第135話 ルート分岐は発生させるもの。
心を決めた私は、再び世界の滅びに向かって邁進することにした。
「橘さん、体調はもう大丈夫そう?」
休み明けの朝。顔を合わせた朝香蘭にそう尋ねられた私は、こくりと頷いた。
「大丈夫……ごめん、ね。迷惑、かけて……」
「迷惑だなんて思ってないよ。体調は気合でどうにかなるものでもないし……。あ、でも本当に顔色良くなってるね。良かったあ」
安堵したようにふにゃりと笑み崩れた朝香蘭に、罪悪感を抱きながら、私はなんだか不思議な心地がしていた。
朝香蘭は、私の妹をモデルに作成したヒロインだった。身近にヒロインっぽい人物がいたので、許可を取らずにモデルにしたのだが……。まあ、彼女が作品を公開したということは、許されるということだろう。
……自分がモデルだと気が付いていない可能性は無きにしもあらずなんだけれど。
いや、違うのだ。まだ石を投げるのは待って欲しい。確かに無許可だったのは悪いとは思うのだが、当時、彼女と私はそんなに仲の良い姉妹ではなかったのだ。だから許可を取ろうと言う気にはならず……。
え? 許可を取れなそうなのにモデルにする方が悪いって?
正論は時に人を傷つける。
――脱線した。つまり何が言いたいのかというと、妹をモデルにした割には、あまり彼女らしさがないなと感じている自分がいる、という話だ。
勿論、彼女はあくまでモデルであって、本人ではないのだから、それも当然なのかもしれないけれど。
「橘さん?」
「あ……? ごめん……何の、話……?」
「聞いてなかったの? もう、だから、またみんなでお出かけできると良いねって」
「うん……そう、だね……」
きらきらと輝く生命力に満ちた栗色の瞳に、肩より少し上で内側にカールした黒髪のボブ。活発そうな印象と、大人しそうな印象の、中間位を目指して作ったビジュアルだ。
実際の妹は、ここまで髪を短くすることは殆どなくて、枝毛が存在するのか? と思ってしまうような、手触りの良い髪を、背中の中間あたりまで伸ばしていることが多かったのだけれど。
……ヒロインなのに、ピンク髪じゃないのかって?
勿論、乙女ゲームにもピンク髪ヒロインは実在する。するのだけれど、そんなに多くはない気がする。黒髪、茶髪が最も多い印象で、その次位だろうか。あとはたまに白髪、赤髪とかで、ごくごく稀に寒色の髪のヒロインもいる。
イメージカラーがピンクなことが多いから、ヒロイン=ピンクでピンク髪にされてしまいがちなのかもしれない。
「でも、久しぶりに遊園地になんて行ったなあ」
「……朝香さん、も?」
「うん。思い出すなあ。むかーしね、お姉ちゃんと、遊園地で迷子になったことがあって。その時お姉ちゃんは、私の手をずっと握っていてくれたの。不安でたまらなかったのに、その手が温かかったから、私、何だか安心したんだ」
朝香蘭は、以前にも渡邉さんと遊園地に行ったことがあるらしい。ヒロインの人生の記憶に刻まれて行こうとする姿勢、オタクとして強い。見習っていきたい。
渡邉さんくらい強気で、私も朝香蘭に柊木悠真の存在を刻み付けて行こうと思う。
「読書交流会、しよう……!」
決意を新たにした私は、放課後の部活で、早速提案をした。
最速で食いついてきたのは、渡邉さんだった。
「いいね! やろう!」
「……いや、お姉ちゃん。まずはどんなことをするのか聞くところからじゃない?」
「えっ? だって知ってる……わけないから千代ちゃん、説明よろしく!」
こんなにボロを出しまくっているというのに、転生者だと気が付かなかったの、最早恐ろしくないか?
まあ、『ロストタイム』が死後公開されているだなんて最悪の発想がなかったのだから、仕方ないと言えば仕方ないと思うけれど。
「いくつか、グループ、作る。本を、選んで、読んで……。読んだ本を、紹介し合う……」
「ゲェ……。強制読書かよ……」
私の言葉に、蓮実玲児が嫌そうに顔を歪めた。
お前、自分が所属している部活動名を一度よく確かめた方が良いよ。
「興味が引けるような紹介ができたら、好きな本の読者が増えてお話しできるかもしれないし、新しい本との出会いにも繋がるよね。それに、部員同士での交流も深められるし……良いね、楽しそう!」
朝香蘭が、利点を全て上げて賛同の意を示してくれた。
なんて真面目な意見なんだ……。
「誰と一緒にグループを組むかでルート分岐……じゃない。本のジャンルも変わってくるだろうし、ここは大事なところだね」
漏れ出てる。前世の知識が漏れ出てるからしまってくれ、渡邉さん。
しかし、彼女の言っていることは真実だ。『ロストタイム』におけるルート分岐は、この読書交流会によって起こる。
つまり……私は柊木悠真と朝香蘭を組ませる気でいる。恐らくは渡邉さんも、桐原陽太と朝香蘭を組ませることを狙ってくるだろう。
やるべきことは、ひとつ。
再び、私と渡辺さんとの戦いの火蓋が切られれようとしていた。




