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白河翼が始まるための物語  作者: ゆきち


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11話 銃使い


 富士組と大きく掲げられた看板のついたマンションの一室。

 コン、コン、と軽く扉を叩く。


「おーい颯馬。朝だぞー」


 返事はない。

 まぁ、いつものことだ。

 扉にもたれ掛かながら話し続けてみる。


「今日は天気いいぞ? 風も気持ちいい。バイク乗るには最高の日だ」


 それでも返事は返ってこない。

 部屋の向こうから聞こえるのはテレビの音だけだった。


 部屋の向こうから聞こえてくるのはテレビの音だけだった。


 エンジンの唸りに、タイヤが地面を蹴る音。


 どうせまたバイクレースの映像でも見ているんだろう。

 現界してから三日経つが、ご主人様の颯馬は一度もこの部屋から出ていない。


 最初は警戒してるだけかと思ったが、どうやら違った。


 あいつは――外を怖がっていた。


「…………」


 もちろん、原因は知っている。

 颯馬の死に際の真相はクイーンによってあたしの記憶に書き込まれているのだから。


 壁の向こう。

 部屋の棚には数え切れないほどのトロフィーが並んでいる。


 ロードレース。

 モトクロス。

 オフロード。

 トライアル。


 ありとあらゆる大会で結果を残した天才。

 世間では“バイクの申し子”とまで称されていた。


 けれど、誰も彼の素顔は知らない。

 大会に出る時、彼は必ずフルフェイスのヘルメットを被り、人前ではそれを決して外さなかったからだ。


 それはスポンサーの演出でも、キャラ付けでもない。

 富士颯馬が、日本最大級の極道組織――富士組本家の実子だったからだ。


 組としては面白くなかったんだろう。

 本家の血を継ぐ者が、表舞台で歓声を浴びることが。

 特に若頭をはじめとした幹部連中は、颯馬の存在を快く思っていなかった。


 だから、大会前日に彼らは誰にも気づかれないよう、バイクに細工を施した。


 結果は簡単だった。


 ジャンプ台から飛び出した瞬間、車体が制御を失う。

 着地は失敗し、颯馬はそのまま地面へ叩きつけられた。

 この件を、メディアは偶発的な不運なクラッシュとして報じた。


 けれど、颯馬は理解したんだろう。


 自分を殺したのは、ずっと家族だと思っていた連中だったのだと。


「…………そりゃ外も嫌になるよなぁ」


 家族が殺しにかかってくるような世界だ。無理に引っ張り出す気にはなれなかった。

 だから今日も、軽く声だけ掛ける。


「飯、扉の前に置いとくからな」


 それだけ言って、扉から離れた。

 返事は最後までなかった。


+ + +


 屋上へ続く扉を開ける。

 途端、強い日差しが照り付ける。


「……今日もあちーな」


 帽子を軽く押さえながらフェンスへ近づいた。

 現界してから三日。

 こうして周囲を見張るのは、もはや毎日の習慣になっていた。


 この戦いで一番厄介なのは、不意打ちだ。特にあたしのようなルークには感知能力はないから後手に回ることは死に直結する。

 だから先に見つけ、先に撃つ。


 それがあたしの必勝法で、唯一の戦闘手段。


「見た目はガンマンなのにやってることはスナイパーだな……」


 私は格別戦闘に秀でているフレイムではない。

 一対一になってしまえば大体のフレイムには負けてしまうだろう。

 けれど、あたしにはこの目と銃の腕がある。


 あたしの目なら、三キロ先の道路に落ちたコインすら見えるのだ。


 風で転がる空き缶。


 信号機に止まった鳥。


 遠くのビルの窓のヒビ。


 全部見える。

 だから誰より先に敵を見つけられる。


「さて、と……」


 愛銃を肩に担ぎながら周囲を見渡す。

 昨日と同じように動くNPCたち。一日目は何とも思わなかったが、連日同じ顔のNPCがただ与えられた動作を行うだけで、それは人間と言うよりは機械と言われた方が呑み込みやすい。


 その中で、ようやく見つけた異変。


「……ん?」


 視線が止まった。

 刀を持った二人組。

 かなり遠いが、ライフルスコープを覗くとはっきりと見えた。


 一人は侍。外見からしてナイトだろう。

 初陣としては最悪な相手だ。だが、それ以上にあたしの目を奪われたのはもう片方の少女だった。

 

