだが、それができるほど生温い相手ではないということはすでにわかっている。


 「逃げるぞ!」


 故に二度目の撤退を行う。今度は麻紀を残った左手で肩に担いで全力で逃げる。


 無論、相手にとってこれを追いかけない手はないはずた。

 だが、少女にはそれが出来なかった。一枚目の結界を破るが、周りが視認出来ないほどに舞う砂埃は止められない。普通ならば少し経てば風で吹き飛ぶが今現在は二重の結界に覆われている。つまりこの二重の結界を破らなければ充満している砂埃から解放されることはない。


 「くっそッ!」


 結界内に取り残された女は悪態をついて結界を破ろうとする。だが、その間にも小さな足音がさらに小さくなって終いには聞こえなくなってしまった。


 ようやく二つの結界を破り鬱陶しい砂塵から解放された女は辺りを見渡した。すでに俺たち二人の影は見失ってる。

 だが、前方を確認したら点々と血が滴り落ちた跡が続いている。それは二人の逃げた跡だと睨み、その跡を全力で追いかけながらポケットの中から何かを取り出していた。



 


 「…………行ったか?」


 今日誰よりも重い溜息を吐く。

 その溜息は今まで敵の姉ちゃんがいたすぐ側で発せられた。

 明確には壁一枚を隔てているが、この壁は自分で作った結界ではない。本物の壁である。

 砂埃によって相手が周りを視認できなくなったのを確認してすぐに、麻紀を担ぎ路地に面した工場の窓から侵入し麻紀とともに息を潜めていた。少女がいた位置との距離は二メートルも離れていない。限りなく低い賭けではあったし、見つかってしまえば殺されるかもしれなかった。

 しかし、見事に賭けに勝ったのだ。


 初戦としては最悪の相手だったし、いきなり死を覚悟する戦いでもあった。だが、蓋を開けてみれば片腕一本を犠牲にしただけで見事に生き延びることが出来たのは出来過ぎた結果だと晴明自身多少満足している。この死を間近に感じる体験は麻紀にも後々いい影響を及ぼすだろうと、今日を振り返る。


 「ん〜〜!?」


 ついでに晴明は麻紀の顔を覗く。気づけば声を上げないように強めに左手で麻紀姉ちゃんの口を塞いでいた。


 「あ、ごめん、麻紀姉ちゃん」


 塞いでいた手を外すと勢いよく抱き締めてきた。


 「ごめんなさい。ごめんなさい……」


 予想とは大いに反して麻紀は咽び泣きながら、ただひたすらに謝った。

 生前、麻紀は守ってもらうことを知らず、大切な家族が傷つくことも知らなかった。それが今日一日で一斉に起きたのだ。精神的に不安定になるのは詮無きこと。そこまで配慮出来なかった自分に責任はある。


 「……大丈夫。俺は絶対に死なないから」


 何とか安心させようと声をかける。それと同時に再び自身に誓いを立てたーーーー


 「だから、必ず生き延びよう」


 ーーーー二人で幸せを掴み取る。それこそが今俺たちが叶えなければならない願いであり、希望である。


 「…………はい!」


 おれの目を真っ直ぐに見据えて答えてくれた。

 その目には強い意志が感じる。絶対に生きようという強い意志が……。

 今日を境にこの二人の間に芽生えたはずだ。どのプレイヤーとフレイムのペアにも負けない強靭な信頼関係が…………。


 「それじゃああの姉ちゃんが帰って来る前にここを出よう」


 「はい。でも、晴明くん……。腕は大丈夫なんですか?」


 残った左手を握りしめながら麻紀姉ちゃんが尋ねる。血で赤く染まってしまった装束で隠れているが、腕を斬られたのに平然としてしている晴明が不思議であったためだ。手品師であろうとも、本当に腕を切られれば痛みで絶叫するであろう事態であるというのに。


 「ああ、一応結界を張ってるからね」


 もちろん、その種を聞けばなるほどなとなる。

 斬られた右腕は肘下からなくなっているため、肘部分に霊符を巻き肉体内に結界を張り血が流れ出るのを防いでいる。また、逆に結界部分から肘にかけて痛覚も遮断することによって痛みを感じないようにしている。

