13話 追撃戦
本業の農業が忙しすぎて更新遅くなりました。大変申し訳ないです
閃光弾によって視界を奪われ、行動を開始できたのは僅か数秒後のことだった。
だが、その数秒という時間はバイクで逃走する相手にとっては十分すぎるほどの猶予となっており、地下駐車場から地上へ飛び出した頃には既にルークとそのプレイヤーの姿は米粒のように小さくなっており、このまま正面から走って追い掛けても追いつけないことだけは即座に理解していた。
「清正、まだ追える?」
問い掛けると、肩から血を流しながらも清正は苦々しい顔を浮かべつつ感知能力を広げており、その表情からも決して余裕のある状況ではないことが見て取れた。
「感知はできる……だが距離が広がっておる。このままではそのうち範囲外じゃ」
清正の言葉に小さく舌打ちしたが、それは敵を逃したことへの苛立ちではなく、目の前に存在する問題へ対してどう対処するべきかを瞬時に考え始めた結果として漏れたものだ。
そして数秒後、私の視線が道路を走る大型トラックへ向けられた瞬間、閃きが宿る。
「だったら借りるしかないわね」
そう呟くと同時に道路脇のガードレールを踏み台にして高く跳躍し、常人ならば絶対に真似できない高さまで一気に身体を持ち上げると、そのまま走行中の大型トラックの荷台へ着地した。
突然荷台へ飛び乗っても運転手はNPCなので何も言われない。その点で言えば言い訳もする必要もないので便利な世界だと思う。
「なるほど、そういうことか!」
意図を察した清正も地面を強く蹴り上げると、負傷しているとは思えない身軽さで荷台へ飛び乗り、そのまま私の隣へ着地した。
トラックは市街地を抜けるように進み続けており、その速度は走る人間と比較すれば圧倒的だったため、僅かな時間で大きく距離を稼ぐことに成功していた。
「どう?」
「まだおる。じゃが速度は向こうが上じゃ」
清正は目を閉じながら答える。
「距離は縮まっておらん。ただ広がる速度は遅くなった」
「そう……。なら次の足場探すわよ」
前方を睨みながら呟いた。
この追撃戦は必ず成さねばならない。
正直なところ、さっきの長距離の視線を感じ取れたのも偶然の産物だ。あんな距離の視線毎回感じ取れる訳ではない。
なのでここで逃してしまえばこの先ずっと気配を探り続ける必要が出てくる。それだけは避けたかった。
「逃がさないわよ」
――今日、ここでルークを討つ。
+ + +
そしてその頃。
厄介なナイトたちから逃げ切ったバイクの上では、先ほどまでの死闘が嘘のような空気が流れていた。
おれはハンドルを握りながら周囲の交通状況へ意識を向けていたが、その背後ではトレッタが風を受けながら妙に上機嫌な様子を見せており、まるで命懸けの逃走劇の最中であることなど忘れてしまったかのようだった。
「なぁ颯馬」
突然そう呼び掛けられたことで、少しだけ眉をひそめる。
「何だよ」
「このバイク綺麗だよな」
トレッタはそう言いながらシートを軽く叩いた。
それは確かに綺麗だった。
年式を考えれば異様なほど綺麗だった。
乗ることもないというのに毎週一回は必ず洗車しているからだ。
「……まあな」
「でもさ」
トレッタの声が妙に楽しそうになる。
「他のバイクは一人乗りだったのに、なんでこれだけ二人乗り用なんだ?」
ギクっとしたのが自分でもわかった。
自分の表情が僅かに固まった気もする。
もちろん、トレッタはその瞬間を見逃さなかったようだ。
「やっぱりあれか? いつか彼女ができた時のためか?」
「……うるさい」
「図星じゃないか」
風に髪をなびかせながら笑うトレッタは完全に面白がっていた。
「彼女いたことないんだろ?」
「……」
「キスも?」
「……」
「手を繋いだことは?」
「……黙れ」
「ないのか」
トレッタはついに吹き出した。
家柄のせいで周囲から距離を取られてきたことも事実だった。
異性との縁がなかったことも事実だった。
だがおれとしてはかなりセンシティブな話題だったし、周りの他人はこのことを言及してこなかったから、こうして真正面から弄られると非常に弱い。
「お前なぁ……」
「いや面白くてさ」
トレッタは笑いながら肩を揺らす。
「名前をくれた奴が、実は彼女どころかキスも未経験でしたって聞いたら笑うだろ」
「笑わなくていい」
「そりゃ無理な相談だ」
トレッタはさらに笑った。
そしてしばらくしてから、不意に笑みを消した。
その変化におれは気付かなかった。
「なぁ颯馬」
「何だ」
「この戦いに勝ったら付き合ってやるよ」
バイクのエンジン音の上からライフルに弾を込める音も聞こえる。
だが、それよりもトレッタの発言に脳の処理が間に合わない。
「はぁ!?トレッタ、お前何言ってんだ!?」
「なんだよ?嫌なのかい?」
「……それは、その買い物に付き合うとかじゃなくて?」
「ばぁか……。男と女のお付き合いだよ。…………それともあれかい?あたしじゃ役不足かい?」
「いや……、そんなことは…………」
告白されるなんてことは生きてきて初めてだった。
しかもトレッタは性格にこそ難あれど、見てくれだけはSSS級の美人だ。そんなやつに言い寄られたらそりゃ照れてしまうもんだ。
「あたしが女の魅力教えてやるよ」
そんな言葉を耳元で囁いてきやがった。わざわざ密着してきて……。