「なんだあいつ……。本当にただの人間か?」


 佇まいからしてわかる。

 その隙のなさはまるでフレイムのようだ。おそらくかなりの強者。

 正直敵対しても碌でもない結果になる予感がするので、遠目に見ておくだけにしておこう。


「――ッ!?」


 少女がこちらを向いた。

 いや、正確にはこちらを見た。


 即座に身を引く。

 ありえないと思った。ルークのあたしですらスコープ越しに二人の正確な姿を捉えたというのに常人に捉えられるはずがない。そう信じてやまないが、それでも嫌な汗が止まらない。


「おいおいマジかよ……」


 再びスコープを通して二人を見る。

 見えているはずがないのに、少女は迷いなくマンションの方角を見据え歩み始めた。


 …………本当に見えているのか?いや、実際にこちらを見ているんだ。位置を把握されたと見て考えた方がいいか?


 トリガーに指をかける。


 撃つべきか?それとも即座に撤退すべきか?

 判断材料が少な過ぎる。が、直感を信じよう。

 早急に颯馬を外に連れ出して逃げよう。


 ――瞬間、スコープ越しに目が合った。


「あ」


 撤退を選択したというのに、あたしはトリガーを引いてしまった。

 ミスった、とは思ったが狙いは正確。音を置き去りにした弾丸は少女のどたま目掛けて飛んでいく。

 二秒後には少女の頭は弾け飛ぶだろう。

 だが、やはりと言うべきか。少女は音速を超えた弾丸をその刀で一刀両断しおせやがった。


 そして、弾丸を切った直後、二人は顔を見合わせて全速力でこちらに走ってくる。


「やばいやばいやばいやばい」


 心臓が嫌な音を立てる。

 

 なんだ、あいつ!?あれでプレイヤーなのか?

 フレイムでもあんな芸当できないんじゃないか!?


「くそッ」


 つい悪態をついてしまう。

 おそらく最初は当てずっぽうでこちらを見てだのだろう。それなのに、あたしが弾丸という確信を与えてしまった。


「最悪だ!」


 急いで富士組の武器庫である部屋から片っ端から武器を集めて装備する。

 戦争でもするのかってほどの銃と弾丸があるので初めて見た時は驚いた。

 持てるだけ持って続いて颯馬の部屋に入る。ノックもしないし、鍵はされていたがあたしたちフレイムにとってはそんなものあってもなくてもおんなじだ。


 突然のあたしの襲来に颯馬は目を見開いたが続けて怒気を混ぜて睨んできやがった。


「いきなり何を……」


「うるせえ!早く出る準備しろ!ナイトが来るぞ!」


 予期していなかった敵の出現に颯馬は驚き、反射的に立ち上がった。だが、すぐにその表情に影が差した。


「あと五分もかからん!早くしろ!」


「おれは……行かない」


「何言ってんだ!殺されるぞ!?」


「それでもいい。おれは生き返りたく……ない」


 ムカつく。本当にムカつく。

 何でこんなやつがあたしの相棒なんだ?


 気づけば拳が出ていた。

 どうやって連れ出すか考えるよりも先に颯馬の顔面を殴ってしまっていたのだ。しかもまあまあ強く颯馬は壁にまで吹き飛ばされていた。


「何を……」


「うるせえ!!?」


「……え!?」


「あたしは人間になってやりたいことがあんだよ!あんたが生きたいとか死にたいとかどうだっていい!」


 颯馬は何も言わない。その顔が余計に腹立たしかった。

 

 死にたいわけじゃない。

 諦めたいわけでもない。

 ただ怖くて動けないだけだ。

 そんなことくらい、見てればわかる。

 

「生き返りたくないだぁ!?じゃあ何でずっとバイクの動画見てんだよ!未練があんだろ!?またバイクに乗りたいんだろう!?」


「…………」


 先程掻っ払ってきた銃を一丁颯馬の胸に押し付ける。


「死にたくなったら死ね!今ならこのあたしも一緒に死んでやる!だけど少しでも未練があんなら生きろ!あたしがあんたを守ってやる」


 返事はない。

 ただ、俯いていた颯馬の手がゆっくりと伸びる。

 銃を受け取った手は少しだけ震えていた。


 それでも、さっきまで頑なに閉じられていた視線は床ではなく、手の中の銃へ向いていた。


「……」


 それだけで十分だった。

 そして、颯馬は棚の上に置かれたヘルメットへ視線を向けた。

 

 

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