 しかしこれはあくまで応急処置なので本格的な治療をすべきだが、いつ敵が戻ってくるかわからないので、早々と家に帰ろうと工場の出入り口へ向かう。


 「なんだもう帰るのか?」


 工場の出入り口から声を掛けてきたのは場違いな、いや、おれと同じように時代錯誤と言ってもいい男だった。

 同時にこの距離まで気づくことのできなかった自分を呪った。


 「……お前、ナイトか?」


 「……ん?ああ、ちょっと待ってくれ」


 男は曖昧な返事をし、余裕綽々といった様子で懐から何かを取り出そうとしている。その仕草に麻紀姉ちゃんを守るように前に出る。


 髪を結い、赤い羽織に黒の袴。そして腰には太刀と脇差の二本差し。時代劇にでも出てくる侍の様な姿、そしてフレイム独特の気配。紛れもなくフレイムのナイトであるのは間違いない。

 故に、ようやく理解した。

 あの少女がなぜ複雑な道を迷いもせず一直線に晴明と麻紀に追いつけたのかを。ポーンとは桁違いの気配感知能力。それを駆使して、二人の居場所を特定していたのだ。

 だが、それをどうやって伝えのか?と疑問に思うよりも前に侍は答えを示した。


 侍は現代の科学の結晶である携帯電話を懐から取り出し、そのまま男は慣れた手つきで画面を触り、耳に当てる。


 「……ああ、知っている。さっきの工場内にいるが彼等はもう帰るらしいぞ。お主は今一体どこにいるんだ?」


 それが誰との電話なのか?と疑問に思うような間抜けはここにはいなかった。再び麻紀を担ぎ、隣の窓から逃げ出そうとする。


 ーーーーが、眼前を脇差が通り過ぎ、そのまま壁に突き刺さった。


 「そう急ぎなさんなよ。碌なもてなしもせずに客人を帰したら、楓から何言われるかたまったもんじゃないからな」


 侍が片手でスムーズに携帯電話を操る様は違和感しかないが、敢えてそれをスルーする。


 「安心しろよ。あの姉ちゃんは俺たちを二回も見逃してくれたんだ。あんたの粗相一度くらい許す優しさはあると思うぜ?」



 「ーーーー私が優しいのは否定しないわ。でもね、三度目の正直と言う言葉を知っているかしら?」


 不意に背後から声を掛けられる。その声質から今一番二人が会いたくないであろう人物であるのは容易に想像出来たが、念の為振り返り確認する。先程懐から取り出した五枚目、血痕をつけ囮として逃したはずの式神の霊符を持った姉ちゃんが歩み寄って来ていた。


 「もう逃がさないわ」


 霊符を斬り捨てながら、二人に宣言する。おれの両肩を握る麻紀の手が震えるのを感じながら、ちらりと侍と姉ちゃんと目を移す。

 次いで周辺状況を確認し、もはや逃げ場はないと観念したのか、今日一番の深いため息をついた。


 そして、一枚の霊符を懐から取り出す。その動作に二人は警戒を露わにする。だが、そんな二人を意に介さず、おれは麻紀姉ちゃんの額に霊符を貼り付ける。


 「ーーーーおやすみ、麻紀姉ちゃん『霊符:休鳴白夜』」


 貼り付けた瞬間、麻紀姉ちゃんは糸の切れた人形のように倒れそうになるが、倒れる前に優しく受け止める。

 額に貼られた霊符には『眠』と書かれている。この霊符は初めて麻紀姉ちゃんと会った日、悪夢に魘されていた麻紀姉ちゃんの身を案じて晴明が作った霊符。悪夢を見ずに寝ることができる、謂わば快眠グッズであるが、こんな所で使う事になるとは思わなかったなと苦笑しながら思った。