「は、は…………」
「は?」
「はしたないでしょうがー!!…………って、トレッタ!?」
後ろを振り向いて叫ぶ。
それと同時に後方のトラックの上に侍の姿が確認できた。
「おいおい、キャラ崩壊してんぞッ!!」
言い終えると同時にトレッタは後ろに振り返りライフルで撃つ。
だが、その銃弾が侍に当たる前に斬られてしまった。
「あいつまで当然のように弾丸斬るのかよ」
トレッタが愚痴る。
一つ疑問が湧き上がる。
「トレッタ!あいつのプレイヤーは……どッ!?」
おれの言葉を遮るようにトレッタの背中を押された。
押された衝撃で姿勢を崩し、バランスも崩してしまったが何とか立て直す。一瞬文句言ってやると思ったが、その前に頭上を何かが通り過ぎて行った。
おれが確認するよりも前にトレッタがその通り過ぎた何かに向かって発砲する。
「チィッ!」
敵プレイヤーは本当に人間なのか怪しい速度で銃弾を避け隣を走るトラックの物陰に隠れる。
「警戒怠んなよ颯馬!」
怒鳴られた瞬間、トレッタはライフルを肩へ担ぎ直しながら再び引き金を絞る。
乾いた銃声が夜道へ響き渡り、放たれた弾丸は隣を走る大型トラックのコンテナ側面へ着弾し、火花を散らしながら鉄板を抉った。
だが当たっていない。
敵プレイヤーはトラックの陰へ身を潜め、次の瞬間には荷台の縁を蹴り、さらに前方を走る配送車の屋根へ飛び移る。
まるで道路を走る車全てが足場になっているかのような動きだった。
「はぁ!? あいつ何考えてんだ!」
「ありゃあ化け物の類だ。理解しようとするだけ無駄さ」
トレッタは照準器を覗き込みながら答える。
そして、再び発砲。
三発。
四発。
だが一発として当たらない。
敵プレイヤーは進行方向を変えながら車両の影へ入り込み、時には車体そのものを盾に利用することで弾道から逃れ続けている。
しかも、問題はもう一人いる……。
「ぬぅぅぅぅッ!!」
後方から雄叫びが聞こえる。
ナイトの侍だ。
肩を撃ち抜かれているにもかかわらず、その脚力はほとんど衰えておらず、ワゴン車から軽トラックへ、軽トラックから大型トレーラーへと次々飛び移りながら距離を詰めてきている。
「なんなんだよこいつらは!!」
「武士は根性論で動く生き物なんだろ?理解不能だよな」
「ほんと勘弁してくれ!」
もうすでにいっぱいいっぱいなおれとは違ってまだ軽口を叩きながらトレッタはライフルを背中へ戻す。
そして代わりに腰に差していた二挺拳銃を抜いた。
ライフルよりも連射が可能であるし、何より敵二人にはすでに接近され過ぎているので牽制できるだろう。
「無駄じゃあ!」
「全くチート補正もいい加減してくれよ」
それでも侍と敵の女の子はジリジリと距離を詰めてくる。ゲームオーバーの文字が頭によぎる。
せっかく生きたいと希望を持ったのに……。
もはや死を覚悟したその時、ある音が聞こえる。
ウーー、ウーー。
低く重みのある大音量の警告音。続けて町内全域に響き渡るアナウンスが流れる。
「橋の開閉が始まります。通行を停止し、速やかにゲートの外へ移動してください」
「……まだ希望はあるみたいだな!」
アクセルを限界まで回してスロットルバルブを全開にし、エンジンを最高出力で稼働させる。
強烈なGフォースが発生し、体を蝕むがそんなもの慣れきっている。
「お、おい!どこ行くんだ!?」
急な加速にもバランスを一切崩さないトレッタをさすがだと思いながらただ一言トレッタに伝える。
「トレッタ……、おれと死んでくれるか?」
「一連托生ってやつか!いいだろう!のってやる!」
スピードを上げるも、二人の追撃は止まらない。
侍が大型トレーラーから飛び移り、敵プレイヤーも車列の屋根を駆け、一直線に迫ってくる。
「逃がすかッ!」
「甘ェッ!」
トレッタの拳銃が火を噴く。
連続する銃声。
敵は車体を盾にしてかわす。
その僅かな隙を逃さず、おれはハンドルを切った。
ワゴン車と大型トラックの数十センチしかない隙間へ車体を滑り込ませる。
ミラーが擦れる音が響く。
だが構わない。
今は何よりこの二人を振り切るのが先決だ。
そして!次の交差点をおれは迷わずハンドルを右へ切った。
タイヤが甲高い悲鳴を上げる。
バイクはドリフト気味に車体を滑らせ、そのまま一直線に大通りへ飛び出した。
「この先は……、まずい!!清正!」
敵のプレイヤーは気づいたらしい。だがもう遅い!
渋滞する車列の隙間を縫う。
警報が鳴り響き、ゲートが閉まり始める。
その先では巨大な天水橋が軋みを上げながらゆっくりと持ち上がっていた。
「颯馬!?あんたまさか!?」
トレッタもおれがやろうとしていることを理解したようだ。
「なんだ、ビビったのか?」
トレッタはフフンと笑って答えた。
「いいや!やっちまいな!颯馬!!」
「行くぞォォォ!!」
アクセルを最後まで捻る。
エンジンが咆哮する。
フロントタイヤが橋の先端を蹴った。
次の瞬間。
世界から重力が消えた。
足元では轟音を立てながら開いていく天水橋。
眼下には黒い川面。
後方では、開き始めた橋の向こうに二人の姿が小さく見えた。
「ハハハハハ!!」
トレッタが楽しそうに笑う。
気づけばおれも笑っていた。
――そして、バイクは大きな放物線を描き、天水橋を渡りきった。




