二本の轍
二人だけの秘密基地を後にし、見慣れた王宮を歩く。
「ほら見て、エルフリーデ。昔あの壁を登ろうとして落ちたこと覚えてる?小さい頃はもっとずっと高いと思ってたんだけどなぁ」
「覚えてるわ。王宮の外に出ようとして壁を登ったら、その先も王宮でショックを受けて力が抜けたの。あの時の私は絶対ここから抜け出せないと思ってた………そんなのただの思い込みなのにね」
王宮を抜け、城壁へと続く小道へと出る。
二人は子どもの頃に戻ったかのような小さな歩幅で、互いに言葉を交わすわけでもなく、ただ並んで歩いた。
「着いたわ。これが一番大きい壁ね」
エルフリーデは王都を取り囲む城壁を見上げる。
「送れるのはここまで。私はこの壁の中で生きると決めたから」
重々しい音を立てながら城門が開く。
深く轍が刻まれた一本の大路が、平原の先まで続いている。
シャルロッテは何かを言おうとし、けれど、その思いは形を結ばず、思いきりエルフリーデを抱きしめた。
「エルフリーデ、元気でね。いつも貴女の事を思ってるわ」
「姉様も、いつまでも幸せに暮らしてね………ふふっ、気の利いた言葉を返そうと思って色々考えてたのに、いきなり抱きつくものだから忘れちゃった」
エルフリーデは笑った。
シャルロッテも笑った。
二人の頬は涙で濡れ、しかし、それは悲しみだけから生まれたものではなかった。
「じゃあ、行くわね」
姉の言葉に妹がコクリと頷く。
そっか、この門をくぐればジェベル王家の人間ではなくなるのね………。
ふと足が止まる。
積み上げてきた過去が足元に蔦のように絡まり、身動きが取れなくなる。
「いってらっしゃい」
少しだけ幼い妹の声。
その声に背を押され、シャルロッテは王都の外へと足を踏み出した。
振り返ると、そこには一人の女王がいた。
王都で、王として生きると決めたエルフリーデの凛とした姿を目にし、シャルロッテは跪いた。
「陛下、ジェベル王国の末長き繁栄をお祈りしております」
最敬礼により別れの挨拶をするシャルロッテに、エルフリーデは僅かな目礼を返す。
永遠とも思える一瞬。
再びシャルロッテが歩き出そうとした刹那、俄かに陽の光が遮られ、地面を巨大な影が覆う。
「黄バラ………!?」
空を見上げると一枚の旗が風に舞っていた。
黄バラの紋章が刻まれた、その古めかしい旗は、確かに母クラウディアが掲げたライズフェルド伯爵家の家紋であった。
「忘れ物だ、シャルロッテ。この俺が爵位を継いだ以上、このような古めかしい旗など不要。しかし、平民のお前にとっては雨露を凌ぐ程度の役には立つだろう。取っておけ」
城壁の上には王冠を思わせる金髪が美しく輝いていた。
「キャア!!」
ズシリとした重量を持つ母の旗が、シャルロッテを頭からすっぽりと包み込む。
重みに僅かによろけるが、陽光を纏った布地に遠き日の温もりが蘇る。
「ありがとうございます、兄様!!」
旗から抜け出て城壁の上に向かい手を振ると、既にクライスは踵を返し歩き始めており、面倒そうに一度だけ腕を天高く突き上げた。
「全く、皆自分勝手なんだから………私だけ我慢してるのが馬鹿みたいじゃない………」
シャルロッテの瞳が再び城門へと向けられる。
「姉様、幸せになってね!!ずっとずっと、約束だから!!」
そこには子どもでも王でもないエルフリーデが、満面の笑みで涙を隠し、千切れんばかりに手を振っていた。
昔、仲の良い二人の姉妹がいた。
共に母を失い、互い以外に何も持ちあわせなかった二人は、小さな小さな彼女達だけの城を巣立ち、それぞれ別の道を行く。
シャルロッテは轍に沿って歩き出す。母の旗が風を孕み、背中をそっと押すように膨らんだ。
轍はどこまでも続いていく。
離れているようで、同じ重さを背負い、同じ道を、これからも共に刻んでいく二本の線のように。
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