14話 旅の終わり
銃使いのルークとそのプレイヤーは天水橋が完全に上がりきる前に飛び見事に向かいの橋にまで到達した。
「まさか渡りきるとはのぉ。敵ながら天晴れよの」
「天晴れで済むか!」
逃すつもりは毛頭なかったのに結局逃げられてしまった。清正なんかまるでスポーツを終えた選手のような清々しい表情でこの結果を楽しんでるようだ。
今後はあいつらを倒すまで常に警戒態勢整えていかなければならないというのに呑気なフレイムだと思う。
だが、追いかける手段がないので私ももう諦めたんだけどね。
清正も傷を負ってしまったし一度家に帰ろうかな。そう思った矢先――
「新手じゃ!来るぞ!」
ガバっと清正が顔を上げる。
その視線の先を追えば金と銀の何かが飛来しており、こちらに飛んでくるかと思ったが、橋の向こう。対岸に落ちて行った。
+ + +
着地の衝撃でタイヤが大きく跳ねる。
それでもアクセルは緩めない。
このまま橋を下りきってしまえば追手も簡単には追って来られないはずだ。
逃げ切れたことに安堵していたが、突然トレッタが上空に二丁拳銃の銃口を向ける。
「なにを……!?」
直後、発砲音が響く。
何事かと思ったがすぐに考えが改まる。
ガギィィィン!!
上空で弾丸を弾く音が続けて響く。顔を見上げて驚いたもののその発砲した先に現れたものを見て納得した。
撃たれたものは持っていた両手剣で防ぎそのままゲートの手前に地面を割る勢いで着地した。
――金と銀を基調とした全身を覆う鎧。頭もヘルムを被り顔こそ見えないが、その風貌は西洋の騎士そのままだ。
両手剣を持つことからそのクラスも容易に推察できる。
「……また、ナイトか」
「打ちひしがれてる場合じゃないぞ、颯馬。やつぁさっきの侍のナイトより強い!」
トレッタはこの敵の異様さを感じ取ったのか警戒度を上げる。だがそれはおれも理解できる。
対抗組織に命に狙われた時。
バイクの大会で一瞬のミスで死にかけた時。
こういった時は大抵、死の香りというものが感じ取れた。
そして今も感じる。さっきの二人組からは感じなかった死の香りが……。
「あぁ!」
再びアクセルを回し、スピードを上げる。
橋を渡るというよりかは落ちる感覚だ。
岸まで辿り着くのにあと十秒もかからない。
「トレッタァッ!」
ナイトも両手剣を構え橋を走り登ってくる。
「お前の望みは叶えてやる!!」
進行方向を変え橋の欄干沿いへ車体を寄せると、そのまま街灯の支柱へ前輪を乗り上げる。
「だからお前もフレイムとしての責務を果たせッ!」
間断なく打ち続けられる銃弾の嵐に真っ向から向かってくるナイトに脅威を感じるが、もはや関係ない。
もうおれの道は完成したのだから。
タイヤが金属を擦る甲高い音を響かせながら街灯を駆け上がる。
トレッタは全弾を撃ち尽くした二丁拳銃を躊躇なく手放す。
宙を舞う拳銃と入れ替わるように、背負っていたライフルを引き抜いた。
「全く困ったねぇッ! あたしの相棒はよぉッ!!」
肩へと銃床を叩きつけると同時に、引き金を絞る。
轟音と共に放たれた銃弾は空気を裂き、一直線にナイトへと襲いかかった。
だが、ナイトは一歩も怯まない。
振り下ろされた両手剣が火花を散らし、一発、二発と銃弾を弾き飛ばしていく。その異様な光景は、まるで嵐の中を突き進む怪物そのものだった。
それでもトレッタは引き金を引く指を止めない。
立て続けに響く銃声が、橋全体を震わせた。
そして、街灯を踏み切り、高く、高く跳ぶ。
――次の瞬間、おれたちの身体は再び上空に放り出された。
このままナイトの頭上を飛び越え、この窮地を脱する。そのはずだった……。
「もらっ――」
その言葉は最後まで続かなかった。
ナイトが剣を構えたまま地面を踏み砕く。まるでナイト自身が一発の弾丸のように弾け飛び、信じられない高さまで跳躍した。
「くそがッ!?」
空中で目が合う。
いや、ヘルムに覆われた顔は見えないのだが、それでも確かにこちらを見ていた。
凶々しい両手剣が振り上げられる。一気に死の香りが強くなる。
――これは、まずい!!
「トレッタ!」
「任せろ!」
返事と同時にライフルが火を噴く。
乾いた銃声が三度、立て続けに響いた。
放たれた銃弾二発は剣で防ぎ落としたが、一発は脇腹の装甲の隙間を抉った。しかし鎧に当たる瞬間ナイトは体を捩り致命傷を避けていた。
だが、無理に避けたせいか体勢が崩れたようだ。その瞬間をトレッタは見逃さなかった。
「これで落ちなッ!」
トレッタは照準をわずかに上へずらし、引き金を引く。
放たれた一発は吸い込まれるようにヘルムへ命中した。
ガァァンッ!!
