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7話

アルディス魔導学園の中央広場。

そこにそびえ立つ巨大な大理石の中央掲示板の前に、その日は朝から大きな人だかりができていた。


掲示板に貼り出された、大きな羊皮紙の一筆。その内容を目にした生徒たちの間に、水に落とした油のように、瞬く間に困惑と驚愕が広がっていく。


【告知:古代魔法概論・特別講義について】

次回講義における受講人数の上限は30名までとする。

※なお、本講義は当学園の生徒以外の受講・参加もこれを認める。


「た、たった30人!? な、なんだよそれーーっ!!」

「嘘だろ!? 桁が二つ足りないじゃないか!」


一人の男子生徒の絶叫を皮切りに、広場は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


「なんで!? 私、次は絶対にアズマ先生の講義を聞こうって決めてたのに! そんなに少なかったら、入れるわけないじゃない!!」


「嘘だと言ってくれ! 頼むから見間違いであってくれよ!」


先日行われた、魔道士アズマによる最初の講義。

その衝撃は、すでにアルディス魔道学園の壁を越え、ハイバッハ帝国全体へと波紋のように広がりつつあった。


伝説の物語かという、これまでの常識を根底から覆す講義。当初は誇大妄想の類だと疑惑を呈する者もいたが、何せ目撃者は学園関係者だけで千人を超えている。口々にその内容を語る彼らの熱量に、帝国中の魔道士たちが色めき立ち、次は自分も、と手ぐすね引いて次回の案内を待っていたのだ。


当然、学園側も大ホール、あるいは屋外の演習場を開放して大規模にやるものだと誰もが疑わなかった。

それなのに、掲示板に貼り出されたのは真逆の、あまりにも無慈悲な人数制限だった。


厳しい。

あまりにも受講条件の門が狭すぎる。


慌てふためいているのは、まだ実力の及ばない1年生や2年生だけではなかった。


最上級生であり、帝国の将来を背負う自負のある3年生のエリートたちすら、普段の冷静さを失って案内を凝視している。


さらには、家柄の力を使えばどんな特等席でも用意されると高を括っていた上級貴族の令息・令嬢たちすら、その額に冷や汗をにじませていた。


(まさか、ここまで参加人数を絞ってくるとは……。家門の権力すら通用しないかもしれない)


(これは……一刻も早く父上と相談しなければ……このままでは受講は絶望的だ……!)


そんな喧騒の中、一部の鋭い目を持った生徒たちは、紙面の最下部に書かれた小さな一筆に視線を留め、さらに表情を戦慄させていた。


(ん?……当園以外の生徒も参加可能……だと?)


(おいおい、冗談だろ。ただでさえ30席しかないっていうのに、外部の人間にも門戸を開くだなんて……!)


その注意書きの意味する深刻さを、彼らは瞬時に理解した。


(当園以外ということは、家の手伝いや、派閥の政治的、あるいは財政的な事情で帝都に来られなかった地方の学生にも参加資格があるということね……)


(まずいな。アルディスは帝国一の学園だが、それはあくまで学園全体としての話だ。個人で考えれば、田舎にとんでもない才能を持った生徒がいてもおかしくない)


千人以上の生徒が、たった30の席を巡って命がけの椅子取りゲームを始める。

その最悪の予感に、中央広場は底冷えするような熱気に包まれていくのだった。


◇◇◇◇◇


一方その頃


自分の放った一筆が学園を騒然とさせていることなど知る由もないアズマは、帝都の片隅にある自宅で、のんびりと昼食を口に運んでいた。


「……料理が不味い」


ぽつりと、アズマは独りごちた。


皿の上の麦飯と、適当に塩漬けされただけの干し肉を咀嚼しながら、深い溜息をつく。

家に置いてある食材が、ことごとく不味いのだ。


これは、ハイバッハ帝国の食文化が未熟で、美味しいものが存在しないという意味ではない。

探せば帝都にはいくらでも一流の料理人が腕を振るう高級料理の店がある。


もしくは商人に適切な対価を支払えば、朝採れの新鮮な野菜や極上の霜降り肉をいつでも自宅まで届けてくれる。


それにもかかわらず、この自宅にろくな食材がないのは(ひとえに)に、記憶を取り戻す前のアズマが日持ちするからという理由だけで、適当な保存食ばかりを買い溜めしていたせいに他ならなかった。


