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白河翼が始まるための物語  作者: ゆきち


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16話 それぞれの動向


 楓さんがグラスを置く小さな音が、静まり返った室内にやけに大きく響いた。

 話を聞き終えて僕は言葉を失ってしまった。

 頭の中は、今聞いたばかりの異常なパワーバランスの構図で埋め尽くされていた。


 出会って間もないが、それでも僕にとって楓さんは絶対的強者であり、そのフレイムである清正さんは十四のフレイムの中で最強の一角だと思っている。

 だけど、その楓たちと死闘を繰り広げ、なおも生き延びたルークとそのプレイヤー。そして、そのルークたちをまるで数分で屠った二人目のナイト。


「そんな……、楓さんと清正さん二人でも叶わない敵がいるなんて……」


 呆然と、ただ心の声を呟いてしまっただけだった。しかし、その言葉に二人は酷く不愉快そうに眉をひそめた


「言っとくけど、私たちは負けてない。刀が折れてなければ、勝ち目は十分にあったわ」


「吾輩らは負けておらんぞ。生き残ってここにおる、そのことこそが勝利の証明になる」


 同じタイミングで鋭く反論し、同じタイミングで言い終える。どこまでも息がぴったりな二人の反応は、やはりどこか似たもの同士だった。

 張り詰めた空気の中だというのに、僕とポーンは思わず頬を緩めてしまう。二人はお互いに顔を見合わせ、やがて楓さんが少し照れくさそうに視線を外して言葉を続けた。


「でもまあ正直なところ、私たち二人ではあいつに勝てる可能性は五分ってとこ。だからこその同盟よ」


 楓さんの視線が静かに佇むポーンへと向く。

 卓越した近接戦闘の技術を持つ彼女は、この場において誰よりも頼れる存在だった。


「あのナイトを討つには私と清正、そしてポーンの三人で同時に仕掛ける。これなら勝機はあるわ」


 化け物染みたナイトを倒す算段がついたと思ったのも束の間、僕はあることに気づく。作戦が始まれば、戦闘力のない自分が足手まといになるのは目に見えている。


「僕は……留守番、ですか」


 思わずこぼれ落ちた情けない声に、楓さんは真剣な眼差しをまっすぐ向けてきた。


「ええ。ただし、ただ待っていられては困るのよ」


 彼女の声音には、一切の冗談が混じっていなかった。


「私たちが不在の間、別の敵が攻めてこない保証はない。その時、あなたが秒で殺されたら同盟は破綻するわ。最低限、自分の身を守るくらいにはなってもらわないと」


 そう言いながら、楓さんは手元に置いてあった一本の木刀を差し出してきた。受け取ろうと手を伸ばし、その重みに思わず腕が下がる。僕が知っている普通の木刀よりも、ずっしりと重い。


「鉄芯が入ってるわ。刀より少し重い程度くらいにしてる、私の鍛錬用の木刀よ。貸してあげる」


「え……」


「貴方も多少は剣を振ってきたんでしょ? その剣だこを見たらわかるわ」


 言われて僕は自分の手のひらに視線を落とした。

 そこにある硬い皮膚の感触を指先でなぞる。小学校を卒業するまでの間は時間が合えば太州叔父さんから剣を教えてもらっていたのだ。つい最近のようで遠い過去の記憶が、手のひらのたこを通じて鮮びやかに蘇ってくる。


「というわけよ、清正。あなたがこの子に剣を教えなさい。少しでも身を守れるようにね」


 楓さんの言葉に応じたのは、豪快な笑い声だった。


「ガハハっ! 童よ! 最強たる吾輩の胸を貸してやろうぞ!!」


「よ、よろしくお願いします!」


 清正さんは嫌そうな顔一つせず、むしろ嬉しそうにドンと逞しい胸を叩いて笑ってくれた。その快活さに、僕の緊張がほんの少しだけ解けていく。


「話は決まりね。清正が特訓している間、私はポーンを連れて外に出てくるわ。ちょっと気になることもあるしね」


 そう言うや否や、楓さんはポーンの肩をがしっと掴み、そのまま有無を言わさず引きずり始めた。


「ちょっ、え、楓!?」


 突然の行動に、ポーンが慌てて声を張り上げる。


「天水橋には近寄るでないぞ!」


「わかってるわよ」


 楓さんは振り返りもせずに手を振った。まるで気心の知れた親子のようなやり取りを交わしながら、連れて行かれる当のポーンは、自分の運命がいつの間にか決まっていたことに目を丸くして慌てふためいている。


