第133話 吐き気が止まらないので、解散です。
観覧車から降りると、平衡感覚を失ったように、フラフラとした。
衝撃の事実を知ってしまったせいで、世界が歪み続けていたのだ。
「橘さん……? 大丈夫?」
不意に、視界に影がかかって、心配そうに眉を寄せた朝香蘭の麗しい顔が、目の前に現れる。その後ろに、柊木悠真と桐原陽太の姿も見えて……。
……見られてしまった。このヒロインの存在も、この攻略対象のルートも、この物語の存在全てが、公開されてしまったのか……。
「うっ!」
込み上げる吐き気に口元を抑えると、朝香蘭は「橘さん!」と悲鳴のような声を上げて、一生懸命体を支えながら、座れそうな場所に導いてくれた。
一緒に観覧車から降りてから、ずっとハイテンションだった渡邉心菜……いや、渡邉さんも、私の様子に驚きながらも、反対側を支えて歩いてくれた。
女子二人が頑張ってくれたおかげで、柊木悠真と桐原陽太も、そわそわとした様子ではあったものの、黙ってついてくるだけだった。
「水……水……! 私の飲みかけでも大丈夫? さっき、ジュース分けてくれたし、大丈夫だよね?
「……う、うん……ごめんね」
「謝らないで。私の方こそごめんね。今日、橘さん何度か具合が悪そうにしていたのに、一緒に遊びたい気持ちに負けちゃった……」
「うう、私も……イベントを起こしたいという欲求に負けちゃった……。本当にごめんね、千代ちゃん」
「……や、私、自分で……大丈夫って、言った」
半泣き……というより、少しだけ泣きながら謝罪をしてくる朝香蘭と、しょんぼりと肩を落としている渡邉さんの姿に、こちらのほうが申し訳ない気持ちになってくる。
いや、今日感じた吐き気は半分以心因性のものだから、二人は全く悪くないんだよね……。
というかむしろ、友達と遊園地だなんて楽しげな行事の最中に、勝手な理由で死にかけて台無しにして、本当にすまない、なんだよね……。
朝香蘭の飲みかけの水をありがたく頂戴していると、黙っていた柊木悠真が、目の前にしゃがみ込んだ。
座っている私の前にしゃがみこんでいる為、目線が私より低い。上目遣いで顔色を伺うように、少しだけ前髪を持ち上げられた。
「千代ちゃん……今日はもう、流石に帰ろうか」
「え……」
流石にそれは、あまりにも、申し訳がなさすぎるんじゃないだろうか。
初遊園地という面子にも、高校生になって友達と行く遊園地を楽しみにしていた面子にも、悪すぎる。
けれど、体調が悪そうな人間がグループにいて、存分に楽しめという方が無理だというのも確かだろう。
「……わかった。でも……みんなは、楽しんで……」
その場合、私一人が帰るべきだろう。子供達の楽しみを奪うのは、本意ではない。ただ……。
「陽太、一緒に……帰ろ……」
「オレ? ご指名してもらえるの? ……うん、喜んで」
渡邉さんには悪いが、桐原陽太ルートだけは封印させてもらうがな……! そして柊木悠真を置いて行くことで、好感度をあげる……。この窮状に陥っても、こんな完璧な計画を反射で立てることができるだなんて、己が才能に戦慄するよ。
ただあの、初遊園地を潰すことになるのは、本当にごめん。
「千代ちゃんと陽太が帰るなら、ボクも帰る」
「え……いや、悠真は……楽しんで」
「ううん。残っても千代ちゃんのこと心配になって、楽しめないだろうし」
恐らく、というか確実に、柊木悠真も初遊園地のはずだ。設定的に。というか、百田七緒以外にワンチャンあるのって水瀬彗斗くらいで、あとは大体初遊園地な気がする。
え……私が不幸にした子供達、多すぎ⁉︎
「それなら、私も帰ろうかな。みんなで遊びたくて来たから、また体調が良いときに改めて集まりたいな」
「え! 蘭ちゃんも帰るなら、私も帰る!」
朝香蘭と渡邉さんも帰宅するらしい。私のせいで解散になるの、普通に気まずい。
「橘さんのせいじゃなくて、私のわがままだから、気にしないでね」
気落ちしていると、朝香蘭は優しい声でそう言って、背中を撫でてくれた。
エスパー? というか、こんな年下の女の子に気を使ってもらってしまって、情けなくて泣ける。
渡邉さんは「さすが蘭ちゃん……優しい……私の理想のヒロイン……」と何やらメロついているから、そんなに気にしていなそうだ。
そういうことで、私たちは帰ることになったのだが……。そのことを後からやってきた三人組に伝えると、「おー。じゃ、解散な。俺は満足してから帰るわ」とすぐに背中を向け、それを水瀬彗斗と百田七緒がこちらに手を降りながら追いかけて行ったので、呆気に取られてしまった。
集団行動取れないところ、どうかと思っていたけれど。
こういうときは気を使われない方が、気が楽なのかもしれない、と思った。
……こういう奴らも、公開されて、見られてしまっているのか。そう思うと、吐き気が増した。