 「どういうつもりかしら?」


 「お前らには俺の首をやる。だから約束しろ。麻紀姉ちゃんには指一本触れないと」


 どうせどちらか一方が死ねば連鎖的に残った者も死ぬのだからその約束に意味はない。

 しかし、この約束は必要だった。

 麻紀姉ちゃんは晴明と会う前、常に色々な怪我を負っていた。そして死ぬ直前もやはり傷を負いながら死んでいった。その痛みを訴えることも出来ずに……。

 故に最初から決めていた。もし自分たちが誰かに敗北し、麻紀姉ちゃんに二度目の死が訪れようとも、彼女には一切の苦痛は与えないと。


 持っている全ての霊符を地べたに放り投げだ。

 自身の武器を捨てるということは敗北を認めたことに他ならない。そして、それは抵抗はしないという意思表示だ。


 ーーーー一歩、また一歩と侍が歩みを始める。


 麻紀姉ちゃんをゆっくりと座らせようとする。眠っているはずであるというのに麻紀姉ちゃんはおれのの裾を確りと掴む。


 「……いやだ、晴明くん」


 寝ているはずの麻紀姉ちゃんが言葉を漏らした。

 霊符の効力は完璧で何の耐性も持たない麻紀が耐え切れるものではなかった。だが、涙を流しながら別れたくないと訴える麻紀姉ちゃんは抗っていた。


 「ごめんな、約束守れなくて」


 目を隠すように手を添える。

 それだけで麻紀姉ちゃんは瞼を閉じて今度こそ寝入ってしまった。そして、それを確認し、立ち上がり後ろを振り返る。そこには侍の男が立っていた。


 「童。お主の気概、そして主人を重んじる武士道。敵ながら天晴れだ。できる事ならばお主とは正々堂々真正面から破りたかったぞ」


 そんな日常会話でもするかのような軽さで侍は話しかけながら抜刀する。


 「破るって最初から勝つつもりかよ……」


 「そりゃ当たり前だ!何せ某は最強だからな!!」


 ガハハと笑う侍に恐れる様子もなく小さく笑みをこぼす。二人の関係性はもはや敵同士ではない。命を刈り取る処刑人とそれを受け入れる死刑囚。だが、まるで友人同士のように談笑している。その二人を侍のプレイヤーである姉ちゃんは何も言わずに見送ろうとる。


 二人が一頻り笑った後、侍は静かに太刀を振り上げる。


 「さて、それでは時間をかけるものではないしな。何か言い残すことはあるか?」


 最後の言葉を語る時間をくれるという。少女も口を挟まないところを見るとそれくらい構わないと思っているのか腕を組んで壁にもたれている。

 最初は皮肉として優しいなんて言ったが、この姉ちゃんの根本は甘い優しさがあるのかも知れないと思う。

 フレイムを超える強さを持つからこそなのかもしれないがもはや自分には関係ないことだと思考を止め、麻紀姉ちゃんに振り返る。


 「…………」


 親が子を抱き締めるように麻紀姉ちゃんを抱き締める。


 「ーーーー永江麻紀。君が俺のプレイヤーでよかった。……ありがとう」


 寝ている麻紀を抱き締めながら、今までの感謝を告げる。敵とは言え、誰かに見られながらは些か恥ずかしいが、最後なのだからこれくらい甘えてもばちは当たらないだろう。


 「…………それではよいな?」


 五秒ほど抱き締める。一瞬のようで永遠のように感じられる時間。思い出すのは美しい縁側で二人で食べるご飯は最高に美味しかった。

 ウォーゲームの最中ではあるが、のんびりと暮らすあの時間はまさしく人間が営む日常というもの。

 あれこそ自分が求めていたものなのだと漸く知るなどとは遅いにもほどがある。だが、決して悪い気はしなかった。


 ーーーー見たものは、忘れていない。


 ーーーー聞いたことも、忘れていない。


 ーーーー食べたものも、忘れていない。


 ーーーー日常で感じた全てを、忘れていない。


 麻紀姉ちゃんとともに過ごした全てを思い返す。たった数日間であるが、思い出は膨大でまるで走馬灯のよう。


 彼女には自由になって欲しかった。

 …………幸せになって欲しかった。そのために足掻いたつもりだったが結果は無残な物だった。おれにはその力はなかったのだ。


 「…………せい…めい、くん」


 名前を呼ばれ反応するが、やはり麻紀は寝ているのか頭を下げていた。それを確認して小さく笑みをこぼしながらも、再び侍の元へ行く。侍はもう心残りはないのか、と最後の忠告をし、晴明はコクンと頷き目を閉じた。


 「それではさらばだ。小さき武士よ」


 ーーーーそして、無情にもその太刀は晴明目掛けて振り落とされた。


+ + +


 昼休憩が終わりを迎えているのか、続々と工場の作業員がそれぞれの工場に戻ってきた。その中を逆流するかのように歩くのは先程晴明達との戦いを終えたプレイヤー北倉楓とそのフレイムのナイトである。


 「楓、次はどこに行くつもりだ?」


 「死ぬ前にオバオルが殉職したって聞いたからね。彼もこの世界に来ているか確かめに行くわ」


 「ふむ。ここからは遠いのか?」


 「美咲町。すぐ隣の街よ」


 ーーーーこうして物語は始まった。時計の歯車のようにカチカチとゆっくりと、だが確実に刻んでいく。仮初めの世界の中で、十四のプレイヤーは十四のフレイムを引き連れて各々の道を紡ぎ始めた。

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