15話 騎士と剣士と侍と
船の汽笛が鳴り響く。
大きな船が通り過ぎる音を聞きながら所有者がいなくなった大破したバイクと斬り落としたライフルを見る。
「最高の相棒か……」
自分でもわかる。
これは羨望だ。
私が力の代わりに持ち得なかったものを持つ者たちへの憧れを抱いてしまっているのだ。
撃たれてしまったヘルムを拾い上げる。
まだ使えるかな、と思ってみたものの、撃たれた衝撃でひしゃげてしまい、もはや使い物にはならなさそうだ。
「……仕方ないか」
命を守った代償だと思えば安いものだ。
変形してしまったヘルムを放り捨て、胸元からタイマーを取り出し、残り時間を見て一考する。
「あまり時間はないが……、まぁ行けるか」
タイマーを仕舞い、船が通り過ぎたため降りつつある橋目掛けて走り出す。
+ + +
銃声の喧騒が嘘のように引いた川面。重苦しい空気の中、響く汽笛が耳に残る。
普段あれだけおしゃべりな清正が見えないはずの橋の向こうの戦いを凝視しながら黙りこくっている。
「清正!戦況は!?」
「……一人になった。この気配はおそらく新しく来たフレイムだ」
その言葉に、背筋が凍る。ルークとそのプレイヤーが落とされた――私たち二人でも仕留めることができなかった者たちをわずか数分で……。
警戒の網を緩めかけたが、再び引き締める。
「楓!あやつ近づいてくるぞ!」
清正の声音に滲む焦燥が私にも伝わってくる。
対岸のフレイムがこちらに向かってくるのがわかる。ルークたちを瞬殺したフレイムだ。緩みかけた気を引き締めなきゃとまだ見ぬ敵を見据える。
「来るぞ!」
「抜刀!!」
踏み出した足に力を込め、私たちは切っ先を鋭く天へ向ける。――その刹那。五十メートルもの距離を隔てた対岸の橋から、一つの影が宙を舞った。
重厚な甲冑を纏っているとは思えぬほど軽やかに、長髪を風に靡かせながら、敵は圧倒的な速度で距離を詰めてくる。
眼前に迫る影が、両手で掲げた鋼の剣を容赦なく振り下ろす。その剣圧は、私の愛刀ごと肉体を両断せんとする死の重みそのものだった。
――キィインと、耳を裂くような甲高い金属音が鳴り響く。落下する巨剣をわずかにいなし、軌道を逸らす。たったそれだけの動作でありながら、敵の圧倒的な膂力は、私の刀身に細かな亀裂を走らせた。
敵はわずかに足を止め、冷酷な眼光を走らせる。だが、その追撃を許すまいと、清正が反対の死角から鋭く踏み込んだ。左右から挟撃する。
しかし、いくら左右から攻め立てても、その防御を崩すことができない。
それどころか、先の戦いで負った深い傷が災いして、清正の体は十全の力を発揮できずにいたこともあり、剣戟が重なるたびに私たちの陣形が確実に押し返されていくのがわかる。
「……侍。貴様、傷を負っているな」
冷徹な呟きと共に、殺気が一気に清正へと収束した。
「下がれ!清正!!」
「……ッ!」
右脇腹から左肩へと走る、容赦なき一閃。
清正は咄嗟に刀を立てて防ごうとしたが、圧倒的な膂力の前に愛刀は無惨に弾かれ、敵の剣先は彼の肉を浅く、しかし大きく薙ぎ払い鮮血が舞う。
「ガハッ……!」
「清正ァアッ!?」
膝を折る清正。その無防備な背中へ、とどめの一撃が頭上から振り下ろされる。
もはや、彼にそれを防ぐ手段はない。私は焦眉の急とばかりに身を躍らせ、敵の喉元を狙って斬撃を放った。
だが、敵の殺意は、私の予測を遥かに超えて一歩早かった。
清正を通り過ぎたはずの刃の軌道が、信じがたい速度で弧を描き、私の目前へと跳ね上がる。
「ちぃッ!」
反射的に構えた防御の上から、敵の剣が我が刀身を叩き割る。甲高い悲鳴を上げて刀は砕け散り、私はその衝撃に耐え切れずに弾き飛ばされた。
地面を無様に転がった私の視界が揺らぐ。
「――楓ッ!!」
苦悶に満ちた清正の叫びが、鼓膜を震わせた。
視線を上げると同時に、彼の手から放たれた一振りの刃が、回転しながら銀色の軌跡を描いて迫る。清正の脇差だ。
私は背中で地を滑りながら、必死に右手を伸ばした。バチィッ、と手のひらに走る硬質な衝撃。柄を握りしめ滑らせるようにして鯉口を切り、抜き放つ。
「おおおぉおッ!!」
間髪入れず、敵が地を爆ぜさせて肉薄する。上段から叩きつけられる大剣。まともに受ければ、この短い脇差ごと骨まで砕かれる。
私は半身を極限まで沈め、紙一重の踏み込みで死線をくぐり抜けた。ゴウッ、と風を切り裂いて大剣が地面に突き刺さる。その瞬間、私は敵の懐へと潜り込んでいた。
「ハァッ!」
脇差を逆手に持ち替え、敵の剥き出しの喉元へ突きを放つ。だが、敵は恐るべき反応速度で首を捻り、それをかわした。想定の範囲内だ。
私は突きを引くと同時に、敵の巨躯の懐に体を預け、全体重を乗せた掌底打ちをその鳩尾へと叩き込む。
ドンッ、と鈍い衝撃音が響き、今度は敵の体が吹き飛んだ。橋の欄干に激突し川に落とすことは叶わなかったが、十歩以上の距離を置くことはできた。
「立てる?」
「舐めるでない……。主のフレイムぞ?ならば最強である吾輩が倒れるわけなかろう……」
その隙に清正の側に駆け寄り、その肩に腕を貸す。
強がりを言ってるものの清正は左肩と胸の怪我が酷い。私も刀は壊され清正の脇差のみ。その状態で戦い長引けばこちらが不利になるのは明白。
(短期決戦しかない、か……)
私たちの意思は言葉にせずとも一致していた。
じりじりと刀を構え直し、再び立ち上がろうとする巨躯の敵。私たちは息を詰め、次の一歩で全てを賭して肉薄しようとした――その、刹那だった。
『ピピピピ、ピピピピ……』
緊迫した戦場にはあまりにも不釣り合いな、気の抜けた電子音が無機質に鳴り響いた。それは、敵が懐に忍ばせていたどこにでもある普通のタイマーから設定された時刻を迎えた音だった。
一瞬の静寂。
敵は忌々しげにタイマーを止めると、私たちに一瞥をくれた。その目は怒りでも悔しさでもなく、どこか複雑な色を帯びて揺れている。仕舞いには、甲冑の奥から深いため息が漏れ出た。
「侍……」
「あん?」
羨望の混じった視線を向けられ、清正がぶっきらぼうに眉をひそめる。
「……パートナーに恵まれたな」
それだけを言い残すと、騎士は翻り、驚異的な跳躍力で橋の欄干を蹴った。そのまま凄まじい速度で、この場から走り去っていく。
「一体なんなんだ?」
ぽつり、と清正が独りごちた。
私も全く同感だった。
一体全体、なんだったのだろうか。
敵を討つ好機でありながら退く理由がわからない私たちにとって、命を拾った安堵よりも、狐につままれたような困惑が勝る。
嵐の去った橋の上には、ただ、私たちの荒い息遣いだけが残されていた。




