懐かしい朝
るいは、ヤシロの優しさを初めて感じていた。
――改めて、かもしれない。
本当は、心のどこかでは気付いていた。
ヤシロが、ずっと自分たちを守ろうとしてくれていたことに。
ヤシロ「今の状況で、体ごと過去へ行くのは危険だ。だから、過去の記憶の旅をさせてあげるよ」
にこ「記憶……?」
ヤシロ「あぁ。システム室へ行こう」
るい「URUちゃんが言っていたね……システム室があるって」
にこ「うん」
するとヤシロが歩き始めた。
振り返り、軽く手招きをする。
ヤシロ「こっちだよ」
2人は顔を見合わせ、小さくうなずいた。
そして、ヤシロの後を追って歩き出した。
システム室に入ると、2人はすぐにあることに気付いた。
にこ「えっ……同じ石?」
るい「物置の地下にあったものが、ここにも?」
そこには――
見覚えのある、大きな光る石の塊があった。
静かに、しかし確かに。
内部から淡い光を放っている。
ヤシロ「あぁ。これを使うのは、もう少し後だから。説明は、その時にする」
にこ「じゃあ……過去の記憶の旅は、どれでするの?」
ヤシロは少しだけ微笑み、部屋の奥を指差した。
ヤシロ「記憶の中に入る装置を使うんだ。これだ」
そこには、二つの椅子が並んでいた。
頭部には、小さな光の輪のような装置が取り付けられている。
ヤシロは、真剣な表情で続けた。
ヤシロ「ただし――時間制限がある」
にこ「時間制限……?」
ヤシロ「長時間、記憶の中に居続けるのは危険なんだ。それに……」
少し間を置く。
ヤシロ「記憶の中では、触れることもできないし、声も届かない」
るいとにこは、思わず息をのんだ。
ヤシロ「だから、よく見て、よく覚えてくることだ。それが――この旅の目的だ」
2人が椅子に座った瞬間。
視界が、ゆっくりと揺れた。
世界が、遠ざかるように霞んでいく。
そして――。
母「2人とも起きなさーい!!」
懐かしい声が、耳に届いた。
同時に。
ふわりと、懐かしい匂いがした。
湯気と一緒に、鼻の奥にやさしく広がる。
じゃがいもと玉ねぎのお味噌汁の匂いだった。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
にこ「……あれ?」
るいも同じように、あたりを見回していた。
るい「この匂い……」
その瞬間――。
《カチャカチャ》
と、食器の触れ合う音が聞こえた。
朝食の準備をしている。
聞き慣れた音。
毎日聞いていたはずの、当たり前の音。
そして――。
やさしい声が、台所の方から聞こえてきた。
母「るい、にこ。
ごはんできてるわよー」
にこは、はっと息をのんだ。
にこ「……お母さん?」
るいは、ゆっくりとつぶやいた。
るい「ここ……
私たちの、家……?」
2人の足元には、見覚えのある木の床。
窓の外には、まだ少し冷たい朝の光。
それは――
何度も過ごした、ありきたりな朝。
けれど。
もう二度と戻れないはずの、
過去の記憶の朝だった。
世界は、静かに次の記憶へと移り変わった。