「わ、私の意思は!? あ、主、助けてください!」


「じゃあ、行ってくるわ」


 助けを求めるポーンの悲痛な叫びも虚しく、部屋の扉は無情にも閉められた。静まり返った部屋に取り残されたのは、僕と清正さんの二人だけになってしまった。


「…………さてと。吾輩は童の稽古でもするかの」


 清正さんは首をゴキリと鳴らすと、獣のような鋭い眼光を僕に向けた。清正さんの言葉に、僕は手渡された木刀を強く握り締め直した。


 + + +


 主の側を離れるなんて言語道断だと言うのに。

 私は心の中でそう悪態をつきながら、無理矢理に腕を引かれて外へと連れ出されていた。本来であれば、主の身を守るのがフレイムとしての絶対の義務。

 しかし、引きずってくる当の楓にも、留守を預かる清正にも、主を裏切るような不穏な素振りは見られない。ならば、やむを得ず従う他なかった。清正が側にいれば、とりあえず主の安全は担保されているはずだ。


 背後から響いていた、木刀と木刀が激しくぶつかり合う音が少しずつ遠のいていく。私は歩調を合わせながら、隣を歩く楓に視線を向けた。

 


「して、楓。今から向かう場所は、もしや獣使いが言っていた『三人家族』に会いに行くおつもりですか?」


 先の戦いで獣使いが漏らした情報と、それを聞いた時の楓の反応。そこから導き出した私の推測に、彼女はあっさりと頷いた。


「そうよ」


「ご友人ですか?」


「友人と言うより、一応は私の剣の師匠でもあるかな?」


「…………!?」


 あの化け物じみた強さを誇る楓にも、やはり師と仰ぐ存在がいたのか。私は小さく目を見張った。


「と言っても最近では私が勝ち越してたけどね」


 ……化け物はやっぱりどこまでいっても化け物でした。

 私のそんな内心の呆れをよそに、楓はどこか遠くを見つめるように目を細めた。


「それでも先生は尊敬すべき人だわ」


 そう言う楓の目はどこか遠く、悲哀の念が込められている気がする。

 だがそれも当然だろう。

 尊敬しているはずの人とこの世界で再会を果たすと言うことは、それ即ち、その者は既に亡くなっているということなのだから。


 少しだけ重くなった空気を切り裂くように、楓がひょいと近くのコンビニを指差した。

 

「その前に何か軽く食べれるもの買って食べながら行く?」


 先ほど昼食を食べたのに燃費が悪いなんて決して言わない。


「いいですね。私は甘いものが食べたいです」


 私たちフレイムは別に何も食べなくても活動はできる。しかし、食を楽しむ心はある。我が体は甘味を所望している。


「あんたも乙女なのね。いいわ。奢ってあげる」


「ありがとうございます、楓」


 ありがたい申し出に甘えることにして、私たちは自動ドアをくぐった。冷房の効いた店内の棚を物色し、私はある商品の前で釘付けになる。


「こ、これは!!?」


 私の両手には二つのシュークリーム。

 一つはあんこシュークリーム。

 和と洋の究極対。

 こんなの美味しいに決まってる!

 一方は期間限定生クリームが50%増量中。持ってわかるこの重量感。

 これも美味しいに決まってる!


「どっちも買ってあげるわよ」

 

 決めかねていた私に楓はため息混じりで嬉しい提案をしてくれる。

 既に楓は商品を決めているのか籠におにぎりを三つ入れてある、が…………


「…………なんですか?それは」


「何ってどう見てもおにぎりでしょ?」


 確かに形状はおにぎりだ。しかし、そこに貼られたラベルの文字が、私の理解の範疇を完全に超えていた。

 

 燻製たくあんクリームチーズ入りおにぎり。

 ーーーー絶対に美味しくなさそう。


 山椒入りツナマヨ蜂蜜風味おにぎり。

 ーーーーこれも決定的に美味しくなさそう。


 チョコチップ入り鶏そぼろおにぎり。

 ーーーー総じて不味そう。


 私たちが入ったこのコンビニは大手の全国にチェーン展開している店のはずなのにこの攻めたラインナップは一体なんなんだろう。

 一体誰がこんな奇をてらったものを好んで買うのか、不思議でならなかった。


「好きなんだから別にいいでしょ」


 あ、いました。

 唯一の需要が、すぐ隣に。


 楓は粗雑にシュークリームを籠に入れ、店員の姿が見当たらないため、慣れた手付きでセルフレジへと向かい、会計を済ませてくれる。


「ありがとうございます」

 

 礼を言い、買ってくれたシュークリームを受け取りながらも、私はこの割り切れないモヤモヤとした気持ちに賛同してくれる者はいないかと、さりげなく周囲を見渡した。

 しかし、店内には人っ子一人いない。この世界に配置されているはずのNPCすら見当たらなかった。


……誰にも話せない。


 仕方がないので、私はこのモヤモヤとした気持ちにそっと蓋を閉じた。

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