耳をつんざく金属音。
ヘルムが宙を舞い、弧を描く。
「……女?」
思わず声が漏れた。
陽の光を受けて輝く長い金髪。
透き通るように白い肌。
整った顔立ちは人形のように美しかった。
だが、見惚れてる場合じゃないと即座に切り替える。
あの距離で姿勢を崩した相手へのヘッドショットが命中しなかったのだ。
ならば次の手は点ではなく面で攻めるしかない。
「これならッ!」
トレッタが懐から手榴弾を取り出しナイトに投げ付ける。すでに安全ピンを抜いた手榴弾はナイトに防ぐ間も与えず眼前で爆発した。
銃の弾丸すらはじくあの鎧の硬さに手榴弾が通用するかわからんが、ヘルムを失った今なら頭部へのダメージは避けられないはず。
爆破の煙がこちらまでやってくるが問題ない。
あとは地上に着地して全力で逃げるだけなのだから。
――悪寒が走る。
手榴弾の爆破をもろに受けたナイトに再び目を向ける。
煙の中からナイトが現れる
「しつこいッ!!」
トレッタが怒鳴りながらライフルで狙いを定める。
だが、ナイトの方が一手早かった。
「遅い!」
――一閃。その一振りでライフルの銃身が斬られ、すぐさま切り返そうとする。その間合いにはすでにおれたち二人は入っている。
トレッタの二丁の拳銃もなくライフルも斬られた。手榴弾も閃光弾も使い切った。おれたちに打つ手はもうなかった。
……死の香りが一層強くなる。
もはや死を覚悟したその時、走馬灯のようにトレッタの言葉を思い出した。
『死にたくなったら死ね!今ならこのあたしも一緒に死んでやる!だけど少しでも未練があんなら生きろ!あたしがあんたを守ってやる』
あの時、トレッタはどんな気持ちで言ったのだろう。
もう死んでもいいと思ってたおれだが、その一時間後には生きようと足掻いている。虫のいい人間だと自分でも嫌になる。
……でも、それでもいい。
一緒に生きてくれる奴ができたのだ。
なら、人間らしく醜く足掻こう。
おれは――
「――生きるぞッ!」
懐からトレッタから無理矢理渡された拳銃を取り出し、照準をナイトの頭に合わせる。
後は引き金を引くだけ。切り返しの剣よりも早くナイトに届く。おれたちは勝つんだ!
――ダンッ!と発砲音が響いた瞬間にナイトの頭も撃たれた衝撃で後ろに仰け反った。
――勝った!
おれもトレッタも勝利を確信した。
だが、ナイトは再び上体を起こし目が合った。
たった今撃たれたはずなのにその目は全く死んでいない。いや、それどころ撃たれた痕跡が見当たらない。
困惑しているおれたちをよそに、ナイトは大きく息を吸い込む。
僅かに開いた口から覗く一発の弾丸。それに気づいた時にはまさに一瞬の出来事だった。
「ふっ!」
「颯馬!!」
破裂した呼気が、それを超音速の凶器へと変えた。
ナイトの口から吐き出された鉛の塊は、文字通り銃弾となって、おれの頭へと吸い込まれていく。
だが寸前でトレッタが身を挺して庇ってくれた。
「がッ!」
トレッタが痛みを叫ぶよりも前に、ナイトは最後の一振りを振り抜いた。
+ + +
地面に叩きつけられた衝撃と、信じがたい軽さが同時に襲った。
視界が不自然に低い。見上げる景色の中で、自分の下半身が数メートル後ろに転がっているのを認めた。
――あぁ、そうか。あたしはもう死ぬのか…………。
もうあたしの命は一分ももたないのが理解できた。
切断面から溢れ出る赤が、乾いたアスファルトの上をまたたく間に黒く染めていく。
「が、あ……っ!」
肺から絞り出されたのは、声にもならない悲鳴だった。激痛は麻痺し、代わりに猛烈な悪寒が全身を駆け巡る。臓物と命が文字通り零れ落ちていく感覚。普通なら即死している。だが、心臓はまだ、狂ったように脈打っていた。生きたい。いや、まだ終わらせるわけにはいかない。
「う、おおおおお!」
震える両腕を前に突き出した。指先を泥に突き立て、爪が剥がれるのも構わず地面を掻く。
ずるり、と肉塊と化した上半身が前へ進む。引きずられた内臓が地面に凄惨な一本の赤い線を引いていく。残された両腕の筋肉だけが、爆発的な拒絶反応のように駆動していた。
そして、一歩、また一歩。腕を伸ばし、己の体重を引き寄せる。
「……なに、寝てんだい…………。颯馬?」
やっとの思いでたどり着いた先には、あたしと同じように、背中から無残に両断された相棒の姿があった。
「まだ……、旅は、始まった……、ばかりなのにさ」
喉の奥から込み上げる熱い血を飲み込みながら、あたしは震える手を彼に伸ばした。微かな呼吸を探すが、もう返事は返ってこない。彼の半身は既に光の粒子となって消失しつつある。
「全く……」
焦りと絶望で涙がこぼれそうになるが、あたしは口元に血の笑みを作り、颯馬の口元にそっと口付けた。
「あたしの……、ファーストキスだ。うれ、しいだろ……?」
返事のない彼に身を寄せながら、あたしは視線を空に向けた。光り輝くつぶの波が天へと翔る。
薄れゆく意識の中で、彼との短い、とても短い旅路の記憶が走馬灯のように蘇る。
「さっきの颯馬、かっこよかったよ……」
震える唇で、血を吐きながら彼に囁きかける。
「あんたは最高の相棒だ」
遠ざかる意識の中、最後に希う。
いつかまた、こいつと走りたいと。
二人で楽しく旅をしたいと。
そんな叶うはずのない願いを胸に、あたしは静かに目を閉じた。




