忠臣レオニード
闇よりも尚暗き黒を讃える、虚ろなる槍に、真紅の血が滴る。
肉を穿ち、内臓を抉り、肺を貫き、背から突き出た穂先を誇示するフェルリオールの残滓は、その禍々しい光景をもって、ひとつの命の終わりを示していた。
「そんな………どうして………」
エルフリーデの唇から零れ落ちる言葉に、先程までの覇気はなく、ただ自らの身に起きた悪夢とも奇跡ともいえる事情に対する困惑だけが存在した。
「ご無事ですか、エルフリーデ様………」
か細い声。
エルフリーデは目の前で血を流し倒れている一人の青年貴族を知っていた。枯れ木のような彼の腕、青白い顔。それでも、その瞳だけはいつまでも変わらない色をしていた。
当然だ。
彼は姉を失った少女を、誰よりも献身的に支えた、エルフリーデ自身の半身だったのだから。
「レオニード………なんで貴方が………」
頭上に王冠を戴く新たなジェベル王は、差し出された血塗れの手を握り返す。
彼女の脳裏にはそれが罠であるという考えは微塵も浮かぶことはなかった。
ただその手を取らなければ、生涯後悔するように思い、強く、強く手を握り締める。
「王になられたのですね。決意に満ちた素晴らしいお顔です………と言おうと思ったのですが、どうされましたか。王に涙は不要です」
レオニードが指でぬぐい、ようやくエルフリーデは頬を伝うものが涙だと気づいた。
彼女は知っている。優しく微笑むこの青年の正体が、ジェベルの、この世界の敵であるフェルリオールであると。
けれどエルフリーデは、その手を離すことが出来なかった。離したくなかった。
「ラブロマンスのラストシーンにしては、シャルロッテ様が共におられるのが少々異質ですが、それもまた良しとしましょう。王女と悪魔の主従関係など、元よりあるはずのないものですから。これはこれで、物語の幕切れとしても悪くはない。………シャルロッテ様と和解なさったのですね」
「ええ、そうよ。私は王になったの。クライスと結婚もしたわ。残念ながら、貴方と結ばれることはないわね」
「知りませんでした、エルフリーデ様も冗談を言うのですね。全てを知っているような気になっていたのですが、思い上がりだったようです」
その声がひどく嬉しそうで、エルフリーデは唇を噛んだ。
「貴方なら、この内乱に乗じて簡単にジェベルを崩壊させられたはずよ。逃げることだって、帝国を狙う事だって、違う姿になって王になった私にもう一度取り入る事だって………」
言葉が続かなかった。
喉の奥が焼けるように痛んで、それが涙のせいなのか、それとも別の何かのせいなのか、エルフリーデには分からなかった。
「私が心血を注いで作り上げた作品が、根幹から否定されてしまったのです」
笑みを含んだ声だった。
誇らしげで、少しだけ寂しそうな。
「人を騙し、利用し、裏切り、奪い、殺し、滅ぼす………私の使命はそれだけだったはずなのです。貴方と過ごすうちに、自分が何者なのか忘れてしまったのかもしれません。ですが、私は誇り高き六大魔公が一柱、詐略公『変幻のフェルリオール』。その名を冠する以上、観客も、歴史家も、貴方も、この世界全てを騙さなければ格好がつきません。どうですか、六大魔公を退けたのが六大魔公自身であったとは、神であっても気づかないでしょう」
少しはにかんだような不器用な笑顔。
まるで、ずっとそれだけを言いたかったかのように、フェルリオールの指先から、ゆっくりと力が抜けていく。
「いいえ、知っていたわ」
エルフリーデは震える声で言った。
「貴方は最初から最後まで、私だけの『忠臣レオニード』だったもの。レオニード………ありがとう、フェルリオールから私を救ってくれて」
レオニードは僅かに困ったような顔をして、それから、微かに笑った。
ゆっくりと、その瞳が閉じられる。
握り締めた手の温もりが、指の間から、砂のように零れていった。
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