第134話 そうだ、世界を滅ぼそう。
死ぬしか……ないんじゃないか?
私は自室のベッドに寝転がり、天井を見上げながら、腕を組んで一人、考えていた。
兎にも角にも、新たに判明した事実が与えた衝撃というものは、凄まじいものだった。
公開されている……。『ロストタイム』が、様々な人間の目に入っている。しかも恐らくは……いや、十中八九、乙女ゲームとして公開されている……。
許されなくない? 死にたくない?
「うわーーーーーー!」
あまりの現実に耐えきれなくなり、思わず声を上げながら頭を掻きむしる。
しかもだ。作り物しか存在しないと思っていた世界に、渡邉さんが現れた事によって、世界を滅ぼした場合、彼女の命を奪うという事実が明らかになってしまった。
これまでは、「まあ生み出したのも私だから、すまんね!」と傲慢な物言いを出来ていたものだが、正真正銘の他人の命を前にして、同じことをを言えるかというと……。正直、難しかった。
今まで、私とキャラクターしか存在しないと思っていた世界というのは、ある意味楽ではあったのだ。完全な自己完結が可能な世界……。目の前にした時に、罪悪感を抱いたり、胃を痛めたりしたことはあったけれど、結局それは視覚に訴えかけてくる光景に対する反射のようなもので。あくまで、私一人で完結しているから、私の意思で全てを決定することに後ろめたさはなかった。
だけど、彼女は……渡邉さんは、私じゃない。
彼女は、私ではない人間なのだ。
せっかく生まれ変わって、何故か私なんかの作った作品を好きになってくれて、生き生きとしていたあの少女を、私が勝手になくしてしまうのは、許されることなんだろうか。
私は、彼女の神ではないのに。
ここにきて急に、迷子になってしまった幼子のような心地になっていた。
世界を滅ぼしたい……この世界を無かった事にしたい……。
けれど、すでにこの黒歴史は人の目に入っており、この世界には他人の命がある……。
どうしよう? どうすればいい?
どうすれば私は、私を救える?
……ここまできても、自分を救うことしか考えられない私は、救われるべきではない? だから、こんな……。
「……ねえ、泣いているの?」
不意に、視界に現れた影があった。
泣いてないが?
応えるより先に、伸びてきた指が、涙を拭うような仕草で頬を撫でた。
勝手に触るな。鳥肌が立つだろ。というか、不法侵入やめてください。
「……悠真。……ノック、した?」
「……したよ。でも、千代ちゃん、随分考え込んでいたみたいだから」
どうやら、すっかり自分の思考に耽ってしまっていたらしい。
相も変わらず、攻略対象の連中は人の部屋を我が物顔で出入りしてくれやがっている。
「そんなことより、随分苦しそうな顔をしていたけど……大丈夫?」
柊木悠真に尋ねられて、なんと言うべきか、逡巡する。
本当のことを話すことなど、できる訳もないが、確かに今、私は迷宮に迷い込んだが如く、悩んでいる。……少し、相談をしてみても良いのではないかという気がしていた。
まあ、自問自答するようなものとはいえ、言葉にすることで、考えが整理できるというのはあるだろう。
「迷って……て……」
「迷う? 千代ちゃんが? 何に?」
「……私、の我儘を……通しても、いい、のか……」
大きなところはぼかして、大事なところだけを抜き出して話す。
私が世界を滅ぼそうとしているとはつゆ知らず、柊木悠真は首傾げながら、不思議そうに口を開いた。
「どうして、そんなことで悩む必要があるの? 千代ちゃんがしたいと思ったことを、諦める必要は、ないでしょう?」
「……私の、我儘が……人を、傷つける……から」
うん。まあ、傷つけるってかなりソフトな表現で、殺すんですけどね。
「諦めた方が……いいのかな、って……」
言いながら、走馬灯のように、さまざまな記憶が頭を過った。柊木悠真に出会ってから、私がどれほど頑張って、世界滅ぼそうとしてきたか……。全肯定botになったり、早起きして朝ごはんを作ったり、本当に頑張ったと思う。
……あれ、思い出がしょぼ過ぎる。私の頑張り、雑魚すぎる。
「ダメだよ」
力強い声聞こえて、私は顔を上げた。
煌々と輝くヴァイオレットの瞳が、私をとらえていた。
「千代ちゃんは、いつも、人のことを考えすぎる」
……いやごめん、多分、全然そんなことない。むしろ、自分のことしか考えてないと思う。
「だからボクは、千代ちゃんが我儘を言いたいなら、それを貫いてほしいと思う」
いいんだろうか。世界滅ぶけど。お前も死ぬけど。
「千代ちゃんが、どんな我儘を言ったとしても、ボクは絶対にその味方をするから」
……本当に、そんなことを言って、大丈夫か?
だいぶ心配になっては来たけれど、ここまで潔く背中を押されてしまうと、本当にそうしても良いんじゃないかと思えてくるのだから、不思議だ。
……やはりダメだ。
諦めきれない。
私はこの世界を……黒歴史を、葬り去りたい。
例え既に、手遅れなのだとしても。
結局のところ、それを諦めることなんて、できそうにない。だから、私は……渡邉さんを生贄にしようとも、止まれない……。いや、止まりたくないんだ。
そうだ、やっぱりこの世界は、滅ぼそう。