以前のアズマにとって、食事とは単に餓死を免れ、肉体を維持するための作業でしかなかった。

味覚を楽しむ時間すら無駄であり、極力その時間を省いて魔法の研究に充てたいとすら考えていたのだ。


クレイドルの仕事で稼いだお金は、ほとんどが希少な魔道書や怪しげな古文書の購入費に充てられていた。

それ以外の私生活においては雨風がしのげれば不便ではないという認識で生きていたのだ。


現に、今彼が座っているこの家も、周囲の貴族邸や高級住宅と比べれば明らかに手狭で、内装のこだわりも皆無だった。

リビングには最低限の木製家具しかなく、壁には装飾品や絵画などは一枚だって飾っていない。


まあ、奥にある書斎だけは別世界で、床から天井まで頑丈な本棚がひしめき合い、壁一面を世界中から集められた禁書紛いの魔道書や古文書がぎっしりと埋め尽くしているのだが。

つまり、これまでのアズマは人生の全リソースを魔法の研究と修練だけに捧げていた魔道の求道者だった。


「……こんな生活、今の私には絶対に無理だ」


アズマは干し肉を飲み込み、きっぱりと言い放った。


かつてのアズマは魔法の深淵を目指す純粋な魂を持っていたかもしれない。

だが、前世において大物政治家としてこの世の春を謳歌し、最高級の邸宅、極上の美食、一流の衣服といったあらゆる洗練されたサービスを受け尽くしてきた記憶が、魂に刻まれているのだ。


そのせいで、眠っていた様々な欲求が爆発的に膨れ上がっていた。

もっと美味いものが食べたい。美しい芸術品に囲まれたい。仕立ての良いお洒落な服や靴を身にまといたい。

そして何より、そのためには、圧倒的な金が必要だ。


この時をもって、アルディス魔道学園の将来有望な生徒たちが異色の魔道士と仰ぐ男は、清々しいほどの俗物へと成り下がった。


「それにしても、次回の講義の参加人数を30人にしたのは、さすがに少なすぎたか?」


アズマは渋くて安物の紅茶をすすりながら考えを巡らせる。


学園の幹部からは「せめて100人、いや、300人は入れてくれ!」と涙目で切望されたが、アズマは一歩も引かずにこの制限を突き通した。


「いや、またあんなに会場がしらけるのは御免だ……」


アズマの脳裏に、前回の全力の講義の光景が蘇る。


あの時、受講していた生徒たちは一人の例外もなく、魂が抜けたように静まり返っていた。

アズマからすれば、それは全員が寝ているか、あるいは私の講義にこれっぽっちも関心がない態度にしか見えなかったのだ。


実際には、アズマの常識外れの話に脳の処理が追いつかず、気絶するように放心していただけなのだが……


私は、学園が予算を獲得したり、見栄を張ったりするための集客パンダになるつもりはない。

そもそも私は学園を一方的に退学した側だ。

必要以上に評価されるのには何か裏があるのだろう。


「それよりも、次の古代魔法の講義をどう組み立てるか、だな……」


基礎を教えるにしても、その伝え方には慎重にならざるを得ない。


前回の講義で、アズマはつい古代魔法など誰にでもできると言ってしまった。

もし次の講義で全く魔法を発動できない劣等生が現れたりすれば、あの発言はデタラメだったと、一部の貴族や魔道士から格好の攻撃材料にされるかもしれない。


「うん。やはり私の目が行き届く人数に絞ったのは正解だ。30人なら、最悪私が無理やり覚えさせることだってできる」


己の政治的・戦略的な選択に改めて自信を持ったアズマは、不味い食事の皿を片付けると、さっそく次の活動へと頭を切り替えた。

まずは、この貧相な食生活の改善である。


「主食の穀物は、確かゴールデングレン商会が一番質の高い小麦を取り扱っていたはずだ。問題は、新鮮な肉や、野菜、果物をどこで仕入れるかだが……」


帝国に数多ある商会の情報を頭の中で並べ替え、それぞれの品質と特徴をのんびりと考えていく。


どこで買うかをしばらく悩んだ後


「よし、物は試しだ。まずファング狩猟商会にエトワール商会、あとサンエデン果樹商会にも連絡してみよう」


アズマは羽ペンを執ると、軽やかな動作で食材を自宅へ配送させるための手紙をしたため、使いの者に手渡した。


「……さて。美食を楽しむにしても、他のことを始めるにしても、やはり今の報酬だけでは物足りない。学園には講義費用を多めに請求しなければな」


前世で政界という金と権力が物を言う世界にどっぷりと浸かっていたアズマにとって、今の生活は退屈の極みだった。

効率的にお金を増やし、この帝国で誰も無視できない経済的基盤を築く。


そのためのアイディアが、彼の頭の中で早くもいくつか芽吹き始めていた。